1-1
ぽかぽかした陽気の中、あちこちの木々から孵ったばかりの雛鳥のちゅんちゅく言う合唱が絶え間ない。
春のひなびた村は殊更のどかで、白爪草の花が一面広がるそこらの草むらでごろりと昼寝を決め込みたい心地になる。
伸び放題で庭木だか林だか今一つ分からなくなっているあちこちの緑の塊中、白い漆喰と赤い素焼きの屋根瓦の素朴な家々が見え隠れしているのがこの村だ。
ふと納屋から出てきた鶏が、道を横切って向かいの家の茂みに突っ込んで虫をついばんでいるのは互いの家の黙認か。
石畳もない踏み固めただけの田舎道を、黒光る毛並の立派な馬に乗り、かっちりした青い制服を着て剣を下げた男が一人通っていく。明らかに場違いだ。
青年は筋肉がしっかりついた長身の体にそぐわず、金の髪に青い目の綺麗な顔立ちはどこか親しみやすい愛嬌がある。
彼は、村の端の黄色いミモザの花に半ば埋もれかけている家に来ると、戸を叩いた。
「俺だ、エルンストだ」
返事がない。男は慣れた調子で戸を叩いて呼ぶを3回繰り返す。やがて戸の向こうから声がした。
「……留守です」
「ベルティーナ、昼夜逆転は体にも蝋燭代にも良くないぞ。仕事を持ってきた。朝食を作ってやるから開けてくれ」
少し間があり、出てきたのはよれよれの赤毛頭に眠そうな半眼の女性だ。
「やっぱり眠っていたのか。パンは買ってきた。何か作っておくから顔洗ってこいよ」
「エルンストのオカン……。ああ、トビアスいつもハンサムだね」
「トビアスには愛想いいな」
エルンストが拗ねる。ベルティーナの一瞥に好評価を察したのか、黒馬のトビアスは得意気にぶるるんと鳴いた。
この辺は鶏や山羊を飼っている家が多いので、街では高価な卵や乳製品が手に入りやすいのが有難い。卵を落としたスープと、軽くあぶったパンに載せたバターが溶ろける匂いが家に漂い、ベルティーナの胃袋がぐうと鳴る。
小さなテーブルに向き合って朝食を食べる。ちゃっかり自分も食べているエルンストは昼食だという。
「貴族の家にお化けが出るそうだ」
「悪魔祓いは私の管轄じゃない」
「勿論、頼みたいのは『理系屋』としてだ」
ベルティーナは顔をしかめる。
「私はただの学者」
「まぁいいじゃないか。心底困って、『理系屋さん』に助けて貰いたいとベルティーナを見込んでお呼びが掛かるんだ」
「過大に妙な期待をされても応えられないから困る。私は自分の学んだ学問以上のことはできない」
怒るというより不安を滲ませて言うところが、ベルティーナの善良さだなとエルンストは思う。
ベルティーナのように王都で学問を修めた人間はこの辺では少ないので、村人が何か困ると便利屋のように声がかかった。
井戸の滑車の調子が悪いだの、病人に滋養のいい食べ物は何かだの、世間話のように訊かれたことに答えているうち、いつの間にか『理系屋』と妙な呼び名で呼ばれ、何かとお呼びが掛かるようになった。
専門そのものは天文学だったのだが、学校で学んだ基礎的な理系知識の方が実生活では求められているのは皮肉な話だ。まぁ、理系人あるある話かもしれないが。
「解決してくれれば礼に銀貨20枚出すそうだ。欲しい観測機材があるのだろう?村人の頼みをきくとき貰う礼はジャガイモや卵だし」
ベルティーナは、二度寝しに行きたいな、と現実逃避する。春のウトウト居眠りは価千金。しかし良いレンズの望遠鏡には替えがたい。ため息を吐いて諦める。
◇◆◇◆◇◆
「なんで毎度この手の依頼はエルンストが呼びに来るんだろう」
トビアスの背に二人乗りし、かっぽかっぽと春ののどかな道を歩く道すがら、ベルティーナは疑問をぶつける。
「理系屋当人は辺鄙な村に引きこもっているから声を掛け辛いんだろう。知り合いの俺が街に住んでいるなら、その伝を使いたくなるさ」
ベルティーナとエルンストは、王都にいた学生時代、学生寮の番犬を愛でに来る常連として知り合った。愛想が良くもふもふの大型犬で、二人に限らず寮生のアイドルだった。番犬としてより癒しとして、重要な役割を果たしていた。
「理系知識がある人間は街にもいるだろうに」
「ベルティーナの実績と人望だよ。実際、学はあっても、身近なことにその知識を使って手助けすることに興味がない奴も多いし」
「エルンストもこんな所まで大変だろうに」
「いや、連絡兼護衛ということで騎士団支部にも話が通っているから職務扱いで来れるし」
この国では騎士といっても別に王だ貴族だという世界とは限らない。彼は庶民出身の騎士が所属する支部で街の警察の仕事をしている。でも、貴族の依頼などでこうしたグレーゾーンな仕事もあるようだ。
「それにベルティーナに会いに行けるのも嬉しいし。色々心配で」
「学生時代のように食べるの忘れて倒れる真似はもうしてないって。引きずるな」
「ははは。そういう訳でもないんだけど」
二人乗りなのでベルティーナからはエルンストの背中しか見えないが、声音は確かに気を悪くしている感じではなく、むしろ機嫌がよさそうだ。まぁ、のどかな職務で街を離れ自然豊かな田舎へ遠乗りに来れるのはいい息抜きかもしれない。
揺れる金の髪の上に犬耳がぴんと立っているかのようにベルティーナには見える。
学生寮の大型犬を思い出す。あぁ、元気だろうか。もふりたい。




