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任命

 リゲルが成人の儀を迎えた年の春、ポルクスとカルトスが入廷した。


 新米官吏としての二人と会ったのは、任命式であった。

 リゲルは自身より遅く入学した二人が、自分より早くに卒業するのが口惜しかったが、星宿の子の力で知恵/知識を得ている二人に叶うはずもなく、仕方がない、と心の整理はついていた。


 正装して官吏の任命式の上座に座り、瑠璃色の青金石と血赤珊瑚の玉の腰飾りをつけたリゲルは王位継承権第一位として、王の右隣の席に座っていた。王帝の左隣には王妃がおり、王妃の左隣りには王国の重鎮が連なっていた。

 リゲルの右隣りには継承権第2位であり長姉のミリア、その右隣りには継承権第3位の次姉のサマンサ、第4位に末姉ララ、第5位にミリアの息子が座っていた。


 龍王国の王位継承権は先王の兄弟・姉妹から王位継承権が付与されることになる。ただし、例外はある。

一つは現王に子供がいる場合、王位継承権は第1位となる。

 2つ目に年齢毎に設けられている王族としての責務を果たしていないものには王位継承権が下がる仕組みとなっている。


 カイルが存命であり、リゲルが王帝の養子になる前は第1位はカイル、第2位はミリア、第3位はサマンサ、第4位はララ、第5位はリゲル、第6位はカイルの息子であった。

 カイルが次王になれば、カイルの子供たちの王位継承権は自動的に第1位となる予定であった。だからカイルはただ、待っているだけで、玉座が確定していたのだが、王帝がリゲルを養子にする、となったので、カイルは王帝の暗殺を企てたのだ。


「王帝にうまく取り入ったものね」

 ララが不服そうにリゲルに毒づくが、リゲルは聞こえないふりを決め込む。

「あなたに玉座は来ないのだから、関係ないこと。それよりも、この場でそのようなことを吐くお前は王族の恥というもの」

 ミリアの言葉にララはふん、と鼻息を荒立てると口をつぐんだ。


 本来この席にはリゲルではなくカイルが座るはずだった。だが、カイルとカイルの妻、その子供は罰せられてこの場にはいない。

 カイルは王を弑逆しようとしたことから、首を切られた。妻とその子供は幽閉されているが、いつその命を削られるかわからない。


 全ては王の御心次第。

 リゲルを養子に迎え王位継承権があがったのも、カイルの妻や子の命が尽きる日を決めるのも神ではなく王帝次第である。

 

 リゲルは王帝から下賜された腰にある玉に目を落とす。

 たとえ学校を卒業しても、リゲルには官吏としての道は閉ざされている。


 王族は醜い。玉座に憧れ、玉座を手に入れるためには兄弟姉妹を陥れようと画策する世界。

(だからこそ、官吏になりたかったのだがな)


 王族としての自身の運命を受け入れるように瞳を閉じた後、官吏試験に合格し、胸を弾ませている若者たちを羨ましく思うと同時に彼らを祝う気持ちで正面に目を配る。


 およそ30人ほどの官吏たちが膝をついて額の高さまで両手を組んで王族に挨拶をする。おそらく王が声をかけるまでこの姿なのだろう。王族とは生まれながら人に頭を垂れさせる効力を有し、この国では絶対的な存在である。


(人に頭を下げられる存在なのだ。つまらぬ罵りあいなどしている場合ではない)


 頭を下げている官吏たちの中にやたらと背の高い男がおり、リゲルは眉間に皺を寄せ、何かに気がついたのか、あきれたようにふっと口角を上げた。

 そのリゲルの笑みを王位継承権第2位のミリアが見ていた。


 どう潜り込んだのか、ロイヤルスターと名乗り出たあの男(レグルス)が官吏に混じっていた。

 官吏というよ武人に近い(なり)をしているその男は、カルトスの後ろにいた。


(顔見知りだったな。………何を考えている)


 龍王国には女性官吏が幾人かいるが、さほど多くもない。今年はカルトスだけであり、ましてや13歳という若い少女とあって注目度が高い。

 最も、カルトスが学校に入学した際、年齢も若く、ましてや女となるとやっかみが酷いことを恐れ、一部の者しかカルトスが女であることは伏せられていた。当然、30人いる新人官吏のうち、ポルクス以外はカルトスが女であることを知らなかったので、みな度肝を抜かれているのか、奇異な目で彼女を見ている。


「みな、頭を上げよ」

 王帝の一声に一同、両手を下げ顔を上げる。

「まずは、試験に合格したこと、ご苦労であった。これから官吏としての道を歩むことになる。左右にいる者の顔をきちんと覚えておくように。その者たちが己の助けとなる盾であり、同志であることを忘れないでほしい」


 王帝の言葉に、新人官吏たちは思わず左右を見渡す。王帝は素直なその反応に満足げな顔を浮かべ「己を陥れる刃になるやもしれぬがな」と付け足した。

 その言葉を聞いた若者たちは即座に青ざめて、左右を見渡すことなく、地面に視線を落とし、王妃の隣にいる重鎮たちは額を抱えて狼狽した。

 王帝の付け足した一言に対し、王妃が「王帝」と諫める。

 王帝は笑って「すまぬ、冗談が過ぎた」と言った後「では、任命式を行う」と今回の目的を執り行うこととした。


 各自の部署、配属先の任命がすんだあと、王帝は玉座から立ち上がると、声を張って一同に話かける。

「この龍王国の民のため、余の治世のため、またここにいる息子、妹たちの治世を支えてほしい」


 官吏たちは声をそろえて「御意」と言って、王帝の言葉に忠誠を尽くすように膝を地面につき、額の高さまで両手を組んで一礼をする。


 リゲルは表情を崩さず、ただ黙って王帝と王妃を見ていた。

 感情が欠落しているわけではない。ただ、この場で感情を読み取れるようなことをするわけにはいかない。正直なところ、リゲル自身、王帝がリゲルのことを『息子』と言ったことに驚きを隠せないからだ。

(これから、お子が生まれるかもしれないのに、私は仮初めの『息子』なのだ)


 任命式が終わったあと、リゲルは王、王妃の次に広間を後にしたので、廊下でポルクスとカルトスが出てくるのを待つことにした。

 瑠璃色の瞳を持ち、つややかな黒髪をもつこの皇子が廊下にいるので、侍女たちはざわついていたが、そもそも学校で何度もあっている官吏たちは、会釈をするだけで去っていく。


「リゲル、何してんの?」

 背後から少し低い声が聞こえ、リゲルが振り返ると、ポルクスとカルトスがいた。

「二人を待っていた」

「だよね」

 カルトスは知っていた、と言わんように満足げの表情を浮かべる。

「なら、いちいち聞くなよ」

 カルトスはごめん、ごめんと軽く謝り「心配? 国境近くの赴任地である北部にいくのは」と首を傾げる。

 リゲルは「当たり前だ」と言うと廊下を歩く。


 トンネルを通した北山から北西に位置する鳳国との境の都市カンランがカルトスの赴任地だ。官吏とはいえ嫁入り前の少女が赴任するにはあまりに過酷な土地である。


 ポルクスとカルトスは目を合わせ、クスクスと楽しそうに笑うのでリゲルは思わず振り返る。

「なんだ?」

「いや、リゲルって時々、僕とカルトスのこと、兄のような視点で見ているよね」

 ポルクスの言葉にリゲルはしばらく沈黙した。

「私の兄姉はあのような存在だぞ。あれと似ているというのか? もっと純粋な気持ちで心配をしていたつもりだったのだが」

 リゲルは自身の兄姉と自分が似ているといわれ、落ち込んでいるようで、ポルクスとカルトスはこの皇子の(こじ)らせ具合に申し訳ない気持ちになった。


 リゲルの後ろを歩きながら、ポルクスが「でもさあ、レグルスも一緒だから、問題ないでしょ」と言う。


 実のところ、リゲルはレグルスのことをあまりよく知らない。ロイヤルスターである、というのはトンネル工事が終わったあと、宮に戻ってすぐにポルクスから紹介をされたのだが、この男、とにかく軽いのだ。


 同じくロイヤルスターであるアルデバランと話していても、アルデバランは女人の話すことはない。だが、このレグルスという男、カルトスに馴れ馴れしい上、侍女にも話しかける色男と来ている。

 その男が初潮を先日迎えたばかりの少女と二人で、国境近くに赴任されるのだ。心配以外の何ものでもない。


「しかし、なぜあの男が官吏になったのか、いまだに理解できない」

「ああ、それは、ロイヤルスターは星宿の子の力を全て使えるから、試験を受けるのも簡単だよね」

 カルトスがこともなげに言った。

 リゲルは『手法』をきいていたわけではなく、『思惑』を聞いていたのだが、まあ、今は訂正してまで考えないことにした。


 つまり、ポルクスの知恵/知識の能力を使ったのか、もしくは人を拐かす能力の者がいれば、その者の能力を使った、ということか。

 いや、おそらくその両方か。

 ポルクスの能力で試験に受かっても、赴任先までは操れない。


 リゲルは頭を掻いて髪を崩しながら後ろを振り向く。

「とにかく、おめでとう。北部出身だから知ってるだろうが、カンランは寒い。いくつか服を用意させるよ」

 瑠璃色の瞳が空の青より深く、神秘的に輝き、カルトスに微笑んだ。

 カルトスは少しだけ歯に噛むように微笑む。


「まあ、僕は中央にいるけどね」

 ポルクスはドヤ顔でリゲルにそう言った。

「お前は女人ではないからな、私の使い古しをくれてやる」

「ありがたいし、嬉しいんだけど、なぜか対応格差を感じる」

「気のせいだ」

 

 リゲルにとって学友である二人のことを大切に思っている。リゲルの立場は随分と変わってしまったが、それでも変わらず接してくれる二人に感謝しつつ、カルトスが赴任するまでのひと月の間、学友との時間を大にしようと思うリゲルであった。

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