一章
ー目を瞑れば、また君に会えると思った。
目を開くと、もう君に会えないのだと悟ったー
うだるような蒸し暑さで目を覚ます。服が汗で肌に貼り付いて気持ち悪い。何だか長い夢を見ていたような気がするし、短かった気もする。良い夢だったような、悪い夢だったような。少なくとも、彼女が出てきていたことだけは確かだ。
「もう3ヶ月にもなるのにな…」
彼女に別れを切り出されたのは3ヶ月ぐらい前だった。仕事で疲れたお互いは余裕がなくなり、少しずつ口論が増えていった。彼女は関係を続けようと努力してくれていたけれど、僕は努力するのは無駄だと思っていた。最終的に先に限界が来たのは彼女の方だったが、その限界を越えさせたのは、多分、僕だったのだろう。
それ以来、ふとした拍子に彼女の夢を見る。行きたかった場所、行って楽しかった場所。何気ない会話や日常風景。もう果たされることのない、交わした約束。捨ててしまえば良い記憶が、捨てられずに、夢で整理され綺麗に心に仕舞われていく。失うまでは失っても良いと思っているのに、失ってみると、かけがいのないものだったと思ってしまうことがあるのは、人間の性なのか。それとも僕個人の問題なのか。
「ピーン」
携帯の通知音が鳴る。
『おはようございます!今日はよろしくお願いします。とても楽しみです!』
彼女を忘れるために、次に行こうと始めたマッチングアプリから、通知が来ている。
「おはようございます。私も楽しみでよく寝れませんでした笑。よろしくお願いします」
味気ないやり取りをする。建前だけの会話。少しずつ個人に迫っていく会話をするが、迫りすぎても、迫らなさすぎても、返事が返ってこなくなる。マッチするまでの壁があり、メッセを続ける壁があり、実際に会う壁がある。会った後に続くかどうか壁があるし、付き合った後にうまくいくのかも壁がある。マッチングアプリなんてのはギャンブルと同じだなとよく思う。期待値的には馬鹿げているが、引かなきゃ当たらない。それでも、失う金額がたいしたことなく、人生の経験値が貯まる分だけ、マッチングアプリの方がマシだろうか。
布団の上に寝転がっていてもしょうがないので、起き上がる。朝ご飯を食べ、出かける準備をする。今日はこの前マッチした女とランチの予定が入っている。好きでもない女と、当たり障りのない会話をし、おたがいを探り合う。虚無の作業。それでも、虚無から始めなければいつまで経っても実は手に入らないので、準備が終わった僕は外へ出るのだった。