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亡国

 中央宮。


 ポルクスとカルマが中央宮の謁見の間で、陛下に今回の一件を報告すると、王帝は少しだけ不服そうな顔を見せた。

 ポルクスにしてみれば、王帝のリゲルへの愛の深さを知っているので、腑に落ちているのだが、カルマは何か粗相があったのでは、とブツブツ考え込んでいた。


 ポルクスはカルマの肩をポン、と励ますように叩く。

「リゲル様に手紙を書けば、その悩みは解決する」


 カルマは「へ」と間抜けな声を出して、ポルクスを見る。

(うん、早い方が良いな)

 ポルクスはそう思った。


 アルデバランはリアンの様子を見るようにリゲルから言付かっており、中央宮にいるリアンの元に向かっていた。リアンは相変わらず、編み物をしており、リゲルの帰還を伝えると喜んで、別邸へと戻ることを了承してくれた。

 そして、早くリゲルに会いたいと言って早々に荷造りをし始めた。


 ポルクスとカルマが、夜宴に招待されると、陛下は盛大にもてなした。

 カルマは昼間との落差に驚いていたのだが、ポルクスがこの宴の前にリゲルが陛下からの手紙を心待ちにしている、仕事で抜け出せないから勅命を持って中央へ来るよう指示を出してほしい、と言ったことが功を奏しているのだが、その事実を知っているのはリゲルのみである。

 

 兎も角、陛下の機嫌が治ったので、カルマは一安心とでも言うように、酒を浴びるように飲んでいた。

 宴会が終わる頃にはカルマは泥酔しており、一人で歩いてはいられない状態となっていたので、ポルクスがカルマを支える羽目となった。

 中央宮の廊下でポルクスはカルマを支えていると、身長差と体格差から、ポルクスがふらついた。


 そこを誰かが、後ろからカルマを支えてくれた。

 振り返ると、アルデバランが変わってくれた。


「あ、ありがとう」

「いえ」


 ポルクスは手持ち無沙汰から、首を左右に振ってこりをほぐしていると、あの時の(はやぶさ)がアルデバランの側を飛んできた。


「やはり、貴方もカルトスの力と同じく、動物と感覚を共有できるのですね」


 アルデバランは優しく微笑みかける。

「知っていて、試しましたよね?」

「確信はなかったですが、あの場ではそれが最善最速でしたし、それに、貴方自身が行くことはリゲルの側から離れることだから、望んでいないでしょう?」


 アルデバランは目を丸くした後、大声で笑った。ポルクスは怪訝そうにアルデバランを見やる。

「失礼。貴方のおっしゃることが、リゲル様には全く伝わらないのですよ」

 ポルクスは納得した。

 

 就任祝いとはいえ、リゲルが女のカルトスに服を贈ったことを思い出した。

 仮に好意を抱いている相手からそのようなものを送られたら、勘違いしてしまう者もいるだろう。


「リゲルはその辺りの感覚は幼児並みですから。そこらへんのことがわかるならば、私が中央に戻り、陛下に報告などしませんよ」

「……かもしれないですね」


 アルデバランとポルクスは互いに笑った。


☆彡☆彡☆彡


 そんなリゲルにも、遂に逃げ遂せることができなくなった。

 勅命を持って、謁見を命じられたからだ。


 ララの処分が決まってことと、霊亀国からスピカを迎えに使者も来たので、中央に戻り、今回の旅の報告と使者へ挨拶へ来るように言われた。


 王帝からはリゲル宛に報告するよう指示されていたが、リゲルはソウハクサンの立て直し、と銘打って、この地に留まり続けたが、それも無理そうだ。


 リゲルは役所の執務室の窓から見える丘の峰の先を見て憂鬱そうに息を吐く。


 避けている理由は他にもある。母と陛下のことだ。リゲルとアルデバランが離れている間、陛下が母リアンと関係を持とうとしていないか、気になっていた。


 もし、そんなことになったら、と想像するだけで、顔を覆いたくなるほど憂鬱だった。


(親の色恋なぞ、関わりたくない)


 リゲルが正装して、陛下の元に現れると、陛下は嬉しそうに執務室へもてなしてくれた。

 陛下とは机を挟んで座っており、リゲルは出された茶を一口飲む。


「ララは、資材を全て取り上げ、打首と処す。あの母親もな」

「兄上の時よりララ姉様の方が重い処罰のように思えますが、それは何故でしょうか?」


 陛下はうむ、と言った後、顎に手を置く。

「ララだけをみれば、麒麟国からの輸入品を我が国へと差し止めていただけだが、麒麟国の工業の裏は霊亀の姫を誘拐し、その力を持って発展したところにある。ララ自体は知らぬとしても、間接的に霊亀の姫を誘拐した麒麟国と共謀と取られてもおかしくない自体である」


 陛下は自分の命が狙われたところでだけであれば自国内の話だが、他国に関与しているのは戦争やその他の問題もはらむため、より重い処罰と考えたらしい。


「それより、今夜は宴を催す。必ずしも参加するように」


 リゲルが執務室を去る前に、陛下はそう言って、リゲルに釘を刺した。


 夜、リゲルが中央宮の謁見の間に現れると、普段とは趣の異なる配置となっていた。


 霊亀国の使者のために数個の丸い卓が用意され、そこには食事がおかれていた。

 スピカが国へ帰る前の宴を用意しているらしい。

 リゲルが現れると、霊亀国の使者団から(さざなみ)のようにどよめきが起きる。

 王族で短髪など、どこの国でも前例がないからだろう。いや、現在のスピカも短髪であり、それが許せないのやもしれないが、リゲルは施設団に一礼をし、これまた正装を施したスピカの姿にも一礼をする。


「貴方がリゲル皇子とは思いもよりませんでしたわ。()()()()さま」


 リゲルはスピカの言葉にこの世のものとは思えないほどの、美しいにこやかな笑顔でかわすと、玉座の隣に椅子があり、その椅子へとに腰を下ろす。

「嘘をついたことは申し訳なかったです」


 スピカは更に問い詰めようとして身を乗り出したのだが、霊亀国の従者首に止められる、口をつぐんだ後、小さな声で呟く。

「……いえ、ごめんなさい。私はまだ子供のままなのです」


 スピカは3歳の頃に誘拐され、そのまま麒麟国に奴隷のような扱いを受けていた。誰も彼女を教育していないのだろう。

 思ったことを口にしてしまうらしい。


 スピカが何かを話す度に、霊の国の使者がハラハラしている様子が窺い知れた。


「王帝が来ます。待ちましょう」


 腰まで伸びる黒髪を珊瑚や翡翠でできた玉の簪を施した見目麗しいそのお方は玉座に腰をかけ、謁見の間にいる皆に声をかける。


「此度は我が国に来てくださり、感謝する。スピカ公主の帰還を祝して、ささやかな宴を用意した。みな、楽しんでほしい」


 リゲルは杯を持つと、空へと上げる。

「乾杯」


 暫く食事を楽しみ、踊り子の舞を見た後で、リゲルは慣例に従い、乾杯の後、王帝へ挨拶に行く。王帝は一瞬、眉を寄せて険しい表情を見せた。

 そのあと、(わざ)とみなに聞こえるように言った。


「確かに霊亀国の姫は美しいな」


 賑わっている中、その声はやたらと響いた。ざわつきから静寂へと変わり、再び、ざわつきが戻った。


 リゲルは肯定も否定もせず、ジトリ、と王帝を睨みつけたあと、自席へと戻ることにした。


(結婚、させる気だ)


 リゲルはスピカを救ったが、麒麟国にしてみれば大事な工業の要を奪われたのだ。

 このままというわけにはいかない。必ず、龍王国へと戦を仕掛けてくるだろう。その時、霊亀国には必ず麒麟国の背を打ってもらわなくてはならないのだ。


 そのための布石を置きたいのだろう。

 婚姻は古から使われている他国同士の友好関係を保つ契約だ。

 スピカもしくは霊亀国の他の姫を娶る可能性を匂わせる布石をしているのだ。


 スピカは立ち上がると、リゲルの席まで現れ、右手を差し出した。

「踊ろう」


 幼女のように屈託なく笑う女性を見て、リゲルは思わず微笑み、彼女の手を取った。その手はこの宮で暮らす侍女の手よりもかさついており、傷だらけだったが、リゲルには気にならなかった。


(無邪気だ)


 恐らく、この空間にいる誰もが政治のことを考えている。だが、スピカはただ純粋にこの時間を楽しんでいる。


 先刻まで、王帝の思惑が見え隠れして、憂鬱さがリゲルの両肩に重くのしかかっていたのだが、スピカと踊っていると、いい意味で吹っ切れた。


 彼女は踊りのイロハを習っていない。それ故、色々と破天荒な踊りをするのだが、意表をつかれるので、いつの間にかリゲルもこの時間を楽しむことになっていた。


 翌朝、スピカは自国へと帰っていた。子供のように馬車から乗り出して手を振り、何度も「ありがとう」と言っていた。


 スピカはリゲルが見えなくなると、馬車に戻ると、笑顔から氷のような無表情へと変わり、従者に声をかける。


「麒麟国の皇子と皇女を始末して」

「はっ」


 従者は馬車の床に目を落とし、返事をする。


「それから、王帝にお伝えしなさい。即刻、戦の準備を、と。私も国へ帰らず向かおう。鉄は熱いうちに、というからな」

 スピカは足組をして、右手の星形の痣を見て、馬車に揺られながら呟いた。


「今度はあやつの頭上に落としてやるわ」


 馬の走る音と、車輪が地面に接する際に音を鳴らし、スピカの指示は御者や外を歩く従者には聞こえない。


☆彡☆彡☆彡


 

 スピカが龍王国から霊亀国へ旅立ってから15日後のある日、リゲルの元にアルデバランの隼がやってきた。

 リゲルの側にいたアルデバランが、身を乗り出し、腕に隼を止めると、その柔らかな腹の羽毛を撫でる。


「どうした?」


 リゲルがアルデバランに問う。暫く待ったが返答がないので、リゲルは持っていた本を片付け、次に何を読むか品定めしている。


「なくなったそうです………」


 リゲルは本を見つけたのか、棚から引き抜く。

「誰ですか?」


 隼が首を横に向けて、キュルキュルと鳴く。


「麒麟国が……」

「ですから、誰が亡くなったのですか?」


 アルデバランは「麒麟国が滅びました」と静かに言った。


 麒麟国は霊亀国によって滅ぼされ、皇子と皇女は王妃と王帝の前で殺されたのだった。

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