第4話「ドレスをつくる」
はじめて連れてこられたときはあまりにも雑然としていたので思わず物置小屋と呼んでしまった
あのお部屋はテオル様が服を作るための工房でした。
今朝はテオル様と工房で2人きり。
結婚パーティーのファーストダンスで披露するドレスをつくるため、椅子に座る私にときおり鉛筆をかざしながら
テオル様は手のひらに収まる大きさの紙に鉛筆を走らせます。
「スカートの裾はやはりフィッシュテールでレースのフリルもつけよう」
テオル様はつぶやきながら紙に何枚もドレスの絵を描いては思案を重ねているご様子。
「スリーブはパフかフレアか⋯⋯」
服にはさほどこだわりのなかった私もテオル様の服つくりをながめているうちに
スカートや袖にも種類があって、なんとなくですが違いもわかるようになってきました。
朝食のときも、食べ終わった食器を片付けるメイドの服の袖についつい目が行ってしまいます。
“あの袖はランタン形状につくってますのね⋯⋯“
「ラーナ。今度はたち上がってくれ」
「はい」
「うん。やはりラーナの佇まいは美しい。採寸したときにも思ったが
身体の線が理想的な曲線を描いていてとてもスタイルがよく見える」
「⋯⋯」
「どうかしたのか? 顔がまた赤くなったぞ」
「い、いえ⋯⋯」
はずかしい⋯⋯
「よし、結婚パーティーとあって多少は派手な装飾を意識していたが
やはりラーナの曲線を活かしたシシンプルなデザインにしよう」
「? それってつまりどういう意味なのでしょうか⋯⋯」
「サファイアにダイヤ。大きな宝石ばかりが目立ったネックレスにイヤリング。そしてブレスレット。
こう言ったアクセサリーはいっさい使わない」
「テオル様⁉︎ そ、それでは妹や母に地味だと笑われないでしょうか?
貴族の女性は宝石をたくさん身につけてこそ美しいのだと2人はいつも言っていました」
「主役はあくまでラーナだ。俺はけっして招いた客人たちに身につけた派手なアクセサリーを見せつけたいのではない。
だからラーナを引き立てるようなデザインのドレスを意識したい」
そう言って紙の上を走っていたテオル様の鉛筆が踊りはじめました。
「コサージュをつけても大きさは小さく控えめに。腰に大きなリボンをつけて強調しようと思ったがこれはやめよう」
テオル様たのしそう。
「テオル様はいつから服づくりにご興味がおありに?」
「わからんが子供のころから自分に着せられる服もだが舞踏会などで目にする大人たちの服装が気に入らなかった」
『大人たちは自分たちがそのような格好で歩いててはずかしいと思わないのか?
どれもセンスを感じられないし、男なんかワンパターンで個性を感じられない。
女性の方は自分を美しく見せようとばかり意識している。太っているあの伯爵夫人なんてさきほどから
人に見せびらかすように歩いているが宝飾品を過剰に身につけていて非常に醜い』
「むしろ服は人を下品にすると嫌悪していたくらいだ。だがあるとき思ったんだ。自分でデザインしてつくった服ならば納得ができるのでは?と」
「それでいかがだったのですか?」
「もちろんその考えは間違いではなかった。自分でデザインしてつくった服を着てみてはじめて服の良さというものを理解した。
服には自分を変える力がある。そして周りも。あれだけ醜かった舞踏会の景色を目が楽しむようになった。
それから夢中になって父上のタキシードや母上のドレスを何着もつくった。気づいたら使用人の分まで」
「テオル様のつくったドレスならお母上様もさぞお喜びになられたことでしょう?」
「喜んでいたかもしれんが内心複雑だったと思う。父上には男爵家の長男が平民の真似をして衣服を作るなど愚か者だと頭を殴られた。
その先は知ってのとおり“うつけ”とあちこちに評判が広まった」
テオル様も家族からご自分のことを理解されず⋯⋯
「服づくりを領主として民に示しがつかないと蔑んだ父上に俺は“間違っている”と死ぬ間際の父上にはっきり言った」
「⁉︎ お父上様にそのようなことを?」
「ラーナには話しておく。このことはまだフレディしか知らない。俺は近いうちに自分のブランドを立ち上げて王都に自分の店を出す」
「テオル様のお店!」
「そうだ」
「今度は商人のような⋯⋯テオル様には驚かされっぱなしです」
「これも夢でな」
「領主様のお勤めはどうなされるのですか?」
「俺のつくる服の生地はすべてグランドール産だ。俺の服が売れればグランドールが潤う。民を富ますのは領主にとってもっとも大事な務めだ。
そのことがわからなかったから父上は貧乏男爵に甘んじた」
ときおり見せるテオル様のギラギラした目。
その目にフレディ様たちは惹きつけられるのですね。
「白をベースに淡いオレンジと青⋯⋯色合いも固まった。いよいよ生地の切り出しをはじめよう」
「はい」
「結婚パーティーが楽しみだな」
婚約が決まってからずっと嫌だったうつけ男爵様との結婚も今では胸の高鳴りが
収まらないくらい待ち遠しい。
「テオル様、テオル様の素敵なドレスを着た私をはやく大勢の方に見ていただきたいです」
これほど自然に顔をほころばせることができるようになったのもきっとーー
つづく
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