一章二話:仕事の依頼☆
……時が進めばいつだって、思いがけないことが起こる。それは事故だったり、事件であったり。
この街でそのときに動く人も大勢いる。警察、消防、医療、メディア、そしてヒーローもまた、例外でない。人智を超えた力のそのまたひとつ先を扱う彼らは、その力を善行へと常に使い続けている、今日も、今日とて。
バケツ頭の聖騎士もまた、今日も。
『ハンマー―――――― ダウン!!』
『ぐあぁあっ!!』
超常の力はその街に根付いたもの。ならば人間に根付いたものが当然ある、科学という恩寵を与えられた人間は、異能に頼らずとも人間を超えた力を手にすることができる……この街においては特に、それは顕著であった。
「――――バケツヘルム卿が犯人を確保っ!バケツ頭の聖騎士、今日もお手柄っ!」
戦鎚が振るわれ地面を揺らし、衝撃波が男を跳ね飛ばす。そのまま壁に叩きつければ意識を失い、おそらく事態が終息したことを誰もが察したのだろう、歓声が響き渡るのだ。黄色く称える、憧れを帯びた声の数々が。
この街にはヒーローがいて、それはアイドル性を持つ。だから時折起こる事件は必然的にショーになりがちで、そのたび野次馬が駆け出してくるのだ。黄色い声はそれが投げかけるもので、現場に駆けつけたメディア達もそれに拍車をかけていた。
今日は身体強化の異能者による、武装銀行強盗の解決。
明確な正義と悪の構図が描かれれば、人々は過剰なまでにもてはやす。それがヒーローというわかりやすい存在であるのならなおさらだ。そして警察の突入というわかりやすい展開と、そこに死傷者のいない場面が明確になれば視線はすべてその、わかりやすい存在が持っていく。
「バケツヘルム卿さんっ!本日もお疲れ様です!」
『マシカTVの取材班の方々か、御機嫌よう。
今回は誰の手傷もなく、大団円の形に終わり良かったよ、
いつもこうなら……どれだけいいことか』
「レポーターの御船です!今日の戦いはどうでしたか?」
『そうだな……』
事件が起こり、それに真剣に挑み、終わる。
それは変わらない。相手もまた人間であるから。
……だが、ヒーローに望まれるのはひとつ、”ヒーローインタビュー”である。
『一丁のピストルによる武装があったが、死傷者は出なくてよかった。
だがなにより!その矛先が私にすべて向いてくれたことが幸いだっただろう!
しかしその一発一発、まるで蚊のひとさしほども効いてはいないな!』
「お見事です!」
『いばら重工製の堅牢な装甲、ヒノデモータース製の頑強なフレーム……!
扱うのが私とはいえ、支援者と、そして私の背を応援する皆あっての勝利!
テレビの前の皆もありがとう!バケツヘルム卿を今後も、よろしく頼む!』
恭しく一礼をし、お茶の間に挨拶。短いヒーローインタビューに今頃テレビの前の子供達は大喜びなことだろう、鎧姿とヒーロー、そのどちらもオトコノコの目には格好良く、とても憧れに映るものだ。
『―――――それでは!』
そしてマントを翻し戦鎚を肩に置き、その場をあとにすれば、ああ、なんと格好いい。
街のひとつの事件が終わり、ヒーローも誰も正体を知らない俗世に消えていくことだろう…。
―――――――――――◇
逆屋健作という人物を一言で表すのなら、”パッとしない男”である。
だが同時にそれを裏返す、”やり手”でもあると言える。
センチネル・バケツヘルム卿はただひとりのヒーローである、フリーで活動し、その活動資金や広報、営業もすべて単独で行っている。その中の人である逆屋健作は、バケツヘルム卿の活動すべてをひとりで担い一手に引き受けている。
お向かいの取引相手はいても、仲間と呼べる者はいまのところいない。
時折他のヒーローとも協力するが、あくまで仕事仲間だ。バケツヘルム卿としての仕事は戦いのみならず、その活動を維持するための資金確保、しいてはスポンサー団体との付き合いもまた、あるのである。
「――――というわけで、新しいサーボはいい感じです」
「ありがとう健作君、毎度毎度、テストに付き合ってもらってすまないね」
「いえリチャード社長、これも街のための、僕の役割ですから」
オフィス街はヒノデ区は北、コンクリートで固められた岸辺から長い橋を渡ればある海上ドーム。海原の中に独特の外見をもつ企業、ヒノデモータース株式会社は最上階の社長室、先の事件から数日経った頃、バケツヘルム卿……健作はそこへと訪れていた。
ソファに座ってテーブルを挟む。漆塗りのテーブルはさぞいいものであろう、棚に飾られたいくつもの賞状や調度品、壁にかけられた”常勝必殺”の掛け軸。それらの価値はわからないが、ああ、社長室らしい、という程度には健作は認識できていた。
それを持つのは対面に座る老人、白髪の張った頭は相応に歳をとっていることが見受けられよう、されど身奇麗に整えられたスーツは立場を明確にしている。彼はヒノデモータース代表取締役社長のリチャード・ウォン社長である。
特徴があるなら、糸目、だろうか。
「パワードスーツ産業がこの街に根付いてまだ日が浅い、技術としての驀進が我らには必要だな……悲しいかな、この街では争いというものがよく起こる。それも、生身の人間では対処の難しいものが」
「異能者、ですか」
「うむ、パワー・アーマースーツはパワードスーツのひとつでしかないしなにより、明確に知られているものは君のセンチネルがいいところだろう。治安と保安に我らヒノデモータースはまだ、組み込めていない。だがいずれ必要になる時が来よう、ゆえに”戦えるスーツ”が必要だ」
「……そのためには実戦におけるテストが必要、君にはそれを担ってもらっている」
「スポンサードをしていただいている関係です、問題ありません、それに……」
「ああ、君の父親にして我が友、健二君から君の面倒を見るよう頼まれているからね…そこは個人的な事情かもしれないが、だが君ほど優秀な人材に手を伸ばさないなど、ビジネスパーソンとして失格だ、囲い込みたいのもあるんだよ」
「買いかぶり過ぎですよリチャード社長」
「まさか」
言い、手元の資料をひとつ、手に取る。
その多くは健作によるデータ資料や報告書だったかもしれないが、その中に、センチネルⅡの性能資料もあった。ヒノデモータースのパーツを組み込んだ際の性能の変化の、詳細なものであった。
「君の父親、健二君は今は亡けれど……しかし、それにはあまりにも若く、惜しすぎる才能だった。君のセンチネルに組み込まれている”センチネルOS”、今や我が社のみならずパワードスーツ産業においてはなくてならないものだ。それを彼は単独で完成させた」
「そして……そのひとり息子、逆屋健作君。センチネルOSを最大限活かすことのできる高性能スーツ、センチネル、それを実質上ひとりで設計し組み上げた若き才能、技術を用い商売をする我が社としてはぜひとも欲しい人材だ……君はどうだい?もしエンジニアになるなら、世界に誇れる人材となりえよう」
「スカウトありがとうございます、でも」
「ああ、わかっているよ」
そうして、そっと笑み、真っ直ぐな目を向けて。
「僕、ヒーローになりたいんです」
「ああ……小さい頃から、君が願っていたことだ」
「すいません」
「いいのさ、私もその願いを叶えてあげたいと思っているよ。老い先短い老人というものは、若き才能が芽吹く瞬間を見るのがたまらなく嬉しいんだよ。自らが成し得なかっただろうことを、次の世代が叶えてくれると確信したときに、老人はようやく死ねるのさ」
「しゃ、社長……縁起でもないですよ、まだまだ現役ですって」
「ははっ、意地悪だったかな?でも事実だ、君という青年と、バケツヘルム卿というヒーローがパワー・アーマースーツを用い街に知られることでパワードスーツ自体の有用性が世に広まる。そうすれば社としても……儲かるだろう?」
「またまた……」
そうして、ははっ、とお互いが軽く笑う。
互いに信頼があるのだろう、気兼ねない笑いだ。
「ひとまずデータの方はこちらで預かろう、ご苦労だったね」
「大丈夫です、いつもお世話になってますから」
「君ほど礼儀正しい人間ばかりなら世の中も楽になるのだが……まあ、すべての鳥が、跡を濁さないわけでもないか。ではありがとう、ひとまず私からは以上となるが―――― ああ、そういえば前に話していた仕事の方が正式に決まったよ、来月の頭になるが大丈夫だったね?」
「ええ、空けてあります。確か、新製品のイベントでしたよね?」
「ああ、君にはその警護を頼みたい」
この街において、ヒーローは敵を打ち倒す矛。それと同時に人民を護る盾ともなる。通報を受けて事件の解決に赴くのはそこまで頻繁ではなく、どちらかというとこういった、警護のような仕事が多い。ときによって、持ち回りで人々とも触れ合うこともある。
大丈夫ですよ、と健作は了承する。
「ありがとう、なにぶん最近物騒だからね。最近はなりを潜めているが”ヴィラン”なんてものもいるくらいであるし……新製品のお披露目のデモンストレーションに各社の重要人物を呼ぶならば、君ほど安全をもたらしてくれる者がついてくれているのがふさわしい」
「信頼には応えてみせます、足は遅いですけど、頑丈ですから」
「よく見ているよ、いい戦いぶりをしている……私もあと四十年若ければ、と思うほどに」
「そういえば、新製品ってなんなんです?」
「ああ、あれかい?そうだね……」
そうして、一瞬静寂。
喋る口がお互い止まった、というべきか、聞く側は待ち答える側が止まればそうもなろう。しかしはてさて、7,8秒ほど経ったところで、にこりとリチャードが笑い、そうして口を開きだした。
「………見てのお楽しみ、なんてものでいいかな?」
「それだけすごいもの、出てくるってことですか?」
「少なくとも君は喜ぶことだろうさ」
「おー……」
隠されたものは見たくなる、カーテンの向こうは見たくなる。オトコノコというものはどうしてもそういうものなのだ、そこに付随するワクワクはどうしても湧いてくるものだが、健作君という男はそれを我慢できる程度ではあった。
「わかりました、では打ち合わせなど必要なら連絡ください」
「担当者に話をつけておこう、そう難しいことではないはずさ……さて、ではそろそろ」
「ええ、本日はありがとうございました」
「身体に気をつけるんだよ」
そうしてソファから立ち、健作はリチャードへ礼。
見送られながら、社長室を出て歩き、そうして家へ帰ることだろう。
今日もまた、一日が終わる。




