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バルドルの夢

 麒麟国の王帝 バルドルは昼でも暗闇が続くこの国のことを思うと腹立たしくなった。

 少し前までは煌々と光り、この世の栄華を誇っていたこの国が、今では昼でも光が届かぬ街へと化した。

 あり得ぬ事態だ。二十年かかって発展したこの国が、わずか一晩で暗転したのだ。


 王帝バルドルは拳をキツく握りつぶし、壁を叩いた。行き場のない怒りをどこにぶつければよいのか分からない故、壁を叩くことで気持ちを落ち着かせることにしたのだ。


 そもそもサンドルのあれがいなくなったのが原因だ。あれは二十年もあそこにいたのに、突然いなくなった。


 逃げた後に残ったのは、変形した鎖と檻の鉄格子があった。

 鉄を変形させるなど、アレの力ではない。別の誰か、が逃したに違いない。あれの力は(いかづち)だ。鉄を変形する力はない。


 あれを逃した犯人は星宿の子なのだろう。そうでなければ、誰が鎖や檻を変形することなどできるだろうか。

 犯人と思わしきものは、炎を使ったのだろう。鉄格子の変形は熱によるものだ。短時間で鉄が溶ける温度までもっていったのだ。そして、犯人を追撃した者はから、犯人は龍王国へ逃げた、と報告があがったが、犯人がたまたま龍王国へ逃げた、とは、考えにくい。


 バルドルは以前、ララから聞いていた言葉を思い出した。ララは末弟が星宿の子ではないか、と言っていた。


 星宿の子はそうそう出てくるわけではない。だから、龍王国へ逃げた星宿の子は、ララの弟と見て間違いないだろう。


 龍王国 皇子リゲル。


 この国を発展するためにアレは必要だった。だから、危険を犯して、先王は連れてきたのだ。

 かつての皇子である私を使って。少女を騙して連れてこさせた。そして「バルドル」と私の名前を泣き叫ぶ少女を監禁したのだ。二十年も。


 今更引けぬ。


 バルドルは家臣を呼ぶ。

「龍王国へ侵攻する。兵をあげる準備をせよ」


 中王宮の中庭が見える廊下を闊歩していると、突然、気田魂(けたたましい)音共に空からまっすぐ伸びる閃光が中庭へと落ちた。


「な」

 バルドルは背中に悪寒が走り、脊髄反射に近い感覚で、彼は中央宮の廊下を走っていた。

 この事態が何を意味しているのか、今の彼には十分すぎるほどに理解している。


 二十年間、ずっと膨れ上がった灰色の雲から、無数の雷が落ち、周囲には爆音が鳴り響いた。

 おそらくこの首都だけではないはずだ。


 なぜ二十年間、この厚く覆った雲が出来始めたのか、ずっと疑問だった。

 アレが少しずつ、怪しまれないよう、そして人々がこの違和感に慣れるよう時間をかけて、増やしていったのだろう。


 落雷の音と、悲鳴が広がり、阿鼻叫喚が麒麟国を埋め尽くした。


 皇子の部屋に着いた時、バルドルは息が上がっていた。皇子は寝台から起こされ、刃を向けられ、王妃マーニーは間者によって、腹部を刺されていた。


「ずいぶん焦っているのね」

 その声はかつて自分の名前を泣き叫んだ時よりも、随分と低くなっていた。


 背後から聞こえたので、声の主のことを思うと背筋に悪寒が走るが、バルドルは勢いよく振り返った。

 つい先刻、自分が走り去った廊下の隅に箱があり、その箱に足を組んで座る短髪に翡翠のような瞳を持つ女がいた。


(全く気がつかなかった)


 心の臓が早鐘を打ち、掌に汗が滲み出てくる。


「二十年ぶり………だったかしら? バルドル」

 女はゆっくりと足音を鳴らし、バルドルに近づく。バルドルの心拍は跳ね上がり、これから自分に起こりうることを想像する。

「かつては婚約者だったのよ? それなのに、ひどい怯えようね。傷つくわ」


 バルドルの表情は凍りついた。二十年前、バルドルの婚約者だった彼女は、先王が霊亀国から連れ去り、麒麟国で幽閉された。かつての少女スピカがそこにはいた。

「これは、お前の仕業か?」

「ああ……、これ? 貴方へのお礼を兼ねて。気に入ったかしら?」

 スピカは無邪気に笑いながら、そう言った。

「ふざけるな!」

「ふざけてなどいない。二十年間、監禁し、凌辱したのは誰だ? その、ささやかなお礼だ。たっぷりと受け取り、己が過ちを悔いよ」


 スピカの言葉に憤慨したバルドルの顔が、醜く歪んだ。だが、バルドルは言い返すことなく、スピカから離れ、皇子の元へ歩み寄ろうとする。


 その行為が癪に触ったのか、スピカは自分が腰をかけていた箱を蹴り飛ばした。


 箱は転がる最中、蓋は開け放たれた。中には、皇女が亡骸が収められていた。


「お前」

 バルドルはスピカを睨め付ける。スピカは愉快そうに、哀れむように首を傾げる。

「そんな顔をしないでほしいわ。聞けば龍王国から第二姫を娶る予定だったとか。いずれ、こうなっていた。ただ予定より少し早まっただけのこと」


 バルドルは「ちっ」と舌打ちをした後、スピカの元を去る。スピカはバルドルへ吐き捨てる。

「さて、役者が揃ったところで、始めよう」


 皇子の青白い喉元には鋭利な切先が、当てられ、それが食い込み、真っ赤な血を流した。

「陛下……」


 バルドルの手飼いの隠密部隊が、皇子を捕らえている者を、仕留めようと毒矢を吹いたが、その毒矢は意図も簡単に、交わされ、代わりに皇子の腹部へと刺さる。


 痛さで声が漏れた皇子を、その男は喉元にあてたから刃を引き抜き、喉笛から血が噴き出した。


「いやあ!!」

 女の悲鳴が広がった。

 マーニーはスピカを睨みつけ「私を」と言ったところで、スピカの落雷の餌食となった。


「うるさい女は嫌い」

 スピカは雷を放った右手を振りながら、億劫そうに言い放つ。


 バルドルは脱力したのか、膝をついて地面を見つめた。

「私たちを屠ったところで、国民全員を屠ることなどできぬわ」


 麒麟国は地下が発展している。故に落雷が届かぬ地下に逃げれば、国としての再起を図れる。


「ああ……憂はないわよ。もうそろそろ終わるから」

「何?」

「貴方には分からないかもね。一生」

 その言葉と同時にバルドルへ落雷が落ちた。



 バルドルは薄れゆく意識の中で、昔描いた夢を思い出した。


 父は歪んだ人だった。星宿の子を憎んでいた。もしかしたら、因縁があったのやも知れぬが、今では分からない。


 スピカとは彼女が産まれる前から、婚約していた。そういう伝統なのだ。


 スピカが産まれた、と報告を受け、バルドルは父と共に霊亀国へ赴いた。霊亀国は農作物も豊かで、軍事力も五カ国の中で群を抜いて秀でていた。


 ふにゃふにゃの肌に、翡翠の瞳が美しかった。髪も柔らかで日に当たると綺麗な赤色だった。

 一目で釘付けになった。


 その赤子が右手を突き上げ、中指に星形の痣を見せた時、バルドルは父に見つかってはまずい、と思い、咄嗟に赤子ほその右手に自身の手を握らせて隠した。


 その日、父は何も言わなかった。おそらくやり過ごせたのだろう。

 だが、それから三年後、事態は暗転する。


 再び霊亀国へ行くと、スピカは力を使っていた。宮廷内を駆け回る少女は、雷をところ構わず落としていた。

 それを微笑ましく見ている王妃と王帝、臣下たちに心が温かくなった。

 ただ一人、自分の父を除いて。


 それからのことはよく覚えていない。

 スピカと遊んでいた時、父に呼ばれ、果実酒を彼女に渡したら、スピカが寝こけてしまい、父がスピカを抱きかかえた。何故スピカが寝てしまったのか、何故都合よく父がここに現れたのか、何故従者が誰もいないのか、考えようとしても、考えられなかった。


 そして気がついたら、スピカがいなくなったと、霊亀国の宮廷は騒ぎになり、バルドルも父もそれどころではない、と霊の国を後にしたのだった。


 それから二十年、霊亀国に行ったことはない。



 指先が冷たくなっていくのを感じる。肺も苦しい。息をするたび、ピューピューと無様な音を鳴らす。


 死に際に思い出すのはあのころのことなど、自分の人生は滑稽だ。


 スピカが捉えられているのは薄々気づいていた。

 でも、何もしなかった。


 この国が発展していくためには仕方がない犠牲であり、元々婚約者なのだから、この国のために力を尽くすのは当たり前だとすら思った。


 スピカの憐憫の顔が忘れられない。純真無垢で無邪気なスピカが、こうも変わってしまった。


 私のせいで。


 ああ、そうか………。

 私は後ろ暗いことなく、幸せになりたかったのだ。


 床に転がりながら、王妃マーニー、皇子サン、皇女ユリア、すぐに私も逝く。

 その時、私を許して欲しい。


 ☆彡☆彡☆彡


 スピカは地面に転がったバルドルを見た後、一瞥をくれて麒麟国の中央宮を後にする。

 外に出て雷と灰色の雲を解き、スピカの元へ従者が近づく。


「スピカ様、片付きました」

 スピカの従者が小声でそう言った。

「わかった。帰るわよ」

「ただ……、―――様は、お一人で動けないかと」

「馬車に乗せなさい。私は馬で良い」

「はい」

 スピカは馬に乗ると、息を吐いた。

 やっと終わったのだ。


 この二十年の苦しみが。


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