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親子と兄と姉

 龍王国、現王帝シリウスには秘密があった。彼は治癒の力を持つ星宿の子である。

 だが、その秘密を知っているのは生母である先王妃、リゲルの母であり、シリウスの乳母の娘であるリアンしか知らない。


 もしや先王帝である父が知っているかもしれない、と思ったことがあるが、あの人は子を宿す前の女が好きなのであって、子を宿した女の体には興味を示さない。


 ましてや生まれた子なぞ興味の対象外であった。


 (まつりごと)には背を向け、女と戯れているだけの愚鈍(ぐどん)な王帝に物心つく前から、シリウスは辟易(へきえき)していた。


 だからなのだろう。愛すべき女は一人で良いと思っていた。


 王位なぞ興味がなかった。リアンさえ側にいてくれるならば、そんなものカイルが継げば良いと思っていた。

 だが、王はそれを許さなかった。


 王帝の妃は他国の姫と決まっている。不要な争いを起こさぬための和平であり、それが慣例だったからだ。その掟を破ろうとしたシリウスに対し、先王帝はリアンを妾にしたのだ。


 あの海のように綺麗な瑠璃色の瞳に陽に当たるとキラキラと輝く金色の髪、桃のように嫋やかな白く滑らかな乳房、桜桃のよう小さな紅の唇、その全てを老いぼれた皺だらけの手が滑ると思うと、虫唾が走った。


 簒奪(さんだつ)するしかない。


 自分の栄光が永遠に続くと信じきって玉座に胡座(あぐら)をかいているばか者から王冠を奪い取ってやる。


 それはシリウスの母も同様であったのだろう。息子の乳母の娘にまで手を出そうとする鬼畜な夫を見過ごすことができなかったのだ。


 母は毒を食らった。そして、シリウスが死なない程度に母を治癒していく。


 だが王が狂うのにそう時間はかからなかった。この国は王妃が死んだ翌日には王では玉座から降りなければならないからだ。

 王妃の弱っていく体に、永遠に続くと思っていた足元がぐらつき焦りをみせ狼狽する父の姿を見るのは胸がすく思いだった。


 そして時が経ち、妻である王妃から子を宿せぬ体であることを聞いた。因果応報。その言葉が駆け巡った。

 泣きながら彼女は離縁してくれと言ってきた。リアン以外で最も愛した女だ。母になれずとも、彼女はこの国の王妃として唯一無二の存在だった。


 だから、王妃と母が結託してリアンを引き合わせてくれた時、運命だと思った。

 あの桜桃の唇を吸い、抱きしめ、乳房に触れ、腰を動かす度に揺れる金色の髪、全てがあこで止まなかった。


 だが、潤んだ瞳から涙がこぼれ落ちた時、やっと我に戻った。


 リアンは同意している、と聞いていた。だがそれは本当なのだそうか? 断れなかったのではないのか?


 そんな考えが駆け巡る。


 たった一夜の過ちだ、だが、一度ではなかった。

 獣のように憧れていた女を力で組み敷いた。


 嫌悪を抱いていた父と同じ穴の六科だと、思うと行為の後にひどく後悔をし、己に吐き気がした。


 それからひと月後、リアンが妊娠したと聞いた。


 あのタイミングで、子ができるとは半信半疑だったが、確かにリアンは処女であったし、子が出来たことを喜ぶと王妃と自分がいたら。


 だが、リアンはどうなのだ。


 同時に湧き出るあのリアンの涙のわけを私はは聞くことはできないでいた。

 それはあの日から18年が経とうとする今も。


 私は王妃を愛している。だが、それと同じ程度にリアンもリゲルも愛している。


 だから、後悔はさせたくない。

 リゲルが選ぶ女性がどのような出自でも構わない。私と同じ人間にならないよう、あの子には広い視野を持ってほしい。


 私やこの国だけが選択肢ではないことをリゲルに知ってほしい。その上で民にとって良い選択肢を選んでほしい。良き王としてこの国を支えてほしい。


 シリウスが中央宮の廊下を歩いていると「王帝陛下」と背後から声をかけられ、シリウス振り返ると、末妹のララが正装して立っていた。

「なんだ」


 ララは柘榴石でできた牡丹の簪をつけていた。

「先日のお話を、引き受けようと思います」


 ララは王帝陛下に頭をさげ、ニコリとほほ笑んだ。その姿は人形のように美しく、可憐な少女のような容姿であった。


 シリウスは「あい、わかった。輿入れの準備をしよう。盛大にな」と言って、マントをひるがえし、ララの前から去っていった。


☆彡☆彡☆彡


 リゲルの屋敷で、ポルクスが悲鳴を上げたのは、リゲルが髪を切ってから3日後のことであった。リゲルは髪を切ってから、外出を禁止されている。

 故に、皇子としての署名が必要な資料をポルクスが持参したわけだが、短髪の栗皮色の髪に眼鏡をかけているリゲルの姿に驚きのあまり悲鳴をあげ、口をあんぐりと開けたまま、閉じれないでいる。


「なんだ、その間抜け面は」

 リゲルの言葉にガチンと口を閉じたポルクスは興奮気味に話す。

「だって髪の毛!! 王族なのに短髪なんてあり得ないでしょ」


 この国では王族、貴族は男といえども髪を切らない。実用性のない長い髪は家事をしないことの象徴であり、御身が高貴な者だと印象付けるためである。


「この国の規則は他国の規則ではないし、他国に行くのに悪目立ちはしたくない」

「まあ、そうだけれども」


 ポルクスは未だに信じられぬ、という顔を見せている。

 

 リゲルはポルクスから書類を貰い受けると目を配りながら、ところどころ、署名をしていく。その間、ポルクスは頬を膨らませてアルデバランが編んでいるレースを凝視している。


「龍王国の姫はどうやら他国に人気がないようだな」

 突拍子もないリゲルの言葉に、ポルクスは膨らませていた頬を思わずしぼませる。

「そういう答えにくいことは、僕に聞かないでください。皇子様」


 リゲルは戸惑うポルクスの姿をみて、意地悪そうにフッと笑った後、署名を続ける。

「ミリア姉様は長女だから、婿を取ったのだろう。王帝陛下に後継者もいなかったし。だが、サマンサ姉様は26歳、ララ姉様は23歳で未だに未婚だぞ。すでに適齢期も過ぎている」


 アルデバランはレースを編みながら、リゲルを諌める。

「そんなこと言うものではありません。貴方もそろそろ適齢期を過ぎるところですよ」

 言葉のブーメランにリゲルは息を吐く。今は、それを聞きたくない。


「その(とう)をすぎた姫の一人であるララ姉様を第二王妃に貰い受けたいと麒麟国が言ってきたわけだが、裏があると思わないか?」

 ポルクスはリゲルの言葉に、納得したように、首を縦に振り、少しだけリゲルに前傾姿勢を向けて、小声で話す。


「麒麟国の王帝は御歳28歳と聞くし、すでに後継者となるお子もいる。ここでララ様を欲するのは、王妃が病で死にかけているか、龍王国からどうしても得たいものがあるか、だね」

「サマンサ姉様ならまだわかる。よりによって顔だけ天使のララ姉様を要求したところを考えると、おそらく後者が妥当だ。いや、どちらもかもしれないが」

「ひどい言いようだね。麒麟国は遠いよ? ララ様の性格なんて知らずにあの見た目だけを欲しているのかもしれないよ」


 アルデバランはポルクスも大概ひどいいいようだと思ったが、口を挟む雰囲気ではないので、何も言わないでレースを編むのに集中する。


「麒麟国は産業が豊かな国だと聞く。実際、我々が参考にしたトンネルや地下道も麒麟国では普通に有するものだろ?」

 ポルクスが再び、リゲルの話に同意するように首を縦に振る。

「産業は発展しているけれど、かの国は医療技術が乏しいと聞く。国は数年に一度流行り病が大流行しているし、その度に多くの国民が命を落としている」


 リゲルはさすが、と言って、書類を雑に整えると、それをポルクスに手渡す。

「そうだね。だから医療技術の発展している龍王国と親交を持ちたいだけかもしれない・・・・・・」

 リゲルが的を得ないことばかり言うのでポルクスはリゲルを睨みつける。

「そうじゃなく、侵略するかもしれない、だろ? ララ様は麒麟国王帝の従姉妹だから。麒麟国の先王帝の妹の子でもある姫を引き取りに来たと考えている、これがリゲルの言いたい本音だろ」

「なんだ、知っているじゃないか」


 ポルクスはリゲルの返答にムッと嫌そうな顔を浮かべ、雑に渡された署名をした書類を整える。

「遠回しに言って試すようなことするなよ! 僕は知恵や知識を司る星宿の子なんだから。旅立つ前に()()言ってからにしてよね」


 リゲルは愉快そうに笑い「わかったよ。意地悪だったな。すまない」と言って、謝っているのだか、謝っていないのだか、不明なことを言う。

「はいはい、よろしくね」

 リゲルは眼鏡をすくい上げる。

「そうだな」


 リゲルが成人の儀前後からリゲルは王帝の養子になることが決定していたにも関わらず、リゲルの屋敷に誰も襲い掛かってこなかった。一番かみついてきそうなララ姉様ですら、だ。

 すでにララはこの縁談話を打診されていたのだろう。だから、龍王国の王位継承権のゲームから抜け落ちる自分が、わざわざ王帝の機嫌を損ねる可能性のある嫌がらせをしなかったのだろう。


 だが、ララは龍王国の思惑を深くは読んでいないだろう。もし、読んでいれば、任命式でわざわざ皮肉を言うはずがない。

 ほくそ笑んで馬鹿め、と笑うだけにとどまるはずだ。


 自分は敬愛する兄上から麒麟国へ売られるのに、末弟のリゲルは王帝の養子に繰り上がりだ。嫌がらせはせずとも、顔を合わせたら文句の一言でも言いたくなったのだろう。

だから、任命式でリゲルにかみついた。

 だが、長姉のミリアのたしなめ方と言い、ララがすぐに静かになったところを見ると、他二人の姉たちも縁談のことは知っていたのだろう。


 ララのことなどどうでもよいが、火種は摘んでおきたい。ひとまず、現地に赴いて情報を収集しておきたいところだ。


 ポルクスは書類の枚数を確認した後、リアンとアルデバランに会釈をし「じゃあ、気を付けてね」と言った後、椅子から立ち上がった。

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