終章
ー君に会えたらー
電車に乗っていた。スマフォ越しに目の前に立った女性は、すらっとしていて見た目からは分からなかったけれど、マタニティーマークをつけていて。優先座席に座っていた僕は当然の義務としてスマフォをしまい、立ち上がったら、目があったのは彼女だった。
「あ、席…どうぞ」
頭が口に追いつく前に、準備されていた言葉が口を出る。言葉を発しながら脳は勢いよく処理を進めていき、それは目の前で目を丸くしている彼女も同じだったのだと思う。沈黙を保つのも嫌なので、陳腐なフレーズが口からこぼれ出る。
「久しぶり…元気にしてた?」
「そっちこそ」
「僕はまあ…元気。あー…どこまで乗る?」
「名古屋まで」
目的地が違うことは幸か不幸なのか、とにもかくにもゴールを確認して話すペースを決める。
「そっか。私は栄」
気まずい沈黙。触れないのも不自然なので、触れることにする。
「妊娠、してるんだね。おめでとう」
「うん、結婚したんだ私。君と別れたあと、新しい人と出会って、付き合って、そのまま」
それぞれの人生が袂を分かってしまったとしても、それぞれの人生は止まらない。僕たちはそれぞれの人生を生きているし、それぞれの節目を迎える。
「あー、何ヶ月目?」
「まだ2ヶ月とか。今からちょうど検診に行く」
「そっか」
会話が続かない。そもそも会話なんて、続けるものなのか、続くものなのか。ただお互いに続ける意思がなければ、続くものではないのだろう。
「君は?良い人できたかい?」
「できたよ。結婚とかは……。まだだけど」
彼女の独特の語尾を聞いて少し懐かしくなってしまった僕は、感傷的になりながらも、取り繕うように言葉を紡ぐ。
「そっか、良かった。良い人見つけたんだね」
「だね。お互い、良い人が見つかって良かった」
言わなくて良いのだろうけど、言いたくなって、僕は余計な言葉を紡ぐ。
「好きだったよ。ずっと。僕は、君とのうまくいった未来を探していて、そうなれば良いなと思って、ずっとー」
「まだ、独りよがりに、暴走するんだね」
彼女は少し憐れむような、寂しそうな目をして投げかけた。
『栄ー栄ーお降りの方は、足元に気をつけてお降りください』
車内アナウンスが響く。
「ほら、着いたよ。じゃあね。お互い元気で。もう、会うことも、ないだろうけど」
本当に、もう会うことはないなと、漠然と、でも確かにわかってしまった。
「うん、じゃあね。生まれてくる子供に、とびっきりの幸せを」
僕はそういうと、電車をあとにした。振り向くことはしなかったし、彼女ももう、こちらを見てはいなかっただろう。僕は何気なく頬をつねる。痛い。うん、痛い。
「夢じゃなかったなあ」
夢じゃなくて、良かったと思う。心から。
電車のドアが閉まる。ゆっくりと、動いていく。電車も、それぞれの人生も、一箇所に留まることはない。出発する。進んでいく。進めていく。
指輪は持ってる。プロポーズの言葉も、シチュエーションも完璧のはず。さあ、僕も人生を進めよう。