16 ダンジョンの奥には
突然の警告の声に、メンバーみんなに緊張が走った。和哉は持っていた木刀を構えて、振り向きざまに袈裟懸けに振り下ろした。
和哉の振り下ろした木刀は、人影に受け止められた。焦った和哉は、続けて魔法を使おうとした。京香や里も魔法を使う体勢に入った、その時…
「待て、俺は人間だ!」和哉の後ろにいた人影が叫んだ。攻撃しようとしていたパーティメンバーは、一斉に止まった。
和哉の向こう側から、背の高いボロボロの服を着た男が両手を挙げて、攻撃の意思がないことを示しながら歩いてきた。
「お前たちは日本人か?」彼は私たちに向かって言った。
この人は何を言ってるのだろう?京香たちは語尾に差はあれど、同じことを考えていた。
「そうです。日本人のダイバーです」和哉が男に答えた。
「俺は前田幸矢、ダイバーだ」
「身分証はありますか?」
「ああ、持ってる。出すから、動くぞ」と前田はそう言って、ウエストポーチだったらしいモノに手を入れて、カードを出した。
尾形が受取り、カードをしげしげと眺めた。横にいた和哉もカードを覗き込んだが、カードは写真を確認するのもやっとなくらいに、古びていた。
「あんまりはっきり顔が分からないな。それにすごく古くない?」
「それは確かに俺のカードだ、としか言えない」両手を挙げたまま前田は言う、そして悪いが一緒に受付まで行ってもらえないか、と聞いてきた。
京香たちは、目線を合わせてお互いの意思を確認した上で、前田をギルドに送り届けることにした。一番の目的の蜂の巣退治は既に終わっていたし、前田という男の事情に好奇心があったのも事実だった。
「君たちはいくつなんだ、高校生か」等と前田が聞いてくるのを、適当に返事しつつ京香たちはギルドまで戻ってきた。
「すみません、この人がダンジョンの中にいたんですが、ギルドまで一緒に戻って欲しいと、頼まれました」と和哉が前田のカードを手にギルドの受付に話しかけた。
「……ま、前田さん?」受付の女性が、驚いたように前田に話しかけた。
「沙也加か?」前田の方も顔見知りだったようで、女性を見て返事をしていた。
「前田さん、こちらに来ていただけますか?」沙也加と言われた女性がカウンター内に前田を、招き入れて、京香たちの方を見て精算ですか?と聞いてきた。
「お願いします」とメンバー全員で、背負っていた荷物から採取物を出した。
沙也加は受付を他の人に代わり、カウンター内の前田を連れて奥の部屋に入っていった。どうやら事情は聞かせてもらえなさそうだ。なんとなくがっかりした気分ではあったが、それなりの買い取り額になった。本日のダンジョン行きは、無事に終わったのだった。
「あの人、びっくりするくらい汚くて臭ってたよね?」
「うん、そんなこと言うのも失礼だとは思うけど、かなりお風呂とか入ってない感じだったよね」
「!おい、前田幸矢って、数年前に行方不明になったダイバーだ!」尾形が声を上げてスマホの画面を、みんなに向けた。
そこにはさっきの男を数年若くして、見ぎれいな格好をさせた写真が出ていた。見出しには「ベテランダイバーがダンジョンで行方不明に」と、なっていた。