表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

三章

ーじゃあねー


「君はさ、理想が高すぎるんだよ」


 付き合って1年が経とうとしていた彼女に別れを告げられた時、最後に貰った言葉も、残念ながら、否定だった。


「私は顔が可愛いじゃん。家事だってできる。実家とも仲が良い。エッチなことは好きじゃないかもしれないけれど、完全に拒絶してるわけじゃない。そりゃあ頻度は少ないかもしれないけれど」


 彼女はコーヒーを飲みながら言う。ブラックが好きな女だった。


「あとは、家族や友達が大事で、君が一番!っていうタイプでもない。その辺りは君の理想じゃないかもしれない。それでもそれは、君が折り合いをつけて行く場所じゃないの?」


 彼女は少し目を潤ませながら言う。彼女の言うことはもっともで、正論だった。ただ、僕がパートナーに求めることは結局性欲で、その次が承認欲求だった。だから、パートナーとはやれることが1番大事だし、彼女の中のヒエラルキーで1番になることが、2番目に大事だった。


 自分の欠損を埋めるために相手を求める男と、より良い人生を歩むために相手を求める女が、分かり合えることは、なかったのだろう。


「そうだね。そうだと思うよ。それでも僕は、君とセックスをもっとしたいし、性的な色んなことを、貪欲に楽しみたかった。それに、他の人や物事との差は、ほんの少しでも良いから、君の1番になりたかったんだ」


 こんなことを言う時点で、彼女は僕との性的な行為に辟易してしまうだろう。そんなことを言う僕を、彼女がもう一番にしてくれるわけもなくて。だからこう言う話をした時点で、僕たちは終わりに向かっていたのだと思う。


「やっぱり、理想が高すぎるよ」


 俯く彼女は、泣き顔を見せまいとしているのか、それとも単に僕の顔を見たくないのか。こちらから見える頭だけが、わずかに震えていた。


「修羅場を乗り越えるたびにね、いつか、こんなこともあったね、って笑い合える日が来ると思ってたんだ」


 そういうと彼女は自分分の代金をテーブルの上に置き、荷物をまとめ立ち上がった。


 泣いていた彼女の顔も、美しいと思った。



「じゃあね。もう会うこともないけれど。もっといい人見つけてください」


 彼女はそのまま、喫茶店の出口から出て行った。振り返ることはなかった。失っても良いと思って手放したはずなのに、手放したら、取り戻したくなるのは、何故なのだろうと思ったあたりで、意識が途絶えた。


 息が詰まるように、目が覚めた。


「…ッ!別れた時の夢は反則だろ!」


 衝動に任せて手元にあった目覚ましを壁に投げる。目覚まし時計は壁に置いてあるカラーボックスに当たると、大きな音を立てて地に落ちた。目覚まし時計はどうかわからないが、敷金は大丈夫そうだ。


 自分の中で乗り越えたと思っていたトラウマは、どうやら深層心理では乗り越えれていなかったみたいで。起きている時はなんとも思わなくなったトラウマも、夢の中の剥き出しの心では、到底耐えられるものではなかった。


「映画、10時からだよ!ちゃんと起きてる?君はいっつも遅刻するからなあ」


 彼女からのラインが来る。食事に行き、飲みに行き、3回目のデートで付き合いはじめた。もう3ヶ月になる。趣味が合い、波長も合う。些細なミスも許してくれる。優しい彼女だ。夢のことなど忘れて、急いで準備しなければ。僕はベッドから慌てて這い出るのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ