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逃亡

 アルデバランの元にポルクスが放った鳥が戻ってきたのは、サンドルについた後だった。

 サンドルの宿で、ポルクスからの返事である(ボタン)を見て、暗号の意味を理解したな、と、察知した。

 鳥に花の種をやると、鳥は窓から飛び立ったので、リゲルはアルデバランに、自身の前の席に座るように促す。

「ポルクスから?」

「はい。この釦が」


 リゲルは釦を受け取ると、ふっと笑って釦を懐にしまう。

「察したようですね。では、こちらも動きますか」


 外に出るとアルデバランは一羽の小鳥を見つけ、自身の手のひらに乗せて、いくらか囁いた後、小鳥を放った。

 

 リゲルとアルデバランは頭から布を被り、口元にも充てがう。この地域は大陸の南側に位置するからか、日差しが強いからだ。

 加えて、サンドルの南は砂漠のため、時折くる偏西風で砂埃が舞うこともあり、それがいつ訪れるのかはわからないので、砂埃を吸わないためにも、口元や頭に布を被るのだ。


 サンドルから南に行くと、砂漠の一箇所に白い雲があり、そこを目がけてリゲルとアルデバランは向かうことにする。


 それはあの店主の話もそうだが、サンドルでも、何故かあそこだけ20年ほど前から真っ白な雲なのだと言うからだ。


 アルデバランは自身が大型の鳥になると、リゲルへ背に乗るように促した。そしてリゲルが背に乗ると、アルデバラン白雲目がけて飛んでいく。


 白雲の側までくると、リゲルとアルデバランはゾッとした。

 一人の女性が鎖に繋がれ、檻の中にいれられていた。その周囲には雷の筋が天から刺さっている。


「むごい」

 リゲルはアルデバランの頭上でそう呟いた。


 アルデバランはその言葉に応えず、ただ黙って飛び続けた。

「少し、術を使います」

 アルデバランがそう言うと、アルデバランの周囲に球状の空間がうまれ、そこには雷が届かないよう工夫してくれた。


 檻に近づくと、アルデバランは鳥型から人の姿に戻ったが、球状の空間は消えていない。

 

 女性にとってはあり得ない事態なのか、顔をあげてしばらく固まったのだが、すぐに状況を理解したのか、数回だけ目をぱちくりとさせたあと、口元を綻ばせた。

「貴方達も星宿の子なのね」


 リゲルは鎖に繋がれている女性に敬意を示すように膝をつく。

「はい」


「地上から来た人を見たのは初めてだわ」

「いつもは?」

「食事を運んでくる人はいたけれど、いつも地下からよ。トイレも風呂も時間が決まっていて、まるで機械のような生活で、この国にぴったりな生活よ」


 女性は皮肉をこめてそう返答をすると、鎖の金属音を鳴らしながら、立っていた位置をずらし、檻の下から人が出入りをするという扉をリゲルとアルデバランに見せる。


 女性が一人出入りできるだけの正方形の切り込みが確かに、床にあった。ただ、そこには取手もなく、女性からの出入りは不可能となっているし形状で、女性の言った言葉の信憑性を物語っていた。


「私がサボるとね、すぐに人が飛んできて私を折檻するわ。そして、食事は抜かれ、下の世話もなくなる」

「助けるな、と?」

「誰も得をしない、という話よ」


 リゲルは眉間に皺を寄せ「そんなことはない」と言って、反射的に女性のつけている鎖に熱を当て始めた。アルデバランはリゲルの行動に焦ったが、リゲルの瑠璃色の瞳がきつくアルデバランを睨んだので、リゲルの代わりに力を使うことも、自分が彼の代わりをすることも諦めた。

 そのうちその金属を溶けだし、鎖は金属音を鳴らして檻の床に落ちた。


「なんで? 逃げられっこないわよ。やめて」

「こんな監禁など、胸糞悪いから吐き気がします。私は貴方が望んでこの生活をしているようには思えない。そして、私たちは貴方を助ける術を持っている」


 リゲルの言葉に女性は翠色の瞳から大粒の涙を落とした。

「私に選択肢などないと思っていた」


 リゲルは檻の鉄を溶かし、女性に手を差し伸べる。

「逃げましょう。私と共に」

 女性は首を縦に振る。


「助けて」

 女性は声と肩を震わせて、リゲルの手をとった。そして涙を両手で拭く。

「時間稼ぎをしときましょう」


 女性は怪しまれない程度に避雷針に雷を落とし、アルデバランは馬に化けてくれたので、女性とリゲルは彼に跨り、サンドルへと駆けていく。


 ある程度の距離が保てたところで、アルデバランは術を解いた。

 この頃には彼女も流石に雷を白雲のところにだけ落とすということはできなくなっていた。

 サンドルに戻るとリゲルは市場に向かい、男性ものの服を買いにいった。その間、サンドルの砂漠から雷が消えたらしいと、人々が話をしているのをリゲルは耳に挟み、急いだ方が良いなと足速に市場を後にし、宿屋へと向かう。


 リゲルが宿屋に戻ると、女性に男物の服を着せた。逃亡のためには、女性の象徴である髪を切る必要があるのだが、リゲルもアルデバランも躊躇っていたのだが、彼女自身で髪を短髪に切って現れた。


「リスクは少ない方がいいでしょう?」


 女性はリゲルの買ってきた服をきて、リゲルへ右手の人差し指を見せながら、ニコリと微笑む。

「私はスピカ。雷の力を持つ星宿の子」


 彼女の瞳は、翠色で潤ませながら、そう言った。


 ゴトン、と音がなり、リゲルもスピカも音の方へ視線を向けると、アルデバランが、荷物を落としたようだった。


「すみません」


 リゲルはアルデバランへ違和感を感じたが、状況から確認することなく、話を進める。

「リガリオです。急ごう。雷がないということが市場にまで広がっている」

 リゲルの身分をこの地でいうことはできないので、名前も力も何にも言わなかった。


 アルデバランは何にも言わず、ただ黙々と荷を纏める。先程の物音は手が滑ったのだろう。いつもの様子に、リゲルは安堵した。


 宿屋の会計を済ませると、アルデバランとスピカは足速にサンドルを離れた。

 三人一緒に出るわけにはいかないので、リゲルは馬を即金で納めて買って、馬で逃亡する。

 一方、アルデバランとスピカは人がいないことを確認し、アルデバランが大型の鳥に化けて、空から飛び立った。


 アルデバランはリゲルと離れて移動することを拒否したが、とは言え大人二人を乗せて飛行できるほどではないから、リゲルはアルデバランを説き伏せた。

 アルデバランとしては不服だが、主人の命令には背けないので、渋々許諾した。


 リゲルはサンドルから最も近い街で、サンドルで買った馬を売却し、また別の馬を即金で二頭買った。

 もし、サンドルから追手が来た場合、どちらの馬を乗ったのかわからなくするためだ。

 一頭は近くを歩いている商人にくれてやり、もう一頭は自分で乗ることにする。

 このようなことを繰り返すことで、追手を撹乱させる。


 リゲルは走りながら、都度都度馬を休ませ、そのタイミングで自分も眼鏡を外し、髪を崩して、服を着替えた。

 なるべく、身なりを変えた方が捕まりにくいと判断したためだ。


 麒麟国と龍王国の国境までなんとか来れればあとはなんとかなる。もしくは、アルデバランが戻ってくるのを待つか。


 自分の人生なんてものは皇族として生まれても、不遇なことが多かったが、まさか他国から人をさらって逃亡することになるとは、どこまでもお笑い種だ。


 そもそも、この国が攻め込んでくる、という証拠をまだ掴んだわけではない。

 だが、許せなかった。


 彼女は恐らく幼少の頃からずっとあの檻の中で暮らしていたのだろう。

 たしかに彼女のおかげでこの国は豊かになった。だが、それは彼女の犠牲の上に立つことだ。

 人間どころか動物以下の生活を強いた上での生活など、あってはならない。


 皇族として他国の人間をさらって、処罰を喰らう恐れだってある。安易だ。こちらが星宿の子であることを知らしめているようなものなのだから。

 だが、それでも、ここで見捨ててしまうような人間であれば、国を納めることなど到底できはしないと思ったのだ。


 リゲルは再び馬に跨り、国境近くまで走る。


 私の読みが正しければ、この国に、私たちの仲間が絶対にいるはずだ。その者に賭ける。


 ララの婚姻の尻尾を掴むはずがまさかこんなことになるとは。

 リゲルは、自分の短絡さにため息が溢れでた。


 アルデバランは龍王国と麒麟国の国境を上空からすりぬけ、山間の小さな家屋にステラを置くと、その足ですぐにリゲルの元へ向かう。


 アルデバランにとっては唯一無二の存在がリゲルであり、スピカを守るよりリゲルを優先させたいが、状況が許さなかった。


 文字通り一刻も早くリゲルの元に戻るべく、飛び立った。


 リゲルが麒麟国と龍王国の国境近くの街で、食事をしていると、以前とは打って変わって、光が少なくなっていた。


 スープを急いで駆け込み、会計の金を置くと、店を出て、馬に跨る。

 馬を毎度変えていると怪しまれるので、ここでは馬を変えることはしなかった。

 

 手綱を引き、山道を走っていると、後方から無数の蹄が土を蹴る音がひびき渡り、リゲルはついにきたか、と息を吐く。


 瑠璃色の瞳を少しだけ細めて眉間に皺を寄せ、馬の腹を蹴る。

 その時、異様な風切り音がリゲル耳に入ったので、少しだけ後方を振り向くと、無数の弓矢がリゲルめがけて飛んできていた。


 リゲルは1秒にも満たない瞬きほどの時間、躊躇ったが、その力を使うことにした。


 空中で弧を描く弓矢は確実にリゲルの命を狙っていたのだが、リゲルが弓矢へ手のひらをむけて炎を放った後は、その機能を失い、宙を浮遊する灰と化した。


 弓矢を放ったであろう兵たちは、騒ついたが、自分達が追っている者が、ただの人攫いではなく特別な力がある者と悟ったはずだ。


 リゲルはこれ以上追手が来ないように、自身と兵との間に炎を放ち、兵がこれ以上リゲルへ追いつけないように施した。

 

 頭上を見ると、やたらと大きな鳥が飛んでいたので、馬でかけて、鳥が浮遊する側までいくと、鳥の方も地上へ下降する。


「お待たせしました」

「すみません。お願いします」


 リゲルは自分が乗っていた馬の腹を叩くと、すぐさま鳥に化けたアルデバランの背中に騎乗する。

 アルデバランは再び空高く舞い上がる。


 リゲルは先ほど自分が叩いた馬が、炎で山火事が起きているところとは別方向にかけていく様子を見届け、少しほっとした。


「ありがとうございます」

「肝が冷えました」


 アルデバランはリゲルを諌めるべくそのように言ったが、あながち嘘でもない。

 実際、リゲルへ放たれた弓矢を見ていたアルデバランにとって、自分が応戦するつもりでいた。

 だが、リゲルから炎が放たれ、事なきをえたが、リゲルに風切り音が聞こえなければ、リゲルは風穴が空いていただろう。


 このような話をしているうちに、アルデバランとリゲルは無事に上空から龍王国へと帰還を果たした。

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