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電灯と林檎

 麒麟国の中に入ると、リゲルが深くため息をついた。

 アルデバランは横目でリゲルのため息見ていたが、コメントしなかった。

 リゲルは露店が立ち並ぶ大通りを歩き、不思議な形をした硝子細工や、風がないのに釦一つ押せば風を生み出す機械などが並び、それらの商品を手に取っては興味を示している。


 だが、この溜息は龍王国を出立してから、1回/日はしている。

 すでに7日は経過しているので、本日で7回目となる。


(うれい)ごとはリアン様のことですか?」

 恐る恐るアルデバランが問う。リゲルは手に取っていた機器を元に戻す。

「母上を中央宮(あそこ)に預けるべきではなかった」

「他に選択肢はなかったですよね?」


 アルデバランの言葉にリゲルはほんの一瞬、固まった後、申し訳ないです、と言って詫びたあと、大人しく一言付け足した。

「いや、仰る通りです」


 リゲルが目を閉じて、店を去ろうとすると、目の端で不自然に光の残像を捉え、リゲルは違和感に思わず振り返る。


 風を切って振り返った先にはターバンを巻いた小太りの男性店主が、快活な笑顔を向けながら、先刻リゲルが戻した機器を握っていた。


「兄ちゃん、異国の人だろ?」


 その問いにリゲルはドキリ、とした。確かに異国から来た。まさか、バレたのではないか、と。リゲルは相手の表情を見ながら応える。

「え、はい」


 リゲルは数回瞬きをした後、店主の持っている光を発生する機器を凝視していた。


 店主は嬉しそうに、ニヤッと笑って「珍しいだろ、これ」としたり顔を見せる。


「ああ、電灯ですね」

 アルデバランが、リゲルの背後からひょこっと顔を出して、店主の問いに答えた。


 アルデバランの答えに店主は嫌そうな顔をする。

「なんだ、知ってたのかよ」


 店主は電灯とやらを何やら操作した。すると、灯りは消えてなくなり、店主は残念そうに、電灯をリゲルが置いた場所へと戻す。


 リゲルは店主が戻した機器を再び取り上げると、店主の顔面近くに持って行き「買おう」と言った。


 リゲルが金を出そうとすると、店主は首を横に振る。

「いやいや、そんなことよりも、あんたの持っている、それをくれないか?」

 店主はそう言って、リゲルの鞄を指差した。


 リゲルは自分の鞄に目を落とすと、鞄の隙間からピカピカの真っ赤な林檎がはみだしていた。


 リゲルは林檎を鞄から取り出して「これ、ですか?」と店主の前に差し出すと、店主は嬉しそうに首を上下に動かす。


「ありがとう。林檎は医者いらず、って言うからな」

 店主は嬉しそうに林檎を受け取って、自身の着物の懐にしまった。


(なんだ、この違和感……)


「ええ、そうもいいますね。林檎はこの国で珍しいのですか?」


 風のないところに風を生み出すというのに、価格はリゲルの持っている服よりもはるかに安い林檎一つである。


「珍しいね。この国は生の果実や野菜はほとんど手に入らない。みんな加工品だからな」


 なるほど、リゲルは店主の答えに納得した。

「工業国ですよね。だから、我らは買い付けに来たのです」

 アルデバランはサラッと不自然ではない程度に付け加え、リゲルの前に出てフォローをする。


 店主は首を縦に振る。

「ああ。農作物は全て他国から輸入している。だから生の果物や野菜はほとんど食べれないんだよ」

 店主はリゲルとアルデバランの身なりを品定めしながら、なるほどな、と納得したのか、話を続ける。

「まあ、この国では30を超える人間は1割にも満たない。みんなすぐおっ死んでしまう」


 店主は扇風機をリゲルに手渡すと、まあ、いいか、と言って、色々と話をしてくれた。


☆彡☆彡☆彡


 アルデバランとリゲルは首都エンワに空き家を月単位で借りることにした。

 広くはないが狭くもなく、快適である。


 賃貸主はこの家は時代遅れだと言って破格の安さで提供してくれたが、リゲルもアルデバランも龍王国の自宅と大差がないので、むしろ先端技術が多いエンワの家よりも落ち着いて暮らせるとすら思っていた。


 リゲルが台所にいると、アルデバランがそそくさと竈門に火を焚き、食事の準備から風呂の準備までしてくれた。


「王の星とは誠に星宿の子の力が使えるのですね」

 アルデバランが細々しく動く後ろ姿を見ながら、リゲルはそう言った。


「王の僕ですよ。何もすごいことなどありません」

「何を言っておいでですか」


 リゲルは視線を卓に落とし、麒麟国に来るまでの経緯を思い返した。


 リゲルは自分の従者は中央宮の武官から選ぼうとした。だが、リゲルが星宿の子であることを知っているのは、王帝シリウス、母リアン、カルトス、ポルクス、ロイヤルスターのアルデバランとレグルスだけである。


 他の者に知られてはいけない。


 この中で唯一、従者として最適なのがアルデバランだけであったからだ。

 

 ポルクスもカルトスも(レグルスも)官吏としての仕事がある。母を従者とするにはいざとなった時、リゲルを守れはしない。


 アルデバランのいないリゲルの家で母リアンを一人にしておくわけにはいかない。

 あの家は守りをする従者がいない。


 確かに陛下の武官から、数名を守りに置いている。だが、手練れがいたらリアンは命を落とすだろう。


 それについて陛下も同意らしく、提案としてリゲルが戻ってくるまで中王宮にリアンの住まいを移動させた。


「余がついている。問題ない」


 陛下はそう言ったが、最も信用ならないのが陛下である、とリゲルは思っていたので、複雑な心境であったが、それを口にするほど野暮ではない。


 とは言え、リゲルがこの年になるまで、リアンと接点を持とうと思えばいくらでもできたはずだが、陛下は敢えてそれをしなかった。

 

 だから、リゲルは懸けてみることにしたのだ。

 陛下の御心を。


 だが、アルデバランの意志はまるで反映されていない。アルデバランにとってみれば、本来はレースを編んだり、おしゃべりをすることが好きなのだろう。


 突然、シリウスとリゲルの間で決めた事に己の意志など関係なく、巻き込まれ、外国へといく羽目になっているのだ。


「貴方に迷惑をかけたことは、申し訳ないと思っています。ですが、私には貴方から得るものがあまりにも多く、離れ難いのです」

 リゲルが、アルデバランへ心を込めてゆっくりと話すと、従者は満足気に笑った。

「長きに渡る良き治世を、我が王」

 リゲルはふっと微笑みを返した。


 麒麟国というのはリゲルにとって不思議な国だ。

 工業的に他国を圧倒的に凌駕している。リゲルが買ってきた風を生成する機器もそうだが、何よりもこの国の家屋は夜間でも煌々と明かりが灯っている。


 龍王国ではあり得ない事態だ。麒麟国に着いた時に、煌々と光る街を見て、夢のようだと感じた。

 街の人に聞いたら、この国では、電気というのを生み出しているらしい。

 麒麟国には雷がよく落ちる土地があるそうだ。そこに避雷針を置き、電気というものを蓄積しているらしい。

 そして、より効率的に電気を蓄積するために、鈴を加工した細長い線を円柱に巻き付ける電池というものを作り出していた。

 電池をどこの家庭にも、配布して、人々はそれを利用している。


 富の象徴だ。

 ここまで発展している国が、なぜ龍王国を襲うのか、全く理解できなかった。


「この国では三十歳を越す人物は一割りにも満たないのは本当ですか?」

「そのようですね」


 アルデバランはスープを作りながら、相槌をうつ。知ってか知らずか、アルデバランの回答がすんなりしており、リゲルは更に問う。


「この国の陛下は二十八歳です」

「そうですか」


 リゲルは卓の上に置いてある果実を摘み上げる。赤々とした林檎に目を落とす。


「この林檎と光を生み出す電灯という機器が同じ価値でした。正当な価格設定だとは思えない。どんなに文明が発展しても、不条理な話ですね」

「そうですね」


 アルデバランはスープを卓に運ぶ。


「この光、地下道に使えると思いませんか?」

 リゲルは電灯を操作して、光を灯した。

「それは、良き考えだと思います」


 リゲルはアルデバランの表紙を探るように次の言葉を問う。

「雷が沢山落ちる地域があったとして、そこは国ひとつ分を賄えるほどの熱量を生み出せるものか、私は疑問です」

「リゲル様は星宿の子がいると仰りたいのですか?」


 リゲルは電灯を卓の上に置く。

「はい。そう考えています。ただ……」

「ただ?」


 リゲルはゴクリ、と生唾を飲み込む。

「あまり良い境遇ではないような、そんな気がしています」


 電灯から放たれた光は卓の上に置かれたスープを照らしていた。ランプの火がゆらめくこの家屋の中でたった1箇所、まるで昼間の太陽のように鮮明に卓を照らしていた。



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