一章六話:鋼鉄の殴り合い☆
サーキット場がこの街にもある、異能によって造られる各種材質や金属、機械というものは”本土”に多く輸出され技術的革新をもたらし、そしてなによりこの島以外で生産できないことからこの島をとりまく需要というものはそれこそ凄まじい。
それらから生み出されたレースカーの競争劇など、他の島では見られないだろう。ここを見るために本土から訪れる観光客も少なくはない、この島、観光産業も相当に発展した場所である。
だが今日、そのタニモリサーキット場の空気はまるで別物となっていた。
燃える火が野ざらしに存在することが、その象徴と言えるものだったか。
「こちらC班、応戦中!本部から応援を…」
「今ヒーローを呼んだ!8分後に到着予定!」
「もつのかよ!!」
大きなへこみのできたパトカーに隠れながら、拳銃に弾を込める警官が叫ぶ。
銃はこの街において、比較的規制が緩い。
なにぶん異能者が跋扈しているのだ、それに対抗できる力もある程度ないと護身もできないというものである。警官に支給される銃も45口径程度には強力なものであり、しかし、それが弾切れを起こすということは…。
「この弾で最後だぞッ!!」
「上!上だよけろッ!」
「だぁッ!!」
警官が飛び退いた瞬間、その場所に落着するのは大きなタイヤである。大型車のタイヤは相当な重量を持ち、それこそ人間などぺしゃんこになることだろう、さて――― 問題は、それがどこから放たれたか、ということだ。
軌道を追って、その発射点へと目を向ければ―――。
『―――――ッ、ちょこまか、とよォ!!
この”バリー・スティール”を怒らせて、
あまつさえ素直に殺されもしねェッ!!』
パワードスーツというものはこの街にそれなりに普及しており、それはさまざまなサイズが存在する。軽量なヒーローじみたものから、中型の警備用、そして……大型のパワー・ローダーのような重機としての運用をされるものまで。
これをひとことに分類するなら、大型と中型の間の子、というよりおおむね”中型を大型化させた”というものがよかっただろう。ガスマスク風のヘルメットの下にはがっしりとした重機型フレームがあり、その両腕は…とても、大きかった。
人間の腕としてはあまりに不釣り合いな巨大な腕だ。大型重機型スーツの腕部をそのまま移植したのではないかというほどの巨大な腕がついていて、またもタイヤを手にしてはお手玉のように放り投げる。
例えるなら”大型改造スーツ”といったところか。
『おまけに――――』
「……警部!彼は大丈夫なんですか!?」
「もう少しだけもってくれればベテランが来る…だが…」
「彼は……」
その大型改造スーツ、”バリー・スティール”と対抗していたのは、警官だけではなかった。
さて、この島にはヒーローがいる。多くはコスチュームをまとい、それはこの場所にいた者も例外じゃない、白を基調とした現代風衣装、スコープやレンズなど”見るもの”を意匠としてあしらったその姿は、ヒーローであること違いないだろう。
年の頃は若い、十六、十七といったところか。
トゲトゲの茶髪はあまり整えている気配はない。
そして、問題があるとすれば。
「……ッ、こなくそッ、ちくしょッ…!」
「彼は……”新人”だそうで」
その姿がすでに、傷だらけであったことだろうか。
見るも痛々しく、そこらじゅうが擦り切れていた。
『ときたま視界が”チラついた”って思ったらおめェか。
このバリー・スティールを相手にするのはいいがよォ…
てめェ……”戦闘向き”じゃぁねェな?』
「だったらなんだ!俺はヒーロー、ヒーローだッ!
この”スナッチアイ”がお前をぎったんぎたんに…」
『おっとォ!』
「わッ」
手に持っていたタイヤが投げられ、それをスナッチアイと名乗ったヒーローはそれをすんでのところで地面を転がり避ける。そしてタイヤは地面を跳ね回ったと思うと後方の、パトカーの一台に当たり大きくへこませた。
『これが”やっと”だろ?おめェ何ができる?
殴る?蹴るか?俺には届かねェ』
「言ってろ!それでもやんのがヒーローだろ!
オレはそのためにヒーローになった!
だから――――」
『ッ……またこの”チラつき”かよッ』
スナッチアイが目を見開いたとたん、バリー・スティールの視界が明滅しブラックアウトと正常化を繰り返す。スナッチアイの持つ”異能”だろう。このように異能を持つヒーローも珍しくなく、彼もそのひとりであった。
「ッ――――」
だが、異能というものはつまるとこ個人の技能で身体技能に近い。
そのため使いすぎによる負荷がかかることも珍しくない。
スナッチアイの視界が一瞬ゆらぎ、さすれば―――。
『おらよッ!!』
「ぐあッ!!」
バリー・スティールの巨腕が大きく振られ、スナッチアイを狙って地面へと叩きつけられる。スナッチアイはギリギリのところでそれを回避するが、衝撃によって大きく転がり全身を擦りむいて仰向けになった。
「ッ……こなくそ…」
『がンばったけどよ、もう逃げらんねェぞ』
「けッ……ヴィランがなんか言ってるぜ、
オレみたいなペーペー殺して満足かよ」
『新聞の一面が賑わうんじゃねェか?
どっちにしろ――――』
バリー・スティールがスナッチアイを見下ろすと、そのもう片腕が握られ、大きく振りかぶられる。その重量だけでも相当なものを感じさせる巨腕は、喰らえばひとたまりもあるまい。押しつぶされ、人体など容易に砕け散る。
スナッチアイは動こうとするが、立ち上がるにはそれでも、遅い。
こんなものかと自分を呪うには力なく、また生きたいと願うには信念が固く。そうやって死にゆく”たどり着けなかった”ヒーローも時折、この場所では現れるのだ。皆の憧れるヒーローという領域に届かなかった、新星が。
『――――おめェはヒーロー”もどき”で終わりだよ』
「くそった、れ…」
目を閉ざすことがない、迫る拳に怖じけない。
まだ立ち上がって避けようとすることがスナッチアイというヒーローの性格を表していただろう。もし届かないものがあったなら、今日ここでバリー・スティールという強力なヴィランと出会ったことだろうか、それとも―――。
「こんなところで、俺は…」
―――――力がなかったことか。
ヒーローは、英雄は、その力によって立場を、身分を築き上げる。その呼び方を…称号を得るためには、相応しい実力というものがどうしても必要になるのだ。だからそこにたどり着けなかった者達にはそれがなかった、それでおしまい。
ご縁がなかったのなら、来世に賭けましょう。もっと強い、そんな男に生まれ変われることを。スナッチアイの物語は、ここで拳に打ち潰されておしまい、そんなひとりの悲しい物語がここにあっただけ。
何も不思議じゃない、ここじゃたまにある、ニュースの中の話だ。
だが……。
『―――――でぇぁぃ!!』
……道は思いがけないところで変わっていく。
その道に介入する、別の何かによって。
『がァッ!!』
「なッ!?」
拳がそれ、真横の地面を叩く。同時にバリー・スティールが大きく跳ね飛ばされ、転がっていく。そしてその場に別の衝撃をもたらすものがある。それは――― 青色の、大きな、機械的なギミックを搭載した大きな大きなハンマーである。
ドシンと音を立てて、それが地面に落ちる。
「……」
『やあ新人君、ありがとう、よく―――』
「あんたは……あんたは!」
『……自己紹介をしよう、よく聞いていてくれよ』
のし、のしと、あるいはガシャン、ガシャンと。
重厚な鎧の音が響き、それはスナッチアイの側へと。
そんな”頼り甲斐のある音”を響かせるはひとり。青じみたグレーの装甲、輝く全身のスポンサーマーク、マントを翻し、そしてなにより目立つのはその大きな”バケツ頭”だ。特徴的を形にしたようなひとりのヒーローがいま、その渋い、機械を通したような声を響かせ、叫んだ。
『歩く鋼!神の右腕!
悪を討つ戦鎚にして街を守る盾!
センチネル・バケツヘルムとは私のこと!!』
「あんたがあの、バケツヘルム卿…!?」
『私の到着まで頑張った、確か…スナッチアイだったな』
「オレの名前、知って…!?」
『フフッ、ヒーロー達の情報はよく目を通していてね。
とかく、ここからは引き受けよう……あれは…
なんだ、私にとって”適任”の相手と見たからな』
ようやくと立ち上がったスナッチアイが、ハンマーを拾い上げ仰々しく名乗ったバケツヘルムに目を向け膝をつく。全身の疲労と傷がもう、それ以上活動できないと、彼に告げていることだったろう。
対面するバリー・スティールも転がった状態から立ち上がり、拳を打ち鳴らす。
いうなればそれは、まるで獣の挑発か、怒りを示す行動のようであった。
『さあ”ヴィラン”よ!ガチンコ勝負向きの図体と見た!
幸いこの私の得意分野よ!好きなだけ打ち合おうじゃないか!
それとも今の投擲でもう意気消沈かね!?』
『馬鹿野郎がこのバケツ頭ッ!!
このバリー・スティールを相手にしたことを後悔しろッ!
ねじ切って体と頭逆にしてやるッ!!』
『意気揚々、それもよし!
いざ尋常に!改造スーツと”本業”!
その差をとくとお見せしようか!!』
『言ってろッ!!』
「こちらC班!バケツヘルム卿到着!スナッチアイも無事です!
救護班と捕縛班の出動を要請します!こちらC班!」
「いけッ!たたみかけろ、卿ッ!!」
バリー・スティールが走り出せば、バケツヘルム卿もまた、走り出す。ハンマーと拳が大きく甲高い金属音をあげぶつかれば、それをゴングとして状況はイケイケムードへと変わることだろう。警官隊も余計な手を出すまいと、発砲を控えている。
打ち合いにはじまり、打撃音が互いを打ち鳴らし、その攻撃はまさしくノーガードでのぶつかりあいという表現がまさにふさわしい、色気も艷もない闘いである。
『力量十分!!いい馬力をしている!』
『だったらァ!!』
大きく振りかぶりラリアットをすれば、バケツヘルム卿はそれをハンマーの柄で受け止める。だが”Gカイザー”のときの打撃ほどでもない、面の大きいぶん重量はあるが、速度もキレも、しょせんは作業用メックの域を出ないものだと、彼は感じた。
その次の大きな振りかぶりにハンマーの石突きを合わせ、胸を突く。
『ぐッ!』
『長物はこうやって使うこともできる!覚えておけ!でぁぁい!』
一瞬よろめいたバリー・スティールにたたみかけるように、頭を頭突き、続けて振りかぶったハンマーで胸部をとらえ殴りつける。超重量の一撃にして、遠心力の大型打撃、彼がもっとも得意とするもので、彼にして”手加減できない”と言わしめるものだった。
『どうした、どうした、どうしたッ!!
私が前に相手にした者達は、もっと凄かったぞ!
このまま押し切ってくれようか!』
『負けっかッ!このヘンテコ頭ッ!
そいつを半分に凹ませてやるッ!』
『それは失敬つかまつろう!こう見えて大事な頭ゆえ!』
『だあッ!!』
連打、連撃、返す応酬。くぐってきた闘いの差はその動きに差をつけ、打撃によって与えられるダメージはそのスーツの性能の差を示す。バリー・スティールに与えられるダメージと衝撃はその一見重厚に見える装甲を抜き続け、一方バケツヘルム卿はというと、さほど苦戦はしていない。
戦っていた時間はわずかだったが、どちらが優れているか。
それは誰の目に見ても明らかだっただろう、だが…。
『ッだろ―――― ッ…つかまえたッ…!』
『おっと…!これはまた…!』
「卿ッ!」
『このまま引きちぎってブチ殺して、やらッ!!』
バリー・スティールが捨て身とも言える突撃を見せ、バケツヘルム卿の両腕をつかむ。
馬力の差だけは重機ベースだけに相当なのだろう、バケツヘルム卿の両腕が、両脇に引っ張られ徐々に開いていく。
「卿!オレが―――」
だが、スナッチアイが大きく目を見開き、その目を充血させんばかりに集中させると瞬間、バリー・スティールの視界が完全にブラックアウトすることだろう。それは本当にわずかな出来事だったかもしれないが、それでも、バリー・スティールの集中を一瞬そらすに十分だった。
『ッ、くそッ!今度は何も見えねェッ!!』
『ありがとうスナッチアイ!さて――― この私、必殺その二…!』
しかれば、ほとばしるのは――― ”閃光”。
『――――”エレクトリック・ダンパー”!!』
『ッ、がァァァッ!!そんなの、アリかよッ!!』
『隠し玉よ!!』
バケツヘルム卿の両手先が輝き、閃光がほとばしり瞬間、放たれるのは”機械”にはとりわけ大ダメージをもたらす高電圧の超電撃だ。紫電の稲光が走ったとおもえば、集中をそらされ危険を察知できなかったバリー・スティールが逃れるにはあまりにも時間が足りぬ。
その全身に流れた電撃はスーツの電装を破壊し、ショートさせることだろう。マシンにとって、致命の一撃が叩き込まれたのである。
そうしてプスン、プスンと煙がたてば、バケツ頭の聖騎士がその手を押しのければ…バリー・スティールはもはや自重を支えるほどのパワーも残ってはいない。ゆっくりと、少しだけ抵抗のそぶりを見せたあと、そのままゆったりと…倒れることだろう。
『……ッ、くそッ…一歩も、動けねェ…ッ』
『安心するがいい、刑務作業が割り当てられれば、すぐに動けるとも』
『くそッ……たれ…』
その短い言葉の交錯のあとバリー・スティールから発せられる言葉はなにもなし。さすれば状況の終了を告げるには十分であった、警官達が無線で何かを連絡すれば、一斉に近づいてきては動かぬバリー・スティールへと銃を向けつつ、確保!と叫ぶ。
それと時を同じくして救急車や警察の護送車両が入ってくることだろう。
此度の闘いはバケツヘルム卿の完全な勝利によって、終わったのである。
――――――――――――◇
さて、時間が少し過ぎればバリー・スティールは警察によって回収され、いまや車両の中でがんじがらめ。残るはせわしない警官達や戻ってきた現地スタッフを除けばバケツ頭の聖騎士と、傷だらけの”新人ヒーロー”である。
バケツ頭の聖騎士は傷だらけで膝をつく彼に、同じく膝をついて目線を下げると、口を開いた。
『ありがとう、スナッチアイ。
君が戦ってくれたおかげで誰も死ななかった。
今回の皆の安全は、君の活躍ありきのものだ。
このバケツ頭よりも、誇っていいとも!』
「いえッ、オレ……何もできなくて」
『敵を倒すだけがヒーローではないさ、この私の到着まで時間を稼いだ…言い方は悪いが…
それがこうして結果をもたらしたんだ。君はたしかにヒーローとして責務を全うしたよ』
「バケツヘルム卿……」
一瞬俯き、ヒーロー、スナッチアイは、また顔を上げた。
「卿」
『なんでも言ってみるといい』
「オレ、新人です、なんもわからなくて、でも情熱はあります。
異能は戦闘向きじゃないから敵は倒しにくいけど、でもッ!」
『ああ』
「この街に育てられました、この街が好きなんです、
だからこの街に何かしてやりたいってヒーローになったんですッ!
その想いだけは確かにあるんですッ!想い、それだけなら…」
「……こんなオレでも、ヒーローになれますか?」
真摯に、まっすぐに、スナッチアイは問いかける。
眼の前の自分より大きく見える、そんな聖騎士に向けて。
聖騎士は一瞬視線を下げ、数瞬間を開け、それから顔を上げ、口を開いた。
『なれるさ』
「……!」
『なにを隠そう、私もヒーローを目指している身さ、
ヒーローであることは、ヒーローを学ぶということ。
この街で生きるヒーローとしては私もまだ、昇るところがある、
君も学び、知り、この英雄譚へとつながる階段を登っていくといいさ。
私も……共に学ぶ同志が増えることを、この上なく嬉しく思う』
「……ッ、ありがとうございます…!」
ひび割れた頭のゴーグルがずれるほど頭を下げ、その畏敬の視線を向け、バケツ頭の聖騎士の見送るなか、スナッチアイはようやくと訪れた救護班達の介助を受け救急車へと運ばれていく。傷を癒やしたのち、ヒーローを目指す者はまたその道を歩むのだろう。
その背を見送る聖騎士は、彼が車内に消えていく前にもう一度、大きく叫んで声をかけた。
『……少年!!』
「…はい!」
『この街を生き、この街を愛する者よ!ヒーローを目指す者よ!
君の行く先に困難は待ち受けていることだろう!
私が通ってきた道もそうだった!苦難がいくつもあった!』
「……」
『だがこの街を愛する君は、きっと超えられる!
街は試練を用意するかもしれないが、その先に掴めるものがある!
この街は―――― 君を歓迎しよう!』
「………はいッ!!」
そうして姿が見えなくなると、手を振り、見送り。
バケツ頭の聖騎士は喧騒と静寂が入り交じるなか、うつむく。
そこに何を想っていたのか、誰も知らぬまま。
新星を受け入れるのはいつだって先ゆく者の努めだ。
だからきっと、この言葉達は本心だった。
バケツ頭の聖騎士はハンマーをかつぎなおし、歩き出す。
……この街には、いつだってヒーローがいる。
(´・ω・`)こんかいはここまで




