一章五話:失敗したなら
翌日、ヒノデモータース社から最新鋭スーツが盗まれたという話は新聞の一面に載り、世を駆け巡った。
この大きくも狭い島だ、なにか事件があればすぐに住民が飛びついて、その噂は尾びれ背びれをつけてそこらじゅうをかけめぐる。それは悪いものであったり良いものであったりときによって変われど、おおむね人々の間を伝った口伝で共通しているのはひとつ。『犯罪者が武力を得て大丈夫なのか』というものだ。
これに対しヒノデモータース社の社長、リチャードは『早急な解決のためにヒーロー団体へ正式に依頼を設け、そして支援を惜しまない』という答えを返した。賛否両論あれどおおむね、無難であっただろう。
……この街にはヒーローがいる。
だがバケツ頭の聖騎士のように、ひとり個人で全域をカバーするにはあまりにも頭数が足りなすぎる。そこで彼らが過去考え出し、そしていまに至るまで存在するものがヒーローの互助組合――――― ”ヒーロー団体”である。
いくつかがこの街に存在し、そして最も大きいものは…。
「……以上だ、この件に関しては我々ヒーロー団体”ツクナミ”が引き受ける」
「僕に自分の尻拭いをする機会すら与えてくれないってことですか」
「君ほどにもなると仕事も尽きないだろう、それに…」
眼鏡を光らせるは、長身の威圧的な雰囲気の男だ。
金髪、オールバック、頬に大きな傷を負ったその男は威圧的風貌からなおさら威圧的な空気を醸し、雰囲気だけでテーブルの向かいに座る健作を見下すかのようであった。胸にはバッジをつけており、そこには”私設ヒーロー団体 ツクナミ”と記載されている。
場所はヒノデ倉庫、倉庫内応接室。
島の南東方面にある、人口密集地、ツクナミ区。
そこを拠点とする大型私設ヒーロー団体が彼ら、ツクナミだ。他にも団体はあれど人口密集地に本部を構える彼らはこのイバラの街で1,2を争う大きさではあるだろう。完璧な情報連携により円滑な活動を行い、トレーニング施設や装備を構え質にも事欠かない彼らは、事実上街の異能犯罪事件に対する抑止力と言っていいだろう。
「……一度”失敗”した君に任せるのも気が引ける」
「ッ……」
“Gカイザーの逃亡”、このワードに付随するのが彼、バケツヘルム卿が対抗したことであった。
それはまさに賛否両論であったと言って差し支えないだろう。片や犯罪者の”暗殺”から企業代表を守り、人的被害のいっさいなく彼を逃亡まで追い詰めた。だが片や、ヒーローたるものが犯罪者をみすみすと逃し、脅威を街に解き放ったということで評価はまっぷたつに割れていた。
英雄的偉業と、それを認めない者、である。
眼の前の”ヒーロー団体の人間”はまさしく、後者であった。
「言い訳するつもりはないです、でも、だからこそ僕が―――」
「それに君はいかんせん機敏な作戦行動に見合わないスペックだ、
あのGカイザーを逃したことがそれを証明している。
また出会った時に、我らについてこられるのか?」
「………やって、みなきゃ!」
「ゲームと違ってチャンスが一回なのが現実だ、”試してみる”なんてのは困るんだよ」
「ッ…!」
正論ほど人を追い詰めるものもなく、そして怒らせるものもなく。
しかし正論ほど言い返せないものもない、とは言うものである。
握った握りこぶしは握るだけにして、健作は俯き歯を噛んだ。
さて――― だが更に続けざまに追い詰めようとする口に、割って入る影ひとつ。
「まあまあ、まあ!アドバイザー・新月、そこまで言わないでもいいじゃあ…ないか!」
「でもねェファルシオンさん、事実は事実なんですよ、この坊主が問題をややこしくしたことは…」
「あの場に我らがいて、同じことができたかい?」
「……あなたならできたでしょうけど、俺は……わかりましたよ」
ばつの悪そうに横を向き、頬の傷を掻く新月。彼を制したのは――― まさに”コスチューム”といった出で立ちが表現にふさわしい老人だったろう。基調は赤、マントを背に背負い、チェストプレートには”A”の文字。平たく表現するなら”アメコミに出てくるような”という表現がぴったりの、白髪の老人である……名前をファルシオンと言った。
ファルシオン・ハンツマン。
この街有数のトップレベルのヒーロー、そのひとりである。
ほかが引退しているため、事実上の最後の一人、とも言えたが。
「うちのアドバイザーがすまないね!ロード・バケツヘルム!」
「大丈夫です、あと……ここでは」
「ああ、その”素顔”のときは健作君、がいいんだったね」
「すいません」
「いいのさ」
ははっ!と笑うさまはその性格が快活で、細かい気配りをするタイプだとなんとなく察せるだろう。余裕のある人格、といったものであろうことが、対面した人間なら悟れるかもしれない、ファルシオンとはそういう人間だった。
「スーツが盗まれたのは社のセキュリティの問題、君はしっかりと尻拭いをしたんだ。
だから成果としては十分、後のことは我らに任せてほしいということなんだよ」
「でもそれじゃ僕はヒーローになれません!せめて自分のことくらい最後まで…」
「ヒーローじゃない、なんて君が決めてはいけないよ」
「えっ……」
「……君が不在で“Gカイザー”を追っている間、街の人々を…ヒノデ区の人々を守るのは誰になるんだい?君を待つ人々のため、君が君の仕事をまっとうすることのほうが、私はヒーローとしての仕事として相応しいと思うよ――― 君をヒーローとして認めるのは、街の方さ」
「それに……Gカイザーの捕縛はいまや街の使命になった、危険な犯罪者が大きな武力をもって街に潜んでいるということだ。それは街のヒーロー達すべての仕事だ、だからこそ、適材適所、それぞれのスペックの見合ったヒーロー達があたるべきなのさ……特に今回の件ならば、高速性の高い者が」
「……」
「そういうことさ、すまないね健作君、今回の”仕事”は任せてほしい」
「……はい」
年上で、威厳があり、そして”街のトップ”。
その人間であり、先達のヒーローが頭を下げる。
さすれば健作も、頷くことしかできなかっただろう。
頷かれれば、よし、と。
「……では我らはこれで失礼するよ、共に使命を全うしよう」
「そういうことだ坊主、くれぐれも邪魔はするなよ」
立ち上がり、ヒノデ倉庫をあとにするファルシオンと新月。
そのあとからようやく、握った拳の行き先を失った健作は、小さくテーブルを殴る。
「………ヒーローにならないと」
そう、小さくつぶやいて、自分もそこをあとにした。
――――――――――――◇
―――――さて、バケツヘルム卿の平時の仕事というものは、いくつかに分かれる。
まずは有事の際、通報や報道を受けて出動し犯罪者や”ヴィラン”に対抗する緊急出動。次に有事がない場合、お呼ばれして出向き宣伝を兼ねてヒーローショーなどを行う広報活動、さらにネット上での活動などを除けば、残るはもうひとつ、”パトロール”である。
街を巡回し、自らの存在を誇示して治安を守る。
それもまた、ヒーローの活動のひとつ。
今日、彼の活動はそれであった。
『やあ!学生諸君!バスはあと3分20秒後に来る!気をつけて帰れよ!』
「精確~~~!」
「頭にダイヤ入ってるの?!」
『伊達に頭は大きくないゆえに!』
今日歩いていたのは、高校の通学路。ヒノデの区域ではないが、彼はヒノデのほかに各区域を定期的に見回るのを活動の一環としていた…今日はやや南西の区域にある、その区域一帯を見回っていた。
島とは言ってもひとつの県程度の大きさのあるこの島は、それなりに移動も大変だ。
だから彼はキャンピングカーを改造した輸送車両を自作し、それで各地を回っていた。
なお、一度駐禁をとられたことがあるのできちんと今はコインパーキングを借りている。
「卿!サイン!サインください!こっちは母ちゃんの!」
『二枚か?二枚ほしいのか?いいだろう!三枚あげよう!』
「やっば一枚どうしようこれ!」
基本的に、犯罪に遭遇するなんてことはめったにない。
一昔前はそれなりにあったらしいし、今も”島外”よりこの島の犯罪率はある程度高いというデータはあるものの、おおむね日常生活が侵されることはあまりない。だからこそヒーローというものも観光資源のキャラクターのように扱われ、アイドル的立場になることもたびたびだ。
地域と顔なじみになると、こういうこともあると。
平和を噛みしめることはヒーローにとっての至上の喜びである。
だが――――
―――――こうしている今も、どこかで。
ふと、バケツヘルム卿の頭を過ぎるのはあの、憧れた人で、そして紅き戦士。”Gカイザー”はこの島のどこかに潜み、またあの社長を殺そうと画策するのであろう。先に聞いたとおりなら、この島のヒーロー達が動いてくれるが…。
「……あの」
思考に入りかけた瞬間、ふと、その道端で声をかけられる。
『……ああ!どうした?このバケツ頭、どんなご意見も聞き届けよう!』
ひとりの女子生徒が、不安げな声で語りかけてきたものだから、彼は”いつもの調子”で返すのだ。ヒーローという存在がいつもどおりであることが、今ここは大丈夫なのだと示すことにつながるからと。
彼の”バケツヘルム卿”としての振る舞いは、それを基調としていた。
だが――――
「……”Gカイザー”、捕まりますよね?
わたし、ヒノデモータースにお父さんが働いてて」
『ああ……』
一瞬、言葉が途切れる。
瞬時に返すにはその話題は少し、思考が必要だった。
ほんの数瞬、思考をしたのち返す。
『安心してくれ、あの時取り逃してしまったことは情けないが…
この街には多くのヒーロー達がいる、そして私もいる。
孤立した者程度、あっというまにあぶりだしてしまうことだろう!』
「そっか!それなら…卿がいるなら大丈夫ですよね…!」
『……ああ!安心してくれ!』
どう返せばよかったのかわからない、だから無難な一言だったのだろうか。
どこともわからないスーツの犯罪者ひとりを追い詰めることだったら、自分ひとりじゃできないのは事実だったろう。先に言われたとおり、自分の闘い方や活動指針とはあまり相容れない相手であることに違いなかった。
『ささ、バスが来た!家に帰ってゆっくりしなさい!今日をいい日にするんだぞ!』
「ありがとうございます!それじゃ―――」
立ち去った女生徒に手を振りながら想い、そして一瞬消沈し、そして戻る。
今の自分はバケツヘルム卿というヒーローであったからだ。
弱いところは絶対に、見せちゃいけないヒーローだから。
夕暮れが少しずつ傾き始め、夜の空が近づいてくる。あと半刻もしたらきっと、夜が訪れこの街が眠りにつく時間の訪れがくるのだろう。この街のきらめきはそれでもまだ輝いているが、それも少しずつ眠りはじめる。
その宵闇に人々が呑まれないように、ヒーローがいる。
胸中自分がそれになれているかと悩み、そしてなりたいことを願った。
……さて、バスが最後に去るころには、夜が来る。
さすれば自分も今日はそろそろ、帰りの道を歩き出そうと…。
『……? 緊急通報!?』
バケツ頭の中のHUD上に映し出されたコール表示とその音を聞けば、彼はこの街にまたひとつ、何かが起こったことを察するだろう。それはとりとめのないもので済むか、あるいは―――― 事件と呼ぶにふさわしいものか。
コールを受け取り、その声を聞けば……
『……こちらセンチネル・バケツヘルム!手短に場所と要件を!』
『タ、タニモリの一番近いヒーロー! ……あんたか!よかった!
サーキットだ!タニモリサーキットに……』
『――――”ヴィラン”が現れたッ!!』
『わかった、すぐに行こう!この歩く鋼が到着するまでなんとか!』
懸念が後者で、逼迫していた。それを認識すればその脚はもはや、いつよりも疾く動くことだろう。
街は動き、常に進んでいる。その中のひずみが暴力をもって訪れるなら、その力をもって応えるのが流儀であると。センチネル・バケツヘルムはその闘いの渦中へといままさに飛び込むべく、夜の訪れた街を駆けていった。




