一章終話:Gカイザー捕獲作戦03
発砲音が闇の間に響けばそれは、雨粒の間に消える。
硝煙の煙もまた、天から降る水の滝に消え去るのだ。
では、そうして生みだされた産物がどうなったかというと―――。
「……冗談だろッ」
『驚くなよ、番組のGカイザーは砲弾だって止めてたぜ。
話数は14話の後半から、帰ったらぜひ見てくれよな』
「……特撮と同じにするんじゃねえッ!!」
ブラックスワットの放った大型拳銃弾は、Gカイザーの拳の中で止まっていた。
立て続けに打ち込む弾丸もまた、その拳が先回りして止めていく。防御力か?速度か?あるいは――― その両方か?このわずかな時間の間に、目の前の”敵”が……”強くなった”?ブラックスワットと、それを後ろから見ていたスナッチアイの目は、ありえないものを見る目となっていた。
『“進化”したのさ、Gカイザーが……
俺に合わせて、俺と戦うためにな』
「冗談を言う!」
『あんたは悪役やってるつもりじゃないだろうが、
口の効き方が正義のヒーローらしくないって思うぜ。
マフィアにでも入った方が似合うんじゃないか?…さあ』
『……こっちの番だ、セオリー通りに決めさせてもらうぜ』
「こいつスピードもッ!!」
『見える、遅い、いや…”俺が疾い”!
……必殺…“カイザー・パンチ”!!』
弾を切らし、ヒートナイフを手にして応戦しようとしたブラックスワットに一瞬で肉薄したGカイザーのスピードは、先の比ではない。一瞬で懐まで潜り込むと、その拳を輝かせブラックスワットの土手っ腹に叩き込む。
コテコテの必殺技名ではあるが威力は確実に”本物”だ。打ち倒されたブラックスワットというヒーローが痙攣し動かなくなるまでさほど時間はかからず、さすれば残るはスナッチアイ――― 有屋 総司だけだ。
紅き戦士の風貌の、なんと威圧的なことか。
「……ッ」
『よう、新人。先輩はもういないぜ、逃げても誰も責めやしない』
「こいつが、バケツヘルム卿の逃したっていう…!」
“Gカイザー”。
街に広がった汚名はまだ消えることなく、今もっともこの街を騒がせている存在と言っていいだろう。サイレンの音が近づいてくるこの場があることが、なおも街を騒がせ白熱させ、そして時を生きる名前となる。
彼がゆっくりと振り向けば、有屋を射抜くのはその緑のバイザーだ。それで隠れているはずなのに、鬼気迫るとはこのことか、口先は余裕のあるようで不動 恒正という男の発するこの、凄まじい気迫が彼を貫き通すようであった。
正直なところ――― ”怖い”と、そう感じた。
「……ッ」
『やめとけ、命を無駄にするな。
お前が立ちふさがるなら…』
ちらりと、倒れたブラックスワットを目にして。
『ああしなけりゃいかん、背中の憂いは断ちたいんでな』
「ッ、くそっ、クソッ……でも、でも…!」
「オレはヒーローだ!ヒーローやるって決めたんだッ!
お前に勝てないだろうことはわかってっけどッ!
でもッ!ここで逃げたら……ヒーロー名乗れるかよッ!」
『……立派な心構えだ、君に敬意を表する。
だが、こうは先輩に教わらなかったのか?』
そうして、ゆらり、と。
マフラーをゆらめかせ、一歩、一歩と近づいてくるだろう。
その赤色は、今まるで、血の色にすら見えて。
『……逃げるは恥だが、役に立つ、ってな』
「大恥、赤っ恥、クソッ恥…ッ!
だったら、なんだってんだッ!」
『後悔するぞ』
瞬間――― Gカイザーが、一瞬で懐に飛び込んでくる。有屋の首元をつかみ、そのまま持ち上げるだろう。人間の比ではないパワーに喉が締まり、必死にもがいても解けることはない、そしてなにより視界をいくら塞いだところで、組み付いた手は離されることはない。
絶体絶命という単語があるなら、これはそのとおりであるな、と。
脳裏にちらつくもしかし、笑いを浮かべる程度余裕すらもう、ない。
『殺しはしない、だが眠っていてもらう。
君みたいな有望なヒーローだからな』
「慈悲でもかける…つもりかよ…ッ!
お前なんて…他のヒーローがくれば…」
『……あいにくこっちも、時間がなくなってきたよ』
さすればGカイザーの首を締める手が強まる。
死なない程度に締められることのこれほど苦しいことかと。
脳裏に――― ”恐怖”が過ぎる程度には、彼をこわばらせる。
勇気の代償にもたらされたものがこれなら、あまりにも重いと。
誰も助けに来ないなら…ヒーローはここで終わりだ。きっとこのまま負けたのなら、死せずとも有屋という男はヒーローをするたび、脳裏にこの紅の戦士の顔がちらつくことになるだろう。勇気を出すたび勝てない相手がいたことを、心に刻まれるのだろう。
死にはしない、バネにだってできるかもしれない。だが心に刻まれた烙印はそのまま残り、きっと彼の成長を阻害する枷となる。Gカイザーという存在に負けたことが、彼の心に永久に刻まれるだろう。
……希望が必要なのだ。
こうなりたいと、こうありたいと、こうであれると。
ヒーローが自らを律し自分を戦地に持っていき、魂を燃やすためにはそれが。
だから、彼にとっても希望が必要だ。
バケツヘルム卿はそれを断ったが、でも、それならどうすればいいのか。
有屋少年の戦いはここで終わりなのか?
……否。
足音が、する。
『……運がいいな、少年』
「ッ、ごほっ、ごほッ!!おッ!!」
手が離されれば、咳込み、むせる。有屋少年が解放されればそこに、近寄る足跡がある。ビルを一階一階と、上がってくる音がする。そしてそれはどこか――― 有屋少年には、聞き覚えのある音だった。
「―――まさか」
『ああ、俺も聞き覚えがある。
……あいつが相手なら逃げるのもアリだが…
だが、そうするのは…なんだか俺も”イヤ”だ』
重い、険しい、そんな足音だ。
まるで鋼が歩いているような、そんな足音。
それがちいさな地響きとともに、駆け上がってくる。
そうしてそれが間近に迫れば見えるのは、大きな大きな巨体だ。実際のサイズがどうであろうとも、今、有屋少年にはたまらなく大きく見えた。グレーじみた青の鎧、輝くスポンサーマークに”バケツ頭”、ああ、ついこないだ出会ったばかりだが、見知った顔であった。
多くに”バケツ頭の聖騎士”と呼ばれる、彼が。
『……早い”リベンジマッチ”ともあればな』
『――――緊急通報、受けた!バケツヘルム卿、ここに推参した!』
「卿、きょうッ……!ごほッ!」
「有屋少年!!」
都合のよい展開は特撮だけで十分だ、と言う者がいる。そんな都合のいいことはなかなか起こらないからこそ、現実のヒーローの間ではもっと辛いことばかりだからこそ都合のいい特撮がこの島で愛されているのだ、とも。
だがいま、有屋にとってそんなことはどうでもいいくらいだった。都合のいい展開が現実に形となって現れてくれるのなら、それほど嬉しいこともない。現実が”いいもの”へと変貌してくれるのなら、それほど楽なこともない、自分の身に降りかかる不幸が消え去ってくれるならそんなに素晴らしいことなんてないのだと。
紅き戦士の手から降ろされた有屋の脳裏に、響いた。
『無事か!今助ける! ……そして、お前は……あなたは!』
「ごほッ……卿、こいつ前より強く…!」
『……それが”素”なのか?それとも演技か…
どっちでもいい、よお、また逢ったな、モータースぶりか。
自己紹介をする手間が省けて嬉しいぜ』
『………不動さん…!』
『まだ、さん付けで呼んでくれることが嬉しいよ』
手をぱん、ぱんと払い、Gカイザーはバケツヘルム卿と対面する。
片やバケツ頭の聖騎士は、その両手に戦鎚をどっしりと構えた。
身の丈ほどの長さで、先端部に至っては彼の頭より大きい戦鎚は大振りなれど、それゆえに当たれば一撃必殺の武器として知られるものである。当たらないと言われるなら、当たるまで振ってくれよう、そんな心意気すら伝わるほどに、とことんと威力だけを突き詰めた武器だ。
先の戦いではGカイザーの蹴りを打ち破った。だが――― ”進化”した彼ならば、今はどうか。それはきっと、戦ってみなければわかるまい。
『……仮にも、敬意を評していた方でしたから。
でも今は、倒すべき敵として私の前に立っている』
『嬉しいな、“特撮”のGカイザーを見てくれてたのか?』
『……好きな話は32話、『紅く燃え上がれ』。
好きなシーンはその話でピンチをチャンスに変えながらの着装…
怪人に変身アイテムを壊されながらも命を糧に変身した瞬間です』
『……懐かしいな、昔、同じところが好きだって言ってくれた奴がいたよ』
『……』
不動 恒正と逆屋 健作。
お互いに顔を、まだ知らない。
『…もし、この世界にヒーローという者がいるなら』
『……?』
『それはきっと―――』
『――――”力がなくても、明日を変えようとできる者”』
バケツ頭の聖騎士が言う前に、Gカイザーがそれを答える。まるで示し合わせたかのように、符号を一致させれば…Gカイザー、不動はははっ、と、そのバイザーに隠された目をつむり、マスクの下で笑ったことだろう。
バケツ頭の下の顔はというと、俯き、まだ見えない。
『……くくっ』
『不動さん』
『驚いた、あのときの少年か』
「……ふたりとも、知り合い、なのかよ…!?」
『何年前だったか忘れたが、撮影のあとに会いに来てくれた…
そんな少年がいたな、それでそいつを聞いてきたんだ。
ヒーローって何か、ヒーローは誰かって話をな……なるほどな』
『それがわかっていながら、なぜあなたはこんな!』
『因果なもんだ……あのとき俺が”アドバイス”をした少年が、
今本物のヒーローになって俺の前に立ちふさがったんだ。
俺を止めるために、俺の教えたことを一本芯にして歩んできて…
人生、何があるかってのは本当にわからないもんだな』
『不動さん!!』
『だがまだ、お前は未熟だってことさ』
相対し、言うGカイザーに、バケツヘルムは目を合わせる。
何だと、と返せば、そこにGカイザーは言葉を続けた。
『お前はモータースの看板を背負っていたよな、
ヒーローでありながらあの会社の看板をお前は背負った』
『……それとなんの関係だ』
『俺がモータースのリチャード・ウォンを意味なく狙うと思うか?』
『リチャード社長を……恨みや、辛みではなく、か…?』
『恨み、辛み、か。なくはないだろうな、だがそれがすべてじゃない。
俺が潰したいのはあの会社のすべてだ、あいつが持つ全部だ。
そしてそれには、そこに至るまでの理由があるってことさ』
『…あそこはただの一企業で、善良な会社のはずだ、
一体何があった?不動さん、あなたにあそことなんの関係が?
リチャード社長を狙う理由が、どこにあるんだ…!?』
『わからないなら、わからないまま立ちふさがればいい。
物事にはいつだって本質がある、それを知らないままヒーローをするなら…
お前はどこまで行っても未熟で、登り詰めることはできないだろうさ、
結局”営利ヒーロー”のまま、そうして人気者止まりで終わるだろうよ』
『――――ッ、なんの…』
“営利ヒーロー”。
バケツヘルム卿についた、蔑称のひとつだ。スポンサーの看板を背負い、宣伝活動なども行い収益を得て活動するフリー・ヒーローとしての姿が一部の者には”儲け”を追求する者のように見えることからついた呼称。彼を知る者なら一度は耳にしたことだろう。
そして、あえて蔑称を使われたことで、彼は少し、苛立った。
挑発だとはわかっていても、でも逆に明確な挑発だとわかったから尚更。
『……お前がモータースの看板を背負っているなら、言うわけにもいかないからな』
『……じゃあ、我々は』
『ああ、今は敵同士でしかないさ、ヒーロー。
……だが前に戦って、今聞いてわかったよ、あのときの少年が、
あんなに強くなったんだなって…少し嬉しかった』
『そうですね、研鑽してきました。
ヒーローを始めて四年、その前から…
センチネルを作り、動かし、名前を知らしめて活動して、
そうしてここに来るまで長い年月がかかりました』
『俺とは戦い方が根本的に違うみたいだが、わかるよ。
そいつ、随分と何回も振り回してきたんだろう』
『ええ』
手に握るハンマーへと目を向けられれば、返すだろう。
これもまた、ヒーローをして随分と長いこと共にいたと。
そしてこれは、今から貴方を倒すものなのだと。
「……ごほッ、ぜえっ…」
ようやく息が整ってきた有屋は、ふたりの間に挟まることができない。
ヒーローとヴィラン、そのふたりの関係を聞いて、口を出せなかった。
……サイレンが、近づいてくる。
『……もう時間がないか、少し話していてもよかったが』
『ええ、こちらも”次”をあなたに用意しませんよ』
『次に会うときはモータース、リチャードを殺したあとだろうな』
『そこまでたどり着けるとでも?』
『できるさ、今なら……これからなら、きっと行ける。
俺とGカイザーなら…”今”のGカイザーならきっと』
そうして拳を握り、ゆるめ、Gカイザー……不動は、指をみっつ、立てた。
それが何を示すか、言われるまでバケツ頭の聖騎士にはわからなかった。
『30秒』
『……』
『30秒でカタをつけさせてもらう』
『一度逃げた者のセリフとは思えませんね』
『逃げたから今がある、そして今があるからお前を超えられたんだ。
そいつにも言った、逃げるは恥だが役に立つもんなのさ』
『……なら』
話すはもう、無用か、と。
バケツ頭の聖騎士がハンマーを構え、対すればGカイザーは拳を握り、姿勢低く、構える。先程まであった少しばかりの穏やかさが嘘のようで、傍でみていた有屋にもふたりの間にピリ付いた空気と電撃が走っているかのような錯覚が見えるほどであった。
近づいてくるサイレン音が近い。およそ一、二分もしない間にたどり着くことだろう。逆に言えばそれは他者が介入しないタイムリミットであり、その間だけは静寂のごとき空気がふたりの間を貫くのだ。先に動くのはどちらかと、有屋はその動きを固唾を飲んで見守った。
――――1秒、2秒―――――3秒。
『……駆けろGカイザーッ!』
『ぶちのめせ、センチネル!!』
両者が動作に移るまでのラグは一秒もなく、叫び、脚を踏み込んだ瞬間からまた、一秒も経過しないうちに両者が交錯する。最初にぶつかったのはバケツ頭の聖騎士のハンマーであり、Gカイザーはそれを最小限の動作でかすらせる程度に留めると、バケツヘルム卿へと殴りかかった。
『伊達じゃない!!』
『やるなッ!!』
だがそれをまたも最小限の動作で弾くのはセンチネル――― バケツヘルム卿の装甲だ、拳の打撃を受け流すとGカイザーのいた場所めがけてハンマーを振り、そしてそれを彼は跳躍、バケツヘルム卿の肩を踏み台に背へと飛び移ると蹴りつける――― が、それもまたバケツヘルム卿のハンマーの柄に弾かれる。
打撃、回避、打撃、防御、打撃――――。
この戦いに華を求めるとしたらなにひとつ感じられることあるまい、無骨で過激な殴り合いで、お互いにそれをどこまで最小限にできるかのぶつかりあいである。さすればお互いにダメージはないようにも見えた、が。
『―――――前より、ずっと!!』
『言ったろ』
Gカイザーの拳が、バケツ頭の横合いからぶつかる。
『“進化”したッ!!』
一瞬脳震盪でも起きそうなほどの衝撃が顔に震え、しかし倒れない。気合と根性で二手の打撃は防ぎきり、そして戦鎚を振るえばそれはまたも回避される。
……ここまで十五秒、このふたりの戦い方は、本当に”対極”である。
バケツ頭の聖騎士の戦い方は、いうなれば”受け”だ。重厚な装甲とパワーをもって迫ってくる相手の攻撃を受け止め、そのカウンターとしてより大きな攻撃を与えることで殴り勝ちにもっていく、そしてテクニックはそのために磨かれている。最小限の動作でGカイザーの打撃を装甲の表面にかすらせ、曲面の装甲はそれに応えてくれる上、雨の”ぬめり”が有利に働いていた。
守り続けの戦いこそが、彼の戦い方だ。向かってくる相手にこそ強く、受けて、殴る。
対しGカイザーの戦い方は、”攻め”に振り切ったものと見ていい。バケツ頭の聖騎士のような装甲もパワーもないが、かわりに軽量で高機動なボディとそれに見合わぬ”点”の打撃力を持つ。相手の懐に飛び込み打撃を見舞い、相手の攻撃をギリギリのところで躱し更に打つ、のめす、叩きのめす。当たったら痛いだけに当たらない戦い方を徹底している。そして、不動 恒正の技術はそれを見事に使いこなしている。
だが、形勢は――――
『――――ッ!!』
『ああ――― まだ、まだだ!!』
バケツ頭の聖騎士に、不利だったと見ていい。
彼の最大の特徴は、打撃に対する防御力とそれに対抗するカウンターでの戦い方である。
対しGカイザーは、彼にダメージを与えることのできる拳を持っていた。つまり――― 鈍重なバケツ頭の聖騎士が、回避を強要されている、回避しながらの戦い方をさせられていた。不利なグラウンドでの戦いに押し込まれていたのだ。本来の力を発揮するのに、Gカイザーの打撃力はあまりに高すぎた。
胸を強く叩かれれば、装甲の内側にわずかながら衝撃。一番厚い胸部装甲板ですら、これだ。
『いい戦い方だ、いい力だ!年季が入っているッ!
だがな――― 俺も”格闘技”はやってきた!
そしてGカイザーは……』
『ッ―――! でぇぁいっ!!』
『……俺の力を最大限!引き出してくれるんだッ!!』
『うあがぁッ!!』
続く打撃を受け流し、それもすべては捌けまい。ひとつを流しカウンターに転じれば、それより疾く、回し蹴りがバケツ頭の聖騎士の胸を打ち貫いた――― 彼の重い図体が、数メートルは地面を擦って後退する。
『……ッ、どうして、こんな、強く…!?』
『残り五秒――― 宣言通りだったな、バケツヘルム。
いい相手だったが、まだまだ、君は高みが足りなかった』
『そんなこと、言われなくても!』
『なら、これで今日は終わりにしようぜ』
傍で見ていた有屋には、もはやこの戦いは次元の違うものにすら見えた。それは彼が、戦闘に関する異能を持たないからこそであったかもしれないが、それにしてもこの、あまりにも無骨な殴り合いはまるで華形すらなく、しかしあまりにも美しく、彼の目に映っていた。
……どこに自分の挟まる余地があろうか。
想い、思う。これが、ヒーローかと。だが瞬間Gカイザーが駆けた瞬間、彼にもわかってしまった、この戦いはもう、終わるのだと……その結末と、行く末も彼には簡単に想像できた。
『―――――”カイザー・パンチ”!!』
飾りっ気のない名前が叫ばれた瞬間には、バケツ頭の聖騎士は姿勢を整えきっていなかった。直撃コース、Gカイザーの握りしめた拳が紅く輝き、荷電させたエネルギーフィールドがそれを包む。それをひとことで言い表すなら…”必殺技”。
こんなものまでできるなんて、本当にどっちがヒーローかわからないじゃないかと。
そう脳裏に過ぎった瞬間にGカイザーは拳を振る体勢、片やバケツ頭の聖騎士は、その土手っ腹に受ける拳を避けられない状態。有屋は……スナッチアイは、その情景の先に、ついさっき見たものを思い出す。
先輩ヒーローのブラックスワットが、あっというまに叩きのめされた瞬間を。土手っ腹から打ち込まれた衝撃が目に見えるさまは、それを――― もう見たくない、と思うに十分なものだった。それは――― ”ヒーローが負けるさま”を。
でもそれは。
「卿ッ!!」
『ッ、こいつ、目を!!』
嫌だ。
Gカイザーのパンチが当たる瞬間、有屋は”異能”を発動していた。それは目の前の、敬意を抱いたヒーローひとりが打ち倒される瞬間を見たくないという気持ちであり、その拳が自分に来るかもしれないとしてもどうしても、ただ見ているわけにもいかなかったのだと。
瞬間、Gカイザーの視界がブラックアウトし、それは自信が打ち込む拳の軌道を見えなくしたことを意味した。自分の攻撃が一瞬見えなくなった、さすればそこにはわずかな”ブレ”が生まれたことだろう。
さすれば――― バケツヘルム卿の土手っ腹に拳が食い込む、だが……”浅い”。痛い、衝撃が貫き通る感覚がする、熱い……幾重にも感覚が通り過ぎる。だがそれでも、そこに生まれたわずかな”ブレ”は、彼に”最後の一打”を生ませるに十分な時間を稼いだだろうか。
『―――――』
『こいつッ……』
『―――――――”ハンマー・ダウン”!!』
腹の底から叫び、力を込め、土手っ腹に通じる痛みをアドレナリンで吹き飛ばしながら両腕に力を込める。ハンマーを迫るGカイザーに合わせて振れば、初速こそ削れどその重量の塊が彼の脇腹へと叩き込まれたことだろう。
瞬間、食い込んだハンマーも軌道を変える。一矢報いたというように、互いの衝撃が互いを突き放した。
『ぐうッ!』
『がぁッ!!』
バケツ頭の聖騎士とGカイザー、見た目には互いにヒーロー、そんなふたりの喉の底から悲痛な叫び声が出て互いがその場に弾ける。バケツ頭の聖騎士は数メートル後退させられ膝をつき、Gカイザーは宙空を大きく跳ね飛ばされると――― 空中で一回転し、着地。
だがそれでも、膝をひとつ、濡れたコンクリートの地面についた。
互いに息があがっており、そのダメージ、戦闘継続不能とみるには十分すぎるものだったろうか。少なくとも互いに動きを継続する気配が見えなかったことは、この戦いの終わりを告げるに十分だったと言えるだろう。
……最初に口を開いたのは、Gカイザー……不動だった。
『……俺の能力を最大限に引き出したなら、
俺の方がまだまだって事になるか、くそっ。
……だいぶ痛かったぜ、バケツヘルム』
『こっちも……ごほッ、結構効きました。
確か空手黒帯にマーシャルアーツ、それと…』
『CQCを少しだ、よく覚えてくれてるな…
サイトのプロフィール、随分読み込んでくれてたらしい』
『あなたの、ファンだったんですから……
今、こうなってなければサインもらってました。
それで、家に飾って…喜んで』
『……そいつは、嬉しいな』
そうして互いに膝をつき、動かない。
サイレンの音が迫り、がやついた声も聞こえてくる。
……雨音が強くなって、それをかき消した。
『……そのぶんじゃあ、もう俺を追えないだろうな、バケツヘルム』
『でも、あなたも逃げられない、そうでしょう?』
『どうかな……だが、前言撤回するぜ、
君は未熟だが……高みに行けるよ、ずっとな』
『それは、どうも』
『だが――――』
金属音がする。
それはわずかな、地面を踏む音。
見ればGカイザーが、既に立ち上がっていた。
『……まさか』
『俺の”異能”を言ってなかったな、俺もこの島の生まれだ。
あいにくと異能を持ってるんだよ、ひとつな……』
『Gカイザーを使っている時には、使っていなかったと?』
『少ししかな』
そうして、Gカイザーは自らの脇腹を軽く叩く。
先に打たれた場所だ、青痣が広がり、叩けば痛いことだろう。
だが彼に、そんな様子はない。
『―――”超回復”』
『なんて…!?』
『それが俺の異能だ、傷も疲れもあっというまになくなっちまう。
アクター兼業俳優時代、結構激務してた噂あっただろ?
こいつのおかげだ、こいつは……今も俺を助けてくれるらしい』
『ま、待て……待ってくれ!』
そうして雨粒が滴る中、Gカイザーはバケツヘルムに背を向けるだろう。
こんなときであっても、バケツヘルム卿はそのスーツとしてのさまを美しく思えてしまう。エンジニアとしての側面も持つ逆屋 健作としての心なのか、あまりに洗練され、そして進化すら遂げたそれはスーツとしての完成品だ。
唯一心残りなのは、それが敵として相まみえたこと。
もしあのとき、彼が敵じゃなかったらどうなっていたのだろう。
ショーを終えて、互いに握手していた未来もあったのだろうか。
鉄柵に脚をかけ、迫るサイレン音を背にする彼に、そんな台詞は吐けない。
『人生ってのは何が起こるかわからないもんだな、バケツ頭のヒーロー。
突然すべてを与えられたと思ったら、突然すべてを失うこともある。
だが……そこで歩みを止めたら敗北者のままなんだ、そんなのな、俺は嫌だ』
『……不動さん!』
『また会うことになるだろう、その時にもっと強くなってれば俺に勝てるかもな。
もっとも――― そのとき、俺はもっともっと、強くなってくるぞ。
今度は30秒なんて言わん、10秒もいらんほどになって、必ず目的を達成する』
瞬間、ビルの屋上から宙空へ、Gカイザーが駆け出す。
『強くなれよバケツヘルム、期待してやるぜ。
万一俺を倒すヤツが現れるんだったらきっと、お前だってな。
そうならなかったら……そのときは、俺の大勝ちだ』
飛び出したその姿が見えなくなるまでの一瞬に、目が合った。
『――――じゃあな』
『ッ……!』
“また”取り逃がした。
“また”言葉をいくつも濁して。
あなたは何を伝えたいんだと、地面を殴った。
……サイレン音がたどり着いた、そしてビルを包囲していたその音は不動 恒正がGカイザーとして此処を去ったあと、すぐにどこかへと消えていった。いくつもの喧騒が去っていくまでにどれだけ時間がかかったろう、結構、思えば経っていたかもしれない。
ビルの屋上で雨が降り続いて、もう、有屋とバケツヘルムは濡れ鼠となっていた。それはまるで、彼らの胸中を表しているかもようにも見えた。そうして最初に口を開いたのは、有屋だった。
『……卿』
『……』
『やっぱオレ、あなたについてきたくなりました。
オレ、弱いッス、何もできなかったッス。
でも、それでも……それだからこそ、強くなりたくて』
『……ああ』
『あれからちょっと調べてきたんス、卿、異能も戦闘向きじゃなくて…
だからアーマースーツを使ったヒーローとして活動してるって。
でも、だからって自分もそれを使いたいワケじゃなくって…
……心構え、なんです、それでも前を向いてヒーローができて、
自分一人でなんでもやってる卿が、調べるほど眩しく思えて』
『なんでも、じゃないさ』
俯いたまま、バケツ頭の聖騎士が言う。
『私だって失敗することばかりさ、相手を追うのは苦手だから…
相手を取り逃がすことだってしょっちゅうだ。
そのたび他のヒーロー達に尻拭いをさせていて情けない』
『……』
『有屋君、今日ようやくわかったよ、私はひとりじゃ、何もできない、まだ…何も』
『……それでもいいんス、それでも眩しいんス、
オレだって何もできないんス、先輩が負けた時何もできなくて、
卿が来なければあのままあの赤いヤツに絞め落とされてた』
『私も、君が最後にああしてくれなければ完全敗北だった。
君のおかげで最後に一矢報えた……ありがとう、助かった』
『だから、卿』
有屋の顔が、雨濡れの中、バケツ頭の聖騎士を向く。
その表情に流れていたのが涙だったのか、雨のせいでわからなかった。
『オレ、強くなります!卿だってまだまだ強くなれますッ!
だから――― ”お手伝い”させてくださいッ!
オレの先を行ってくださいッ!!そしたら……オレ、ついてきます!
卿が強くなる道を作らせてくださいッ!そしたら、オレ……』
『有屋君…』
『その後ろ、ずっとついていきますッ!
戦って、努力して!そうやって進んできます!
だから――― オレをやっぱり、弟子にしてくださいッ!!』
『……』
雨粒は冷たい。有屋の身体を流れるそれは夏空が近いこの季節にあってなお、冷たく。
そしてなによりどこか、必要以上に今日の雨は冷たいのだと、そう感じた。
バケツ頭の聖騎士はそのヘルムの内側にあって、雨音が今日はやけに強いなと思い。
……そう想いながら、ヘルムを脱いだ。雨粒が顔に叩きつけられる。
『有屋君』
『はいッ!!』
『私――― 僕、わかったんだ。僕はまだまだ、強くなりたいって』
『はいッ!!!』
『今までずっとひとりでやってきてた、ずっと動いてきて…
それで思ったんだ、”少しはデキるようになった”って…
でも、そんなの間違いだった。上には上がまだまだいる』
『……はいッ!』
『だからさ』
ヘルムを脱いだ健作が、目元を拭う。
だがいくら拭っても拭っても、雨粒が垂れてきた。
視界がどこまでも、滲んでいく。
『……僕、強くなりたいんだ、もっともっと、人を護って敵を倒せるように!
バケツヘルム卿ってヒーローが誰にも負けないくらいに強くなって…
”私が来たから安心してくれ”って言えるようなヒーローになりたい!!』
『……オレも、ですッ!!』
『でも、きっと一人じゃもう限界だ、一人で考え続けて、ここまで来て…
それでこうなった…もっと強くなりたいけど、どうすればいいかわからない。
このまま頭打ちになるようなら、きっと次に不動さんには勝てない!!』
『はいッ……!!卿…!』
『僕は……バケツヘルム卿っていうヒーローは、ここで終わりたくない!
この街のヒーローを名乗っていくために、もっともっと強くなりたい!
心も、身体も、スーツも……まだまだ先へと進みたいッ!!』
そうして、健作が立ち上がる。バケツ頭の聖騎士ではなく、スーツを着ただけの人間としてそこにある彼は、どことなくおぼつかない足元を動かしながら、今なお地面に膝をついていた有屋のもとへと歩んだ。
……そうして、手を差し伸べる。
『……僕と一緒に戦ってくれ、有屋君…いや、スナッチアイ!
ひとりじゃダメでもふたりなら…ダメなら三人でも四人でも!
ヒーローを名乗るために、きっと見える何かを見つけるために!』
『……はいッ!!』
『うん……!!』
そうして手を取り、立ち上がる有屋。
その手を取って立ち上がれば、ああ、ふと眩しいものが見えた気がした。
……空に晴れ間が少しずつ広がり、雨が止み始めていた。
虹のかかった空は雲間に顔をのぞかせていて、どこか、お天道様が優しく見える。健作と有屋がお互いの顔を見た、ほれみろ、やっぱりお互い泣いていたんじゃないかとその頬の跡を見て、ふと笑いがこぼれてしまった。
そしてお互いが目を合わせる。そしてがっしりと、手を握った。
大きな大きな手が、頼り甲斐があると思った、でも弱さを知った。
まだ綺麗な手が、まだ先があると悟った、まだ強くなれると思った。
『……よろしく、有屋君』
『はいッ!健作さんッ!』
雲間の太陽がまぶしく、暖かく。それは道の先を照らしているようだった。
この無人のビル街にあってもそれは、どこか輝かしいように思えた。
……ヒーローは、何をもってヒーローと呼ばれるべきなのか。
それはまだまだ、真には彼らにはわからない。少なくとも、今ここでは。
だがきっと―――― わかる日が来るようになる。
紅き戦士をせめて超えられる日まで、今はそこに進もうと思った。




