旅立ちの時
リゲルが龍王国を経つ前日、リゲルの別邸に住むポルクスとカルトスの下に確かに約束の品が届いた。
カルトスの下には冬物の毛皮のコートを含む衣服が数枚届き、ポルクスの元には確かにリゲルが昔来ていたであろう上等な衣服が届いた。
(本当に届けてくれている)
ポルクスは女性物の毛皮のコートを見ながら、あの色香が漂う皇子の顔を思い浮かべる。
(こんなことすると、カルトスが勘違いするじゃないか)
カルトスとポルクスは農民の出で、貴族でもなければ裕福な商家の生まれではない。この国の王帝と呼ばれる者はいままで、諸外国の姫を王妃にしてきた歴史がある。
今はよい。ただの学友としての友情関係だからだ。
だが、妹が年頃になったとき、かの皇子に心を奪われても、それは決してかなうことがないのだ。
(鈍いんだよなあ……あの皇子は)
「カルトス、良かったねえ。コートきてみてよ」
どこからともなく長身の男が現れたので、ポルクスの心臓は驚きで跳ね上がり、ぎょっと目を皿のように丸くし、男の姿をとらえる。
ロイヤルスターと言われる精霊のような存在であるこの男はなぜかカルトスにやたらと絡んでくる。
いや、まあ、レグルスがいなければ、カルトスはキラキラを纏う皇子のなにげない行為に対し、好意を抱いてしまうかもしれないので、これはこれで良しとしよう、とポルクスは考えることにする。
レグルスに促されるまま、カルトスはコートを羽織る。
うん、我が妹ながらよく似合う。というより良くもまあ、こんなピッタリサイズを見つけてきたものだと、キラキラ皇子を思わず感心してしまう。
「よく似合う、似合う! 北部行くの楽しみだね」
レグルスは心の底からそう思っているのだろう。曇りなき眼で、カルトスに微笑みかける。
(うわあ………。歳の差考えたら気持ち悪いほどレグルスがロリコンだけれど、見た目年齢差なのかな、こういうの)
くだらないことに頭を悩ますポルクスとは反対にカルトスはただただ、赴任先と故郷の北部に戻ることに胸を弾ませながなら、貰ったコートきてヒラヒラと回転したり、レグルスとはしゃいでいる。
(やめた、馬鹿らしい)
ポルクスはフン、と鼻息を荒立て、部屋にこもってしまった。
(あのキラキラ皇子、遂に最後まで本音を言わなかったな)
☆彡☆彡☆彡
アルデバランは荷造りをするリゲルを見ながら、編み終わったレースをリゲルの母であるリアンに渡す。リアンは「アルデバラン君、すごすき!」感激のあまりパチパチと拍手をする。
「ポルクスに全てお話下さい。あなたの友であり、盾です」
「わかっています」
「彼はこの大陸で最も賢い人ですよ。本当のことをお話下さいな」
アルデバランはリゲルを諭した後、「リアンさまー、新しいレースの編み方教えてください!」と言って、リアンを呼び止める。
リゲルは変わり身の速いアルデバランの背中を目で追うと、筆をとり、手紙を認めはじめた。
自分が王帝の養子になったのに、陛下の護衛がついているとは言え、姉達からだれも刺客が来ないこと、それは姉達の中に協力者を含め、他人の思考を操れるような星宿の子がいるか、もしくは他のロイヤルスターがいる。
またはロイヤルスターを知っている者がいるのでは、という点。
此度の麒麟国の動きから、ますます麒麟国の挙動が怪しく、ロイヤルスターを抱えている可能性がある点。
だからこそ、麒麟国へ訪問することを手紙に書き記し、筆を置いた。
だが、リゲルは新品の紙をもう一つ取り出すと、再び筆を軽快に走らせた。
(全てを書くのだ)
リゲルは、以前、アルデバランに聞いたことも手紙に記していく。
王族として、新人官吏にここまで書くのは間違っているが、リゲルは今親友である男に己の事態を書き留めている。
そしてこのことは国の憂いとなるやもしれぬ大事である。
リゲルは何故アルデバランはレグルスに自身の王の存在をわざわざ伝えたのか、と聞いた。
アルデバランが言うにはレグルスは特別らしい。
レグルスは王を意味するレックスが語源であり、アルデバランと他の二人は『小さき王』と呼んでいるらしい。つまり、ロイヤルスターの緒人のような存在であり、レグルスは他3人のロイヤルスターが選んだ王帝を把握しているのだ。
だから、隠しても見つかるし、アルデバランは伝えた方が良い、と判断したそうだ。
この6000年もの間、レグルスから他のロイヤルスターの情報は漏れ出ていない。つまり、各自、自分達で調べないことにはその情報を得ることができない。
だからこそ、この大陸は小競り合いから、国を滅する規模の戦まで幾度となく繰り返してきた。
時には各自が立てている『誠の王』が異なったことで、ぶつかって来たこともしばしばあり、同盟を組んだこともある、とアルデバランは言った。
レグルスは不可侵条約を貫いてきていた。
だが、今回大きな番狂わせが起きた。レグルス自体が動いたことである。
何故かレグルスは龍王国に滞在し、本来の目的以外の官吏として政治を行っている。
今までレグルスが王を選んだことはない上に、ましてやそこまでして入れ込むことはなかった。
もし、他国にいる他の二人のロイヤルスターがこの事実に気がついたら? ロイヤルスターを二人抱えている龍王国を脅威で仕方がないはず。
だからこそ、情報収集を兼ねて、見聞に行く。
リゲルは何枚かの紙の束をくるくると丸めて、筒状にすると、蝋で封をした後、母リアンとレース編みで盛り上がっているアルデバランの目線が入るよう、その手元に差し出した。
「申し訳ないのですが、私は出立の日まで外出を控えている身なので代わりに行っていただけますか?」
アルデバランは柔らかく微笑み口角を上げる。
「分かりました。届けます」
アルデバランはポルクスにリゲルの手紙を届けた。ポルクスは半ば諦めていたので、ほっとしたような、安堵したような気持ちになった。
人の心の内まではなかなか見えない。リゲルは浅はかではないが、悩み事を内にしまいがちだ。
それがいいのか悪いのかはわからない。だが、悩みの中には国の大事として見逃せない事項もある可能性もある。
ポルクスはそれを吐き出させるのが己の仕事であると認識している。
「書くまで長かったですが、貴方には心を開いているようで良かったです」
アルデバランの言葉をポルクスは恥ずかしそうに口角を上げてはにかむ。
「僕はリゲルの盾となり、リゲルにあだなす者の矛となる存在になると思っています。それ故に、彼の愁を取り除いておく事は、僕の責務です」
ポルクスは手紙を懐にしまうと、アルデバランに、頭を下げる。
「どうか、リゲル皇子にお伝えください。実りある結果となりますことを心よりお祈りしている、そしてお帰りをお待ちしている、と」
齢13歳の少年はそう言って、膝をついた。
第43代龍王国王帝 シリウス帝の治世17年5月、新緑が残る頃、龍王国 皇子リゲルが旅立った。
一人の従者と腰には短剣1本を携えて。
目指すは砂漠の果てにある工業技術が名高い麒麟国。
☆彡☆彡☆彡
麒麟国 首都 エンワ。
工業国として名高いこの国の首都エンワは18時を過ぎても煌々と灯りが灯っている。
龍王国ではありえないことだ。
龍王国では火を灯すだけで一苦労だ。だが、この国は違っていた。
夜が更けても灯りが消えていない。つまり、火を灯すのに苦戦などしていないのだ。文明が何歩も、前をいっている。