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提案

 リゲルが王帝に呼び出されたのは、官吏の任命式から2週間後のことであった。


 人払いをさせ、誰もいない中央宮にある王帝の私室に呼び出され、(こうべ)を垂れて平伏していると、頭上より聞きなれた声が響いた。

「堅苦しくするな。()とリゲルは親子なのだからな」


 リゲルは顔をあげ「失礼します」と一言告げた後、顔を上げる。

 

 眼前には漆黒の艶やかな髪を頭頂部で結い上げ、紫色の玉に龍の模様が施された金の簪を刺しているそのお方は、40歳になったとは思えぬほど肌艶もよく、薔薇もしくは月季と呼ばれる花のごとく深紅の唇を持ち、豪奢な椅子に長い足を組んで腰かけていた。


 自分とよく似た容姿をしたこのお方との決定的な違いは、身分と瞳の色である。リゲルの瞳の色は濃い青色である瑠璃色をしており、御前におられる最も高貴なお方はべっ甲色に近い琥珀色をしている。

 そのリゲルとの異なる琥珀色の瞳を細めて、愛おしそうに自分の顔を見て満足げに笑みを浮かべるこのお方とは対照的にリゲルはとてつもなく違和感と嫌悪感を感じている。


(よく似すぎているのだ。私と王帝陛下は)


 ()()()リゲルは2人の兄と3人の姉がいた。

 兄は王帝陛下、もう一人は罪人となっり、今は死人となったカイル。カイルと王帝陛下はまるで似ていなかった。唯一似ているところと言えば、先王譲りの長身のところだけだろう。3人の姉であるミリア、サマンサ、ララも異なる。勿論ところどころ似ているところはあるが、王帝シリウスとリゲルほどは酷似してはいない。

 

 そして、リゲルは自分と王帝陛下が酷似している理由も知っている。今までは漠然した疑念であったが、およそ2か月ほど前に確信へと変わった。

 その事実がリゲルに嫌悪感を纏わせる。


「息災のようで、安心した。リゲルよ、もっとその姿を()に見せに来てほしい」

「恐れながら、()()()()。私は子と言っても()()でございます。いわば仮初めの子。おいそれと()()()に会いに行けるほどの身の上ではございません」

「ならば、()ではなく、()はリゲルに対し勅命(ちょくめい)として、そなたの住まいを中央宮へ移すが、良いのか?」


 リゲルの言葉に王帝は敢えて皮肉を交えて返してきた。勅命を出されてしまうと、リゲルは折れるほかの術を持ち合わせていない。

「いえ、今後は頻繁にお会いするよう善処致します」

「頼む」


 リゲルは王帝の顔を直視していると、王帝は先刻の満足気な表情に戻り、朗々と語りかける。

「私はもう40歳を超えた。そなたに後継者が生まれるまでは、安心して黄泉の国に行けぬわ」

「ご冗談が過ぎます。()ではなく、お()が生まれてもおかしくありません」


 リゲルの返答に王帝シリウスは深く溜息を吐く。

「続ける気か?」

 リゲルは首を横に振り「戯れが過ぎました。申し訳ございません」と言って、再び王帝の意を汲み、地面に視線を落とす。


「王妃は子を宿せぬ身体なのだ。それはずいぶん昔、結婚して3年が経った頃に聞いていた」

 リゲルは視線を地面から王帝へと移す。


 王帝の仕事は1つだ。国民を幸せにし、安寧の治世を長きにわたり継続させることだ。その一つとして、世継ぎは重要な働きを有す。子を宿せぬ王妃ならば、なぜ、側女を置かなかったのか。

 

 リゲルの疑問に答えるように王帝は続ける。

「かといって側女を置くつもりもない。愛せる者を守れる数は決まっている。片手に収まるくらいで丁度よい」

 リゲルがもやもやした顔を見せると、王帝は「この話は終いだ。本題はリゲルの話である」と言って、リゲルの疑念を払拭しきることなく、話題を変えた。


「私は、まだ婚姻を結ぶ気持ちはございません。私はまだ学生の身。皇子としても未熟。中途半端な人間が、どうして妻子を養うことができましょう」

 王帝シリウスはあきらめたように深く溜息を吐く。

「ならば、リゲル。私の代わりに他国へ訪問してまいれ。見分を広めるのは自国を反映させるために、良き王としての務めであるからな」


 リゲルは「周遊ということですか?」と問う。

「周遊とするか、見分とするかはお前次第であろう」

「承知しました」

「道中、妻をめとってもよいぞ」

 リゲルが先刻の話を蒸し返すのか、というように辟易した顔を浮かべたのだろう。王帝シリウスは冗談が過ぎたと認識したのか、リゲルの表情を見て、すぐに訂正をした。

「すまぬ。調子に乗りすぎた」


 リゲルは再度、王帝に平伏し、この場を去ろうとしたところ、王帝に呼び止められた。

「この国を出るとき、その髪をなんとかできないか? 龍王国の皇子は『現王帝の容姿に瞳が瑠璃色』というので通っている。不要な争いの種を作りたくない」

 

 リゲルは王帝の姿をまじまじと見て、数秒の間考えを巡らせた後、王帝の言葉に納得をした。


(なるほど、確かに目立つな)


 現王帝の治世はおよそ17年。その間、諸国の即位、婚姻、誕生の儀などに現王帝は何度も招かれている。

 リゲル自身、中央宮を歩いていると侍女たちが頬を赤らめている姿を今までに何度も見ている。それは自分の容姿が王帝に酷似しているからだと思っていたが、先日のカルトスの反応と言い、どうやら容姿端麗、眉目秀麗と言った部類の顔立ちなのだろう。


 正式な招待の場では喉元に刃を突き付けられずとも、大義名分のないまま自国を訪れふらふらしている龍王国の後継者を暗殺することは調停違反ではない。


 顔立ちは変えられなくとも、髪型や眼鏡をかけることでずいぶんと印象を変えることができる。

「短く切り、髪を白にでも染めます」

 王帝はリゲルの提案を必死に止める。

「やめろ! その若さで白髪なやつなど滅多におらぬわ。灰茶色、栗皮色、せめて亜麻色や金とかにしてくれ」

「冗談です」

 リゲルはフッと意地悪そうに口角を少し上げて、王帝の御前を離れる。

 王帝は口元に手をあて、上目遣いで天井の絵柄を覗き込む。


(このやり取り、充分すぎるほどに()と似ているぞ、リゲル)


 その夜、リゲルは他国訪問の話を母リアンとアルデバランに告げると、アルデバランが薬草を集めて髪を栗皮色に染め上げ、武官のような短髪にした。

 この世界はもっとも多い髪色が栗皮色であり、次に飴色、黒、赤茶髪、亜麻色、金となっている。


 栗皮色の髪はこの世界に最も多い髪色であることから、群衆に馴染むこと、仮に髪が伸びたとしても、黒近いことからわかりにくいということで、この色味を選んだ。


「うーん、まだ、目立ちますね」

 アルデバランは短髪になったリゲルの髪を触りながら、小首をかしげる。

 前髪を長めに残しているので、すぐ『龍王国の皇子』とはわからないだろう。だが――。


 この大陸にすむ人の多くは栗色と漆黒の瞳を持つものが多い。次に琥珀色>青色(瑠璃色を含む)>碧色>菫色>赤色となっている。


 瑠璃色は珍しくもないが多くもない。だが、この顔は整いすぎている。

 一瞬で龍王国の皇子と見分けは付かないが、この目立つ外見から何度か話しているうちに『龍王国の皇子』が結びついてしまうやもしれない。とはいえ、瞳の色は変えられない。


「眼鏡はどうですか」

 リゲルの提案に、アルデバランは早速、眼鏡を用意し、リゲルにかけてもらう。


 ――だが、ここで1つ難点が出た。

 眼鏡をかけたリゲルの横顔がいまだに色香を放っているのである。

 確かに今までのような武官のような雰囲気は薄らいだものの、今度は商家のお坊ちゃんのような雰囲気が残っている。これでは目立ってしまう。


「ダメですね、目立ちます。色香が出まくりです」

 アルデバランは今度はとても分厚い伊達眼鏡を用意し、リゲルにかけさせる。


 これが案外功を奏し、一瞬では瑠璃色の瞳がわからず、リゲルの華やかな顔立ちは隠れ、誰がどう見てもリゲルとはわからない。

 額についた汗をぬぐいながら「完璧です」とドヤ顔を見せるアルデバランにリゲルはぽつり、と呟く。


「これ、逆に目立たないか?」


 アルデバランは、はっと気がつき、眼鏡を先刻かけていた普通のものに取り換えた。

「色香は隠せませんが、前髪も長いですし、ぱっと見、瑠璃色の瞳とはわかりにくいです」


 リゲルは数秒間硬直したが、まあ、いいか、と思い直し、息をつく。

「あまりにも世間離れしていると、余計怪しい。私であると、わからなければそれでよいので、この辺でお願いします」


 アルデバランは頭を掻きながら、頬を赤らめて肩を丸くし、反省をしているようだった。

 

 リアンは二人のやり取りを見ながら「ご飯できましたよ」と声をかける。二人が話している間に、リアンは火起こしをして、食事の準備を進めてくれていた。

 確かに鼻をかすめるこの食欲をそそる匂いはリアンの得意料理である豚のシチューだ。


「すみません。いま、行きます」

 リゲルとアルデバランは声をそろえてそう言って、台所へとかけて行く。

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