一章九話:Gカイザー捕獲作戦02☆
宵闇の街に光が灯る。
ここは暗く誰の目もない廃市街、されど今この瞬間だけは輝きが駆け抜ける。
そしてその輝きにつられたように集まる、幾多の影もそこに。
「デルタはあいつの位置を追え、新人の氷使えるヤツは俺の後ろからカバー、
目を塞げるヤツはあいつが見え次第妨害、もう一人は本部との連絡係だ」
「……了解、400m先を警察に誘導されてこっちに来てる。
そう時間のないうちにこっちのキルゾーンに入り込むはずだ、スワット」
「ひ、ヒーロー名はエルジーニアスです……」
「その名前で呼んでほしかったら仕事をこなしな、ペーペー」
「こちらスナッチアイ……言われなくても」
ツクナミ・ヒーロー・チーム。”Gカイザー”捕獲部隊。
歴戦の”シューター”、ブラックスワットを筆頭に組まれたこのチームに今、バケツヘルム卿のところから戻ってきたスナッチアイ――― 有屋 総司もまた、参加していた。実戦経験を積ませることを目的に、相手の能力から判断して寄越されたものだ。
突然の作戦抜擢に興奮はしたが、しかしそれでも、単なる数合わせや教育目的での連れ出しであることは心で理解していた。でもやはり、自分がようやくヒーローらしい活動に立ち会えるということに有屋は心ときめいていただろう。
上に立ち敵と実際戦うのは大先輩であっても、そこに少しだけ手を貸せればいい。初心は第一歩から始まるのだ、と誰もいない、ここにある無数の無人ビルのひとつの屋上から警察のサイレンの聞こえる方向へと目を向けていた。
……少しだけ騒がしさが近づいてくれば、ブラックスワットがその手に大型のライフル……ざっくりと”50口径”といった程度の大きさのそれを構え、言った。
「……来た、ペーペー達は言われた通りに動け、
デルタは逐一俺と場所を共有しろ。あとは俺が撃つ」
「了解」
「了解!」
ライフル銃の銃口が鉄柵の上に身を乗り出し、ビルとビルの合間、かつては大通りとして存在していたんだろうその大きなメインロードの果てへと狙いを定める。黒光りする銃身に月夜の光を反射すれば、ブラックスワットはその引き金に指をかけた。
「……」
ハンドサインで口を塞げと彼が命令すれば、吐息だけが響くフィールドに場が変化する。さすれば―――― 果ての景色から見えるはひとつの”紅”。マフラーをなびかせ、バイザーを緑に輝かせるはひとりの戦士。
“指名手配犯”、不動 恒正が駆るはGカイザー。姿形だけをとるなら彼らよりもよっぽどヒーロー然としているものと言えようか。ただし今、その立場は明確に逆転しているものと言えたが。
そうしてメインロードを疾走かくやと駆けてくる紅の戦士へと向けられる無数の殺気は彼を囲み殺す勢いで、そしてまさに今、実際にその姿に向かい明確な殺傷の象徴が、切っ先を向けていた。
「デルタ」
「――――視界共有、行け」
「グッド」
デルタパランスが目を開けばその視界には、暗闇のどこであろうとはっきりとGカイザーの姿が見える。”位置特定”、そしてその視界情報を共有すること、それがデルタパランスというヒーローの持つ異能であった。
さて――――
このまま銃声が響けばGカイザー、不動の物語はここで終結だ。首元をがっしりと狙っているそれは一切の躊躇と容赦を見せない射線であり、そして銃弾は走り抜けるGカイザーがどれだけ早かろうと彼より疾い。
だからもしかしたら、あるいは――― が、それが起こらない限りはそれで終結なのだ。運命の女神が微笑むことなければ彼の物語は、ここで終了。
だからその瞬間偶然、”偶然”にも……曇り空から月が見え、彼らの頭上から彼らを見下ろしたのは、女神が彼らの行く末を嘲笑いに来たということとも見えてとれよう。さて、問題はそれは―――― 誰を笑いに来たか?
「―――」
ブラックスワットの指先に、力がこもる。
「……雷」
その瞬間、スナッチアイがつぶやいた。
心で――― 今日は雨じゃないはずなのに、と。
瞬間、銃声。とてもとても、重い音。
その一発は―――
「―――――!」
確実にGカイザーを射抜くはずだった、その瞬間まで彼はこちらに気づいていないはずだった。だからその後の未来はひとつしかないはずだった、ブラックスワットの輝かしい狙撃術、それでこの話は終わりだ。
…雷が間近に落ちて、雨粒と同時にその矛先を逸らさなければ。
「……!」
「落雷がこの瞬間にとか――― ッ、なんて悪運だッ」
「目標、陰に隠れた――― いや、違う」
放たれた銃弾はGカイザーの左腕の装甲を弾き割ったが致命打となるには至らず、そして落雷の瞬間にほんのわずか、そう、ほんのわずかだけ脚を止めそちらを見た彼を狙う凶弾の位置を精確に知らしめた。
背後には警察、自分を囲うように動いている。さすれば―――
「……ビルの中を突き破ってるぞスワット!
あいつ、俺らのとこに来るつもりだッ!」
「肉薄するつもりかよ、ヒーローもどきめ…
いい、外す予定はなかったが、プランBだ。
ここまで誘い込んでブチのめせばいい」
「く、来るんですか…?」
「念のため周辺ヒーローに緊急通報してお前はデルタと氷の奴と下がれ新人、
目の塞げる奴は俺とあのヒーローもどきを迎え撃つぞ。
怖いなら逃げてもいい、判断はお前が決めろ」
「オレなら言われなくてもッ!!」
意気や良し、どこからでも来ればいいと有屋が宣言すれば、ブラックスワットは獲物を大型拳銃に持ち替えビルの屋上の中央に立つ。そして有屋に後ろにいるよう言うと、さて――― 迫る破砕音と足音と、壁、床、天井、すべてなんでも蹴ってくる音。
それをただ、待った。
「新人、スナッチアイだったな」
「……そうですッ」
「相手は俺より強いわけじゃない、だがそれなりに手練だ。
お前の異能は目を奪うものだったな、俺が合図したら使え」
「……Gカイザー、でしたっけ」
「あのバケツ頭が仕留め損なわなけりゃ楽だったが…
仕事は仕事だ、来るぞ、構えろよ新人、実力を見せろ」
「……はいッ!」
そうして一秒、二秒、だんたんと音の距離は近づいてくる。
サイレンの音よりもずっとずっと、速い音だ。
だから有屋にもわかった、戦いは避けられない。確実にこの相手とぶつかって自分たちが実力のぶつけあいになることを、悟ったのだ。そして――― 同時に興味も湧いた、あのバリー・スティールを一方的に殴り倒したバケツヘルム卿が逃走を許した相手がどれほどなのかと。
……そしてもし、倒せたなら。
瞬間、向かいの壁を蹴って屋上に飛び込んでくる紅き戦士。
目が合った、バイザーごしにその強い目線に射抜かれた気がした。
同時、発砲音も聞こえ、それを弾く音も。
「……ご挨拶だな、ヒーロー」
「こっちじゃこれが流儀なんだよヒーローもどき。
しかし俺の”異能”はこういうとき不便だな。
”絶対外さない異能”だが、逆に言えば”どこでも当たったことになる”」
「避けるだけ無意味ってことか」
Gカイザーの手の甲に煙が立つ。まさか銃弾を弾いたのだろうか、まさか、偶然だろう。
ブラックスワットも、スナッチアイも、そうだろうと、そう思った。
Gカイザーが手を軽く振りぐっぱっ、と、そうして拳を構え直す。
「悪いがここを通らないといけないが、
お前達を素通りして行くのは無理らしいからな。
だから――― 押し通らせてもらうぞ」
「パワードスーツを得たくらいで調子に乗るなよヒーローもどき、
今の芸当がどれだけ続く?お前の末路はここで決まりだ…指名手配犯」
「好きに言え」
「スナッチアイ!」
「うっすッ!!」
Gカイザーが駆け、姿勢を低く飛び込もうとしてきた瞬間、合図がとぶ。
さすればスナッチアイが”異能”を発動、その視界を瞬間的に封じたろう。
だがそれは、それだけで十分すぎるともあった。
発砲音が立て続けに何度も、何度も彼に続く。
「ッ――――」
「――――だから言ったんだ、決まりだってな」
Gカイザーに降り注いだ弾丸は、数発といえどそのすべてに直撃弾がなかったことが彼の感覚が極めて鋭かったことを示すだろう。だがそれでもダメージはダメージ、そしてなにより彼の着用するスーツは”軽量”なタイプである。
銃弾を弾くだけでも相当肉体にダメージがかかり、それはGカイザー、不動の姿勢が崩れたことで確かと見えた。“絶対銃弾を外さない異能”があるのなら、それは相性が悪いというものだろう。
そのわずかな隙に弾倉を入れ替えてしまえば、ああ。
「あとお前を九回殺せる」
「ならば十回、生きて見せるさ」
「……ここでくたばるか、そいつを脱いでお縄につくか選びな」
「案外優しいんだな、もっと拷問とか得意に見えたぜ」
「慈悲だ、俺もヒーローをしている」
「へェ」
形勢はGカイザーにとって、大変に不利であると言えば間違い無いだろう。
全身に通ったダメージに、回避不能の攻撃の宣言。
されど――― 膝をつくことはない。
「断る」
「……死にたがりを撃つのは嫌なんだよ、
なんてったって”つまらねェ”からな」
「まさか」
そうしてGカイザー、不動は――― ブラックスワットと視線を合わせる。全身の装甲は亀裂が入り、その内側では出血を湛えていた。致命打でこそないものの、甚大な被害を受けているのは彼だったろう。
対するブラックスワットは、かけらもダメージというものと縁がない。
されど、されど――― Gカイザーは、いや、Gカイザーが…。
「確かに、こいつじゃまだお前には勝てないかもしれん」
―――紅く、輝きはじめる。
「だが俺のGカイザーは、ただのスーツじゃ終わらない。
終わってたまるか……俺は正義の味方を標榜するつもりはないが、
だがな、自分が間違ったことをしてるとも思っちゃいない」
「人殺しのご予定は?」
「一件な」
「言いやがる……だが何をするつもりか知らんが…」
引き金に力がこもり、それに不動はフフッ、と笑う。
狙いが頭にあわされば、今度こそ致命傷になるだろう。
だが……その輝きは、同時にそれを増し続けていた。
「子供の頃からヒーローに憧れていた、ヒーローになることもできた。
だがガラじゃなかったから、俳優とアクターをやることにした。
そこで出会った一番、俺の一番が”Gカイザー”ってキャラクターだった」
「何を…」
「知ってるか?」
「俺はヒーローってガラじゃないが、俺が着てるのはヒーローだ。
ヒーローってのはな、ピンチになると強くなるらしいぜ、
不思議な力が湧いてきて、それで何度も九死に一生を得るってな」
「――――お前、何を」
「このGカイザーはヒーローだ、俺が間違わない限りな。
だから応えてくれるらしい、俺にそうなれって言うらしい…
……正直嬉しいよ、認められたって気分になってる」
「ッ!!スナッチアイ!もう一度―――」
「ああ――――」
言い、その視界が消えるのが早かったか。
あるいは――― 輝きが骨頂を迎えるのが早かったか。
あるいは…同時だったら、きっと。
“強い方が、勝つ”。
「ようやっと目覚めの時かGカイザー。
俺と一緒にこれから戦う覚悟が決まったってことか。
わかるぜ―――― ああ」
「――――――”進化”しろッ!Gカイザー!!」
輝きが、その場所を包む―――。
――――――――――◇
「―――――”進化型オペレーティング・システム”?」
「はい、あれに我らが搭載したものの名前です…名前を」
ヒノデモータース社、社長室。
首をかしげながら、怪訝な顔をするリチャード・ウォン社長と対話するのはひとりの、ツナギを着たいかにも技術者といった男だ。彼はこのヒノデモータース開発部のスーツ開発部門の主任をしており、今、あるものについて話をするべくここへと召還されていた。
彼はホワイトボードに文字を書く。
「―――“G/OS”」
「して、それはどういうものなんだい?」
「ええ、これは我らの技術の粋を集めたもので…」
「副次的なシステムや搭載プログラムに応じて自己適応するセンチネルOSと違い……いえ、もはや別次元の上位互換でしょう。自己の状況に応じて自ら“進化”していくOS、それがG/OSです」
「つまりOSの機能を自ら補完していくと?」
「それだけで留まるのでも傑作でしょう。ですかG/OSの完璧なところは、スーツそのものを自己改造するという点に尽きます。自らの置かれた状況を顧みて自分が搭載されている機器を強化するのです、例えば―――」
またもホワイトボードに文字を書いていくだろう。
その末端に、”Gカイザー”の名前も記載されていた。
「ダメージを受ければ防御力を、拳が通らなければパワーを、出力が足らなければそれを……機能と能力を強化し続けます。そして機械学習、考案されたその機能は、我らの想像もつかなかった新機能を生み出すこともあるかもしれません。フレームと完全に一体化し、完璧な”個”のスーツとして完成したのがあの”Gカイザー”なのです」
「それはまたすごいものを作り出したものだ!我が社として誇りに思うよ…!
でもそれなら、検証を重ねて量産に持っていければ素晴らしいのではないかい?」
「それが……」
開発主任はううむ、と難しい顔をするだろう。
「OS自体はコピーが存在します。問題はあのOSを完全にフィットさせ、完全に機能するように造られた”本体”です。現状製作が極めて難しく、あの一機を除きロールアウトできたものが存在しなく……」
「……完全無欠の、”ワンオフ”ということか…」
「ええ、あれを超えるスーツはこのイバラの街のどこにもないことでしょう。
なにより恐ろしいのは、その機能を持って不動 恒正が隠れたということです」
「……ああ、合点がいった」
「………時間とともに進化していくスーツが、犯罪者の手に渡り…、
そしていずれ私を殺しに来る、ということになるわけかぁ……」
「……心中お察し致します、まさか盗難されるとは…」
「いや大丈夫だよ、企業経営者だ、危ない橋はいくつも渡ってきた。
とはいえ―――― ううむ、そうだねえ、進化するスーツ、か」
窓の外を見て、街に目を向ける。
海上ドームから見える夜の街は、今日も煌々と輝いていた。
「――――――参ったなあ、これは」




