一章三話:教会のシスターと趣味☆
―――――どんな人間にも、趣味はある。
その原点が何かは、人それぞれというものだろう。
過去から連なるもの、未来を目指してのもの、誰かがやっていたから…周りに影響されたり、流行りだったり。バケツヘルム卿を演ずる逆屋健作もまた、趣味というものをいくつか持っている。ひとつはトレーニング、自分を磨かずヒーローは務まらないと。ふたつは機械いじり、自分の得意分野は自然と好きになるものだ。みっつめ、よっつめはささやかにゲームをしたりなどがあるとして……さて、でもそれらを上回る趣味が彼にはあった。
『―――――カイザー・キック!!』
「あーっ、いい!もう一度見よう巻き戻し巻き戻し・・・・」
『カイザー・キック!!』
「やっぱりこの話のキックが一番だよなぁ」
ヒノデ倉庫は横、逆屋家住宅。
二階建ての至って普通の家であり彼の部屋はその二階、ちょっと進んで隅の部屋。父の代からの家であるが、面倒な時は倉庫で寝泊まりすることもあるのでそれなり趣味のための部屋として機能している側面はあるだろう。
……大きなテレビ、その下にはビデオデッキ…今ではブルーレイレコーダーが正しいか。
その画面に映るは真っ赤なヒーロー、マフラーはためかせるはテレビの特撮、”特皇Gカイザー”である。
『それは世を忍ぶ仮の姿……』
「ああ、きたきた…」
『正義の鉄槌絶対判決……』
逆屋健作は紛れもなくヒーローであり、そしてこの島には現実のヒーローが存在する。それでもなお、特撮としてのヒーロー番組の需要はあるのである。むしろ、現実にヒーローが存在して身近なぶん、視聴率は高い傾向にあると言っていいだろう。
“Gカイザー”は彼、逆屋健作という青年のヒーローの原点であり、趣味である。
十年以上前のリメイク特撮。元をたどるとそのさらに古いものをルーツとするもので、コテコテの勧善懲悪ものであり一見に”ヒーローとはこういうもの”を納得させてくれるストーリーデザインが魅力でもあり賛否両論……特大メジャー大御所というほどではないが、特撮ヒーローを挙げると必ず名前が上がる、程度の認知度はある作品だ。
『その名を”特皇Gカイザー”!!』
「そう、こうきて……!」
『Gカイザー・スーツ……着装ッ!!』
「あぁ~たまらない、たまんない…!」
ひとり部屋でクッションに座り悶える姿は、それがヒーローのバケツヘルム卿であると誰も信じることないだろう。現実のヒーローとして生きる彼の数少ない打ち込める娯楽であり、そして長年追い続けているものである。
彼の背後にずらりと並んだラックや棚を、これまたずらりと埋めているフィギュア、食玩、変身グッズ……それらがその趣味への没入具合を示しているとも言えるだろう。子供の頃手に入らなかった数々のアイテムは、大人になって購買欲が爆発してかき集められるのである。
『俺がいる限り、この街の明日は続いていく! ……また会おう!』
「あーGカイザー行っちゃういっちゃう……」
「……それにしても、やっぱりスーツアクター兼俳優の不動さんがな~…
いやほんとにいい役してるよなあ、本当にすごい、いやほんと…」
おたくというものは、一人になると饒舌になるものだ。一人で品評会を開き、スーツアクターの名前を口にする。あのシーンが良かった、あの役が、あの演技が良かった、あれが、あれが……誰も聞いているわけではないが、ひとり、白熱する。
「不動 恒正さん……辞めてから結構したけど今何してるんだろなあ……」
過去を愛し、過去を楽しみ、人類の生み出した作品に思いを馳せても時間は進んでいく。俳優はより立場を得たり、あるいはその業界からいなくなったり、それもまた、時の流れのなかでどうしても避けられないことである。
オレンジジュースを呷り、ひとり涙ぐむ。
逆屋健作、酒は嗜む程度は可能だ、だが筋肉に悪いとあまり呑まない。
どこかで生き、今は一般人。そうであろう憧れの人。
「………”力がなくても、明日を変えようとできる人”」
―――――それがヒーローというものだと。
一度かつて、ファンとしてひとめ見た時、彼からもらった言葉。それが彼をヒーローとして動かし続けている。
「忘れないようにしないとな」
誰だって、なにかから影響を受けてその道に進む。それは親、兄弟、友人、恩師、さまざまだ。そして影響を受けることになった原因が、言葉が、誰にだってある――― それを忘れてしまったとき、初心を忘れてしまうものだと。
そう、どこかで聞いた気がする。
本だったか、テレビのコメンテーターだったか。
レコーダーのディスクを丁寧に外し、丁寧にしまい、また丁寧に別のものを取り出して視聴を続ける。趣味というものはいつまで、どこまで、どれだけやっても飽きないものだ。そうしてその夜は過ぎていくのだろう。
――――――――――
―――――そして戦いに身を投じる日があれば、安息する日もある。
逆屋健作は時折、祈りに出る。
それは神頼みは神頼みでも、教会といったしっかりとしたところでだ。
最初はスポンサードを受けた場所からの紹介だったが、ふと、天蓋を覆うステンドグラスを仰ぎながら祈りを捧げた時、彼が敬虔な神の使徒でなくともそこに、どことない安心感を感じたことから始まった。
いわゆる”願掛け”として時折訪れるのである。
「……あっ」
「あら、いらしてくれたんです?ケンゾーさん」
「ご無沙汰してます、クロハネさん」
いつものように上を見ながらだったから一瞬気づくのが遅れて、ようやく一礼。
ちょっとだけ気恥ずかしそうにする健作を出迎えるのは、先にその―――― 神が見下ろす壇上から下ったところで手を握り合わせていた少女である。年頃は成人はしていない程度だが、ティーンというには大人びている。
名前を黒羽といい、もっぱらその教会を訪れる人々から”クロハネちゃん”と呼ばれていた。
「……健作さん、嬉しそうな、でもちょっと落ち着かないような、ってお見えします」
「わかっちゃいます?いや、社長からいい仕事があるって聞いて」
「だから今日も、”願掛け”、来たってことですか」
「ええ」
そうしてクロハネの横にちょっとだけ隙間を空けて並び、両手を握り合わせる。邪念でなければ神はなんであろうと受け入れるという、邪なら、許しを請えば許してくれるのだとも。彼の願掛け程度のことは、どこに該当するのかはつゆしらず。
「ちょっと邪だなって思っちゃいますけど」
「いいえ、主は一所懸命に生きる健作さんを見ていますから。
ちょっと……”おまけ”くらいしてくれるかもしれませんよ」
「ガシャポンくらいは当たったりするかなあ…」
俗っぽい、それでいて小さい願い。
それにくすっと、クロハネが笑う。
「……ヒーローのお仕事でしたよね」
「ええ、またヒーローショーとか、そのへんの仕事になるのかなーっては思ってますけど」
「昔お手伝いしてたことがあるから、わかります。
格好良いですよね、女心に思っちゃいました」
「そう言ってもらえると嬉しいですよ、みんなみんなにカーッコいい!
……そう言ってもらって憧れてもらうと、冥利尽きますから、僕らは」
「ふふっ」
また、クロハネが小さく笑う。
健作は二十代、クロハネは歳は下であるはずなのに、どこか、自分より大人な印象を受ける。シスター服の醸す雰囲気があるからというのもあるかもしれないが、それでも、彼女が持つ元来の気質というべきか……それがこの場所で熟成されたものなのだろうと、健作は結論づけていた。
「そういえばお手伝いしていたって、スタッフさんとか?」
「いえ、私はずっとここですから……お金にも困っていないし。
……ちょっと知り合いにいまして、ヒーローが」
「ヒーロー」
「ええ、チームを組んでいた方々だったんですけど……。
身辺のこととか、お手伝いすることがあったんです、
……もう解散して、昔のことになりましたけれど」
「ほぁー……」
気の抜けたような声が出たのは、あなたはいくつでしたっけ、と礼儀知らずなことを聞くのが途中でやめられたからだ。
「よし」
「良いお仕事ができそうな気、してきました?」
「ええ、なんとなく」
「それならよかったです、主もそう思っているはずです」
「ガシャポンの当たりが霞むくらいの大きな大成功、してきますよ」
「ええ、頑張って、健作さん」
恭しく、礼儀正しく一礼をし、そうして彼はステンドグラスをもう一度振り返り。
やっぱりこの場所に来るとどこか安心があるのだと想い、教会をあとにした。
……今日も日は過ぎる。




