一章八話:Gカイザー捕獲作戦01
「――――ンで、強いンすか、その”カイザー”ってヤツ」
「……喫煙所に行け、喫煙所に、”ブラックスワット”」
「どうもッス先輩」
ポケット灰皿に、煙草が押し込まれる。
場所はいうなれば休憩室。ただし壁に貼ってあるは禁煙マークでポケット灰皿を持つのはつい先日健作のもとを訪れた新月だ。その彼に軽く頭を下げながらポケット灰皿を使っているのは、黒地の軍服のようなコスチュームに身を包んだ坊主頭の男である。
年の頃は三十代前半程度か、左頬の傷が彼もまた、戦火をくぐった人間であることを感じさせるだろう。
「……まあ、正直なところしくじる要素はない。
戦力分析をしたがただの軽量高機動スーツだ、
従来モデルよりはだいぶ疾いがな」
「そいつ銃弾より速く動けるンすか?」
「動けんからお前が指揮をとるんだ、場所は追跡が割ってる。
ヒーロー・チーム分隊で追い詰めてお縄にしろ、
相手は犯罪者だ、最悪のことがあっても世間には通じる」
「やりすぎたらすいませんねェ」
言いつつ煙草を取り出すは坊主頭、ヒーロー、”ブラックスワット”。この街にもヒーローは多くおり、その中でバケツヘルム卿が四年目、二十代であることを考えると三十代の現役ヒーローというものは、その実力や経歴もしかるべきものだろう。休憩室にあって大型拳銃が腰に携えられているさまが、彼の闘いのスタイルも示している。
「……相手は徒手空拳を得意とするだけで武装はない、
ただの疾くて硬いだけのパワードスーツ…
お前なら難なくやれるだろう、だからブラックスワット…」
「後輩達にヤバいとこは見せるな、ってんでしょ?
わかっちゃいますけどまあ、こっちも命張ってますから。
そんときゃ事後処理お願いしますよ先輩」
「お前は昔から、腕は立つが苦労するヤツだよ」
「そいつはどうも」
口が寂しい、とばかりに指をしぱしぱとさせるブラックスワット。
手近な自動販売機のボタンを押し、炭酸飲料をひとつ。ここでは所属ヒーローは無料で飲料を買えるらしい……場所はヒーロー団体”ツクナミ”本部、このイバラの街のヒーロー達の精鋭が集う総本山と言っていい場所だった。
「使用装備の許可は好きにしていい、周辺被害は気をつけろよ。
世間は自分の身に降りかかる危険ってのにはうるさいからな、
下手を打てばクビが飛ぶことを頭に入れて戦え」
「俺がガキの頃なんかにゃもっとひどかったモンッスけどねェ…
その前はヴィラン団体でしたっけ、ファルシオンの爺さんが潰したけど」
「……そのおかげで我らがこうして活動できることは忘れるなよ」
「へいへい」
気だるそうに頭を搔けば、そのさまはヒーロー像とは程遠い。
ブラックスワット。世の中色々といるものだな、という印象を抱かせる男であった。
さてはて、そうすれば施設内のスピーカーが音を鳴らす。
小気味よい、耳によく通るタイプの電子音だ。ぴろりろりん、と。
「……作戦会議ってヤツですかい?」
「お前も出るんだよ、むしろお前が出るんだよ」
「しゃあねェっすねェ……」
「……そういやファルシオンさんは出ないンすか?」
「彼は例の犯人相手に駆り出されている、
彼の手を煩わせるほどじゃないさ…
俺たちでこっちはどうにかする心構えでいけ」
「へいやっさ」
飲み干した缶を放り投げれば、それはとんとんとん、と壁に反射しゴミ箱へイン。
狙ってやっているなら相当なコントロールだなと悟らせるひと動作を残しつつ、ブラックスワットは休憩室を出ていく。あとに残ったアドバイザー、新月はその姿を見て、ため息をひとつ吐いた。
「……いつか何かやらないといいが」
――――――――――◇
「―――――以上が、”Gカイザー捕縛作戦”の概要です、
作戦概要に関して、ここまででご質問などありますか?」
「美傘ちゃんのスリーサイズ」
「作戦概要に関してご質問などありますか?」
「ウッス、大丈夫」
場所は変わり、会議室、といった様相の場所。
長机が並べられ、そこに座るブラックスワットの軽率なセクハラを流すのは緑髪をひとつ束ねに後ろで結んだ、ぱっちりお目々のお姉さん、あるいは年頃からお嬢さん、だろうか。美傘と呼ばれた彼女がほんのりと”圧”を醸すと、ブラックスワットはそっと黙った。
「質問あります!」
「はい、どうぞ!」
黙るブラックスワットに入れ替わるように発言したのはあまり、風格というものを感じさせないヒーローのひとりで、年若い。この”作戦”に参加するのだろうひとりということがわかる以外、ぱっとしない印象を抱かせるひとりのヒーローだった。
見ればそれなりに場馴れしているだろう人間から、本当にまだ手慣れていないだろう人間までが6人程度集まっており、今回の作戦は彼らが分隊となって行うことを察しさせる。
「その、パワードスーツを着た犯罪者ってことですけど、
僕なんか何の仕事すればいいんでしょうか…?
”異能”がパワー向けじゃなくって」
「いいンだよ」
「は、はいッ!」
「実際の戦闘は俺とデルタパランスでやる、新人達はサポートをしろ。
大して脅威な相手じゃねェ、すぐに終わるからそこに全力だ。
間違っても功を焦って余計なマネするんじゃねェぞ」
「わかりましたッ…!」
態度が悪いといえば、なんとも印象も悪く。
良く言えば新人が出すぎた真似をしないためのベテランの釘刺しと言えるだろうし、悪く言えば高圧的な態度での威圧ともとれる、そんな素振りがブラックスワットの振る舞いから見える彼の性格だろうか。
そこに口を割って挟むのは、暗視ゴーグルのようなヘルムをつけたヒーローだ。コスチュームはいうなれば”電子戦仕様”といった感じで、ちょっとばかり茶目っ気と実用性を両方感じさせる。デルタパランスと呼ばれたそれが名前だろう。
「で、このデルタパランスはどっから攻めればいい?」
「デルタも俺のサポートに回ってくれ、相手は遠距離に弱い、
警察と連携してこっちに誘導して狙撃戦に持ち込んで撃破する」
「……捕獲と聞いているが」
「当たりどころさえ手加減すりゃ死なないさ、なにせあのモータース製だ」
「強度に関しては十分実証されたモデルか……」
実績を残せばそれは人の耳に伝わり、新たな仕事となってつながっていく。ヒノデモータース製のスーツや重機は、強度やパワーにおいて信頼度の高いモデルとして、広く知られるものとなっていた。
「……で、いいんだよな?美傘ちゃん」
「大丈夫です♪でもスワットさん―――」
「わかってる、やらかしたときの始末は新月に押し付けるよ」
「新月さん聞いたら怒りそうだなあ」
「ま、話をまとめると―――」
ブラックスワットがホワイトボードに目を向ければ、他のヒーロー達もそれに目を向けた。
「“Gカイザー”はカスミ区に潜伏、俺らは警察と連携して追い詰める。
ルートは北上の無人ビル街に誘導するようにして…
そっから絶好のポイントでスナイプ、仕留める……そんなとこか。
プランBへの以降は現地判断で行う、だが安心しろ、プランAで十分だ」
「あなたありきの作戦です、どうかご武運をお願いしますねスワットさん」
「わかってる、終わったら一日休暇もらうぜ」
遊びに行く日が最近削られてな、とぼやきつつ、手を叩くだろう。
「そういうことだデルタ、坊主共。
決行はこれからすぐだ、逃がす前にすぐ行くぞ…
……ああ、美傘ちゃん、そういや」
「はい?ああ……ええ、すいません、今急用だと」
「なるほどな、後で教えといてやってくれ、ああ、ったく…」
「……作戦会議に新人がひとり足りねえたぁな…」
――――――――――◇
―――――チキチキとする音は、耳障りだっただろうか。
寝ている者には少しばかり、寝るための集中をかき乱すものだったろう。カチコチと不規則に響くのは時計がちょっと壊れているからで、規則的なリズムで不規則に鳴る音は心的にどこか、不安になるものだ。
幸いにもそれに何かを感じる者がいなかったのは、これを聞いている者がこの音を空間から除外できる程度には”集中”をうまく使い分けられる人間だったからだろうか。無人のビル街にあって大きな灯りもなく、きしむベッドから起き上がる音がする。
「……」
あくびもしない、伸びもしない。まるで油断の一切をしないとばかりに顔つきも身体も険しく、ベッドに腰掛ける姿勢へとなおると時間の過ぎるだけの空間にたたずむ男―――― ジャケットを羽織った姿からでもわかる、鍛えられた身体。
武術にまつわる鍛えを相当積み込んだものだろう。そう察するに余りある体格を持つのはひとり、黒髪、黒目、端正。率直に言って”少し前のイケメン”に相当する顔つきを持つ男であった。名前は不動 恒正、いまや新聞の一面に飾られるほどの経歴を持つに至る指名手配犯である。
「準備はまだ整わないか」
そうつぶやき視線を送る先にあるはひとつ、小型のキャリーバッグである。少々”コテコテ”の印象をあつらえたそのキャリーバッグはその中心に”G”の字をあつらえてあり、彼の趣味ならばなるほど、人は見た目によらないものだと思えるものであった。
「――――”Gカイザー”」
つぶやき、キャリーバッグを見据える。
「お前を目覚めさせた、だが半分お前は寝たままだ。
あれからしばらく経ったが……まだか?
このままなら、お前は俺と滅ぶだけの存在だ」
キャリーバッグはやはりと何も言わず、ただそこにある。
部屋の隅において、ただただ、鎮座するだけ。
「あのリチャード・ウォンに裁きを受けさせるため、
あの企業の闇を世界に見せつけるため…
そして俺と共に戦いこの街を駆け抜けるため」
睨みは、いっそう強くなる。
「そのためにお前を目覚めさせた、Gカイザー。
時間はないぞ、どうした?何が足りない?」
「……あの”バケツ頭”とやりあったときに感じた、
お前の性能はそんなものではないはずだ。
少なくとも――― お前は”G”を冠している。
俺の演じた、最高のヒーローを象った最高のスーツだ、
お前はあんなもので終わるはずがない、こんなものじゃない、
お前は”ただのスーツ”で完結する器じゃないはずだ」
つぶやき、吐息すら響く静かな部屋。
静寂のなかに、そっと物音だけがする。
それはどこか、遠くから響いた音。
「……」
「時間が来たぞGカイザー、お前を試す時間が」
ジャケットの襟を直し、不動はベッドから立ち上がる。
そして他には何もいらないと言うばかりに、キャリーバッグだけを手荷物とした。
その他のそこにあったもの、食べるものも、些細な機械も、すべて捨てて。
「………思ったより早くやってきたらしい。
相手はプロだ、一筋縄じゃいかないだろう」
「ここで終わるなら、それは俺は認めない。
だがGカイザーがそれで終わるものだってなら、
俺もそこまでの人間だったってことだ」
「この街の闇が暴かれないまま、人が食い物にされる。
その未来が変わることなくここにあるってことだ、
お前が目覚めない限りはずっとそのままになる…
ああ、Gカイザー、目覚めてみろ、お前なら…」
そうして彼はキャリーバッグのグリップを強く握り、一気に押し込む。
瞬間、キャリーバッグが展開し彼の腕を包み込み、その身体を覆っていく。
まるで全身に広がり取り付くようにキャリーバッグが――― ”紅い”キャリーバッグが。
その意匠を身体に纏わせて、自分はこれだと示すように不動を包み込んでいく。
『……それは世を忍ぶ仮の姿』
『正義の鉄拳絶対判決…
その名を”特皇Gカイザー”!』
その顔は決意に満ち、同時にもっと、黎いものにも満ちていただろう。
その目元すら覆い隠すようにバイザーが降りれば、不動はその体を紅いものとした。
『――――Gカイザー・スーツ、着装!!』
瞬間、飛び出し爆ぜ、窓から割れるガラスが止まって見える速さで落ちていく。
ビルから飛び降り地へ降り立てばそこには紅い戦士がふたたび顕現していた。
いかにもな”ヒーロー然”。
なびく”それっぽい”マフラー。
かつてテレビで語られた”ヒーロー”。
『さあやってみろ、Gカイザー!
俺とお前がここで終わるか、足掻き進むか!
俺にお前を見せてみるがいい!!』
鳴り響くサイレンを合図として、紅き戦士の戦いが始まった。




