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釦と線路

 ポルクスが朝議のため中央宮の廊下を歩いていると、一羽の小鳥がポルクスの前に現れた。ポルクスは急いでいたのだが、その小鳥があまりにもポルクスの顔を見つめるので、カルトスの便りかもしれない、と思い、小鳥に近づく。


 小鳥はポルクスの肩にのると、囁くように歌うように囀った。

 だが、ポルクスはその囀りの他の意味を察知した。


(なるほど………)


 ポルクスはカルトスとの間で文通のように鳥や動物を媒介して、伝言をやりとりしている。


 会話のように聞くことが出来るのだが、今回この鳥は囀りのみだ。だが、果たして普通の鳥にこのようなことはできるのだろうか。

 

(アルデバランのチカラか)


 ポルクスは小鳥の囀りを聞いていると、古来使用していた音文字を思い出し、音文字を頭の中で今の言葉に訳すと、メッセージが読み取れた。


(音文字を知っているのはこの宮ではおそらく私一人。やはりアルデバランか)


 ポルクスは素早く左右に目を配り、誰もいないことを確認すると、官服についていた釦を引きちぎると、即座に裏地を引きちぎり、布の中に(ボタン)を入れて、布を包め、小鳥の脚に布を巻き付ける。


 小鳥はポルクスの側から飛んでいくと、ポルクスはわざと廊下を派手に転んだ。持っていた荷物を撒き散らかしたあと「いてて」と言ってわざと服の裾を押さえたままたちあがり、官服を破く。


「ああ、破れてしまった! 朝議に参加するのにこのような格好では!」


 ポルクスが嘆きにも似た台詞に、近くを通りかかった優しい先輩官吏が助け舟をだす。

 彼はポルクスのぶちまけた荷物を拾いながら「確か、替えの服を吏部が保管していると思う。行ってきなさい。今日の朝議は休みで良い」と言った。

「ええ」

 ポルクスが間抜けな返答をすると、彼は拾い集めたポルクスの荷物を本人へ手渡す。

「早く行きなさい」

「すみません。ありがとうございます」

 ポルクスはそういって、一礼した後、その場を離れる。


(釦と言えども取れたまま朝議に出ることよりも、だが、運悪く服を破いての欠席の方が、まだマシだ)


 ポルクスはまだ十三歳だ。だから、いくらか周囲も子供っぽいところを探してあたる節があり、変なやっかみを防ぐためにも、ポルクスは敢えて隙を作っていた。


 吏部に向かうと、なぜ破けたのかと問い詰められたが、文句を言いながらも新しい官服をあてがってくるたので、それに袖を通しながら他愛のない話をする。


「皆さん、春の異動対応で忙しいのにご面倒をおかけして、本当に申し訳ないです」

「任命式まではね。どこでもいくらかは不満が上がるから、今は不満処理が主だわ」


 吏部の官吏は忙しいと言いたげにそう返答した。


 ポルクスは新しい服を着終わり「私のいる礼部は教育を司るので、もし、能力的な問題であれば、こちらで官吏の教育も行うよう尚書に依頼しますよ」とニコリと笑った。


 文句を言っていた官吏は目を輝かせポルクスの手を握る。

「是非」


 どうやら、効果があったようだ。

 

 ポルクスは安心して、吏部を出るとその足で書庫へと迎う。書庫には毎年、各担当者の所属先が明記されている文書があるからだ。


 ポルクスは目当ての文書を探し当てると、麒麟国との国境付近を整備されている者の名前を覚える。


 その数は文官は約三十人に及ぶ。中央で十五人、残りは地方官吏で十五人だ

 武官は百五十人ほどだが、商人が麒麟国から仕入れた品を搾取していることを考えると、武官単独というよりは中央の十五人の官吏が怪しいと考える。


 麒麟国の物は流れてこない。

 しかし、書物は流れてくる。麒麟国の書物は大陸で共通の言語ではなく、麒麟国独自のそれも少数民族でしか使っていないような言語で書かれている。


 これは品物を持ってくる側はその価値にきづいているが、仕分けをする者はその価値に気づいていない、ということだ。


 まず、関所の管理は武官が行う。

 次に武官のうち高位についている者はある程度の教養があるだろうから、内容までは理解できぬとも書物としての価値くらいは理解出来るだろう。

 だが、麒麟国の技術が書かれた書物は堰き止められることなく、この中央の書庫まで辿り着いている。


 おそらく、身分の高い文官が身分の低い武官へ指示を出しているのだろう。


 通常、商人は外で買い付けた品物を売りさばく。品物はことごとく関所で取り上げられるのに、品物よりもはるかに高い書物を買いつけると、取り上げられた時の損失が高い。

 それ故に、そんなミスはしないだろう。


 だが、書庫を買い付けて、この書庫にもその本は保管されている。


(味方と敵がいるってことか)


 そんなことを考えながら、(ページ)を捲ると、ある人物の名前を見つけ、ポルクスの手が止まった。


☆彡☆彡☆彡


 北部に派遣されたカルトスは頭を悩ませていた。

 地下道に汽車を走らせようと思ったのだが、汽車の細かな構造を理解できないでいた。


 北部の都市カンランは北部で一番大きい都市なので、人が多い。北部は冬場は人の出入りが少ないので、春になるとカンランを訪れて商売をしたり、買付をしたりする。


(冬になるまでに汽車を通したいんだけどなあ)


 カンランの役所の自室の机に突っ伏していると、レグルスがやってきて、コツン、とカルトスの頭を軽く叩く。


 カルトスは顔を上げると、レグルスは呆れ顔で少女を諭す。

「早くお仕事してくれない?」


 カルトスはレグルスが持っている書類を受け取ると、息をつきながらパラパラめくってハンコを押していく。


 書類は苦情案件が大半であった。

「ねえ、レグルス、地下道に汽車を通したいんだけど、いい案ないかなあ」


 ハンコをおしおわると、書類をレグルスに返却し、引き出しから、麒麟国の言葉で書かれている言葉を汽車の本を見せる。


 レグルスは書類をカルトスの机の端に置くと、本を受け取り、数頁ほどめくる。


「これ、大陸語じゃないよね?」

「ん? そんなことより、ここの頁を教えてくれないかな? 牛を使って荷物を運べたらなって思うんだけど、車輪? と言うものの構造がわからないの」


(そんなこと? この書物に書かれている言葉は麒麟国の言葉でも300年以上前に衰退した言葉だ。それを、こともなげに言えるカルトス、やはり地頭がかなり高い)


 レグルスは長い髪の毛を耳にかけると、にこやかに微笑む。

「いいよ。私で役に立つならね」


 レグルスはカルトスの部屋に置いてある椅子に座ると、近くに置いてあった紙に車輪の構造を記していく。

 カルトスは前のめりになって、レグルスの話を食いいるように聞く。時折、質問しては、納得したように、首を縦に振って、相槌も打つ。


 レグルスは愛おしそうに彼女の反応を見ながら、説明を続ける。子を持つ親の気持ちというのはこのようなものなのか、と思いながら。


 レグルスがひと通り説明を終えると、カルトスは「ありがとう」と言って席を立つと、コートをつかむので、レグルスが呼び止める。


「どうしたの?」

「見に行ってくる」

「地下道まで?」

「うん」


 カルトスはコートの袖を通しながら、廊下を走る。外に出て、馬を一頭見つけて、手綱を掴み、またがろうとしたところで、だれかが、カルトスより先にその馬に乗った。

 レグルスだった。


「ついていく」

 カルトスがいまいち理解していないので、レグルスはカルトスの手を引いて自分の前にカルトスを乗せる。

「変な輩がいるかもしれないだろ?」

 カルトスは納得したように笑顔で、レグルスに振り返る。

「ありがとう」


 その振り返った笑顔があまりにも可愛かったので、レグルスはドキリとした。

 

 馬を走らせながら、レグルスは素朴な疑問をカルトスに尋ねる。

「自分が馬になった方が早くない?」

「……でも、まあ、だれが見ているかわからないから。この子には悪いけどね」

 カルトスはそう言って、走っている馬を撫でる。


 森の中や人目がないところならば、変化するが、役所は、あらゆるところに人がいる。だれにもバレずに変化するなど不可能だし、カンランという都市も人が多い。

 どこでだれが見ているかわからないから、そんなリスクを負うわけにはいかない。


 ポルクスとリゲルが作った地下道を見ると、ある程度整備されており、人が通れる程度にはなっていることを確認すると、乗ってきた馬をおりて、カルトスは「ここにいてね」と優しく話しかけると、馬がわかったのか、いなないた。


 地下道を歩くと所々に空気の入れ替えをするように地上へとつながる階段もあった。

 カルトスはコートを脱ぐと「待ってて」と言って、レグルスにコートを渡して、自信が牛の姿に変化した。


「え? 待ってるの?」

 レグルスは状況を理解できないでいたが、とりあえずカルトスのいうことを聞くことにした。


 牛は人間と異なり、足の設置面は小さい。そして人間のように機敏に反応できない。歩きやすさを確認する。

 

 この地面に線路と呼ばれるものを作る。車輪の間に作った溝に細い道を嵌め込ませる。ガタガタの地面を歩いて荷物を運ぶよりはよっぽど楽だろう。


 冬場の北部は荷物中央と断絶するのが問題だ。冬場に中央と北部の荷が簡単に行き来できるならば、この道は使い勝手がいいだろう。


 陸を歩くと、強盗の恐れもあるが地下道の出口に人を配置すれば、理論上だれもこないので、安全に荷が運べる。


 ましてや、この地下道の幅に合わせて、汽車の車体を計算すれば人が盗みを運べるほどの隙間は発生しないだろう。


 カルトスはひと通り確認すると、鳥の姿となって、元いた場所に戻ると、入口に木の根元で横になっているレグルスを見つけて、人の姿に戻る。


 レグルスはコートをカルトスにかける。

「なんか閃いた?」

「まあまあ、かな」


 カルトスはそう言って笑った。

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