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5.春に咲く花。


「アンタん所もそろそろ付けなさい」



 きっかけは店長がシンちゃんに向かって言ったその一言だった。

 昼間の、丁度おやつ時を少し過ぎたあたり。お店の前の掃除をしてたら広場からせっせと手押しの屋台を押して帰って来るシンちゃんに会った。

 いつもこの時間帯に一瞬お客さんが引くタイミングがあって、上手くかち合えばこうやって立ち話することもある。大抵今日はどんなお客さんが来たとかこんなことがあったとかそんな何でもないことなんだけど。

 まぁそれはよくって。今日もいつものように店先でちょっと話してたら珍しく店長が表に出てきた。



「どうも」

「ええ。そういえばアンタ、こっち来てもう一年近いわよね」

「再来月で、ですね」



 シンちゃんは私より半年ほど早くからこっちにいるらしい。

 なんでも街の外を彷徨ってた所、ギルドのおっちゃん達に拾われてこの街に来たらしい。外ってあれでしょ?魔物とかいっぱいいるんでしょ?散々おっちゃん達に脅されてるから私知ってるんだ。

 でっかい猪に追われたとか言ってたけど、シンちゃんよく無事だったね。五十メートル走で息切れ起こす私ちゃんだったら絶対すぐに頭からパクっといかれちゃうわ。

 その時助けてくれたおっちゃん達に振舞った街の外での料理がきっかけで今のお弁当屋さんをやっているらしい。因みにそのおっちゃん達も既にシンちゃんのお弁当にメロメロにされてるので私ちゃんと同じく常連さんになっている。


 そんな罪作りなお弁当屋さんも、後二ヶ月で一周年とか。

 私はシンちゃんと仲良くなってそんなに長くないけど、なんかお祝いしたいなぁ。いつもお世話になりっぱなしだし。

 シンちゃんって自分のことは聞かなきゃ話してくれないから、元サラリーマンで料理上手ってくらいしかのこと知らなかったりするんだけど何か好きなものとかあるのかな。なんかプレゼントとかしたいなー。



「なら丁度いい頃ね、アンタん所もそろそろ付けなさい」

「付けるってアレですか?」



 ごつい握り拳の親指を立てて指差した店長につられて見上げた先にあるのはこの三、四ヶ月で見慣れた店先だ。

 うん。ちゃんと私ちゃんの掃除が行き届いていて軒先に埃やクモの巣もないしショーウィンドウのガラスもピカピカだ。我ながらいい仕事をしてる。


 特に変わったものはないけど、もしかして看板代わりになってる鉄細工のこと?

 アレかわいいよね。アルドラのはスカートの女の子のデザインだけど、本屋さんは本を開いたデザインだったり精肉店は牛のデザインだったり。同じ人が作ってるんだからすごいなぁって思う。

 そういえ最近気が付いたんだけどあの鉄細工って殆ど東向きと南向き通りのお店にしか付いてないんだよね。西は住宅街が多いからわかるんだけど、北の方はなんでだろう?何かあるのかな。



「南に馴染みの工房があるのよ。強制ではないけど、商会に入ってる所は大体付けてるわ」

「それ殆ど付けろって言ってるのと一緒じゃないですか」

「組合なんて大体そんなものよ」



 二人共苦笑いしているが、そういうものらしい。よくわからないけど。

 前にちょっと教えてもらったんだけど、この街のお店は特別な理由がない限りは商業組合、通称商会というのに入っている。色々難しい話もいっぱい聞いた気がするけど、要は商会に入っていると何かあった時にこの街の領主さんに話を通してくれたり助けてくれるんだって。


 噂の工房って言うのは家具で有名だった先代の後を継いだ二代目さんがあの鉄細工の飾りを店先に付けたら、観光客に好評だったから商会を通して色んな店に付けるかってなったそうだ。

 他にも商会の偉い人が工房の先代に恩があったとか色々理由があるみたいだけど、それは店長がこの街に来る前のことで詳しくは知らないらしい。

 というか商会ではお店開いて八年の店長もまだまだ新参者扱いされてるってどういうこと?こんな貫禄ある新参者っている?店長で新参者だったら私ちゃんなんて赤ちゃんじゃん。

 正直私は全くといって良いほど必要ないんだけど、店長がお休みくれてGOサイン出してくれたのでうっきうきでシンちゃんに引っ付いて来た所存です。実はちょっと気になってたから嬉しい。ありがとう店長、明日からまたいっぱい働くね。



****



 と、まあそんな感じでお弁当屋さんの定休日に店長に教えてもらった鉄工房に来たわけですが。

 二人して見上げた先は武器屋さんみたいな物々しい感じのお店じゃなくて普通の、雑貨屋さんみたいな店構えである。これ扉開けたらファンシーショップでも可笑しくないぞ。



「工房って、ここだよな」

「うん、そのはず」



 ふと窓ガラス越しに女の人と目があった。

 にこにこ笑って手招きしてくれているんだけどなんて言うか、私の知っている女の人となんかちょっと違う。いや。店長も私の知ってる男の人とちょっと違ったんだけど、それとはまた別の違う感じ。

 シンちゃんの服の裾を引いて女の人を見る。優しそうな笑顔の、でも植物の蔓みたいな髪に頭の上でピンクの花が咲いている女の人。ちょっと知らない人種ですね。


 いざ、鉄で出来たバラの装飾で飾られた扉を潜る。

 するとそこは不思議の国でもなんでもなくて、普通の、鉄製の装飾品とか家具が並ぶおしゃれな店内だった。



「えっと、クララさんの紹介で来たんですけど」

「ええ。お伺いしています」



 シンちゃんは店長のことをクララさんって呼ぶ。それが本名なのかどうかは置いておいて、皆そう呼んでるから多分この街では店長はクララさんなんだろう。

 ただ前にシンちゃんがボソッと「クララっていうよりレオニダスとかスパルタクスだろ」って言っていたのを私は知っている。誰の名前かはわからなかったけど多分ムキムキって意味の名前だろ。私ちゃん賢いからそういうのわかるんだ。


 女の人に言われるままに店内で少しだけ待つ。お店の奥に工房があってここの職人さんを呼んできてくれるそうだ。

 多分、あのお姉さんは魔族と呼ばれる人種の人なんだろう。

 魔族の殆どはワルハラっていう森に囲まれた国に住んでいて、他の国に移り住んでいる人というのはあんまり多くないんだとか。因みにこれは全部本屋のおじいちゃん情報ね。

 魔族には動物っぽい人だったり鳥みたいに羽があったりする人種がいるらしいけど、お花咲いてるのってなんかかわいくていいなぁ。



「お姉さんお花咲いててかわいかったね」

「俺あーちゃんのそういうなんでも受け入れちゃう所すごいと思うよ」



 なんかよくわかんないけど褒められた。とりあえず喜んでおこう。

 そんな話をしてたらお姉さんが奥から男の人を連れて帰ってきた。ムキムキだった。身長はシンちゃんとそこまで変わらないんだけどなんて言うかもう、ぱっと見で横幅が違う。

 同じくらいの背でもムキムキ度が違うとこうも印象が違うのかと思わず隣にいるシンちゃんと見比べたら無言でチョップされた。ひどい。



「キリルだ。こっちはヴェスナ」

「シンヤです。今日はよろしくお願いします」



 簡単に自己紹介をしてシンちゃんとムキムキのお兄さんはお店に付ける鉄細工のデザインがどんなのがいいかとかお仕事の話を始めたので、その間お花のお姉さんと一緒にお店の中を見て回る。

 お店のレイアウトは大きく三つに分けられている。まず片側の壁に背が高い棚だとかの大き目の家具が並んでいて、反対の壁には表や街中で見たような鉄飾り。それから中央にはテーブルやマガジンラックの他に、手のひらサイズの置物なんかもある。

 店長にその内レイアウトなんかも考えてもらうって言われている一店員としては商品の置き方とかもちょっとずつ勉強していきたい所。今の所新作とか季節のあったものを目立つ所に置くってイメージしかないからね。

 というか、置物かわいいな。ミニチュアの椅子とかトルソーは細かくてすごいんだけど、動物モチーフのやつはどれも表情が緩い。これもあのお兄さんが作ってるんだろうか。



「全部、お兄さんが作ってるんですか?」

「ええ。五年前以降の作品はね」



 五年前、というとお兄さんがお店を継いでからってことかな。店長も先代さんとか二代目さんとか言ってたし。



「五年前まで王都のギルドにいたんだよ」



 ぐるりと一周お店を見て回った頃、お兄さんの声が頭の上から降ってきた。お話が終わってシンちゃんにお店の中を案内してたみたいだ。

 王都。というとお店によく来る女の子達が噂してるあの王都?なんかすごい大きいお城があって皆の憧れらしい。いつかあんなキラキラしたところで住んでみたいって皆言うんだけど、高い所が怖い私ちゃんは出来れば遠慮したい。絶対窓の方とか近寄れない。

 まぁお城の話は置いておいて。なるほど、ギルドにいたからムキムキなのか。この街のギルドのおっちゃん達もムキムキだもんね。



「ま、剣で食ってく才能なんてなかったんだけどな」



 剣とか魔法とかが使えるファンタジーの世界でも、自分のなりたいものなれないことってあるんだなぁ。なんとなくだけど、この世界にいる人は皆自分のやりたいことをして自由に生きてるんだって勝手に思ってた。

 働いてお金稼がなきゃ生きていけないっていうのは元の世界と同じなんだけど、なんていうかちょっとだけ、向こうの世界よりもなりたいものへのハードルが低いような気がしてた。

 今まであんまり考えたことなかったけど、普通はなりたい仕事に就くにはすごい努力が必要で。たとえどんなに頑張ってもなれないことだってあるんだよね。



「未だに家具については親父の方がよかったって奴らもいるけど、うちの今のメイン商品はこっちだよ。嬢ちゃんもゆっくり見てってくれ」



 お兄さんはテーブルの上に行儀よく並べられた置物の一つを私の目の前に差し出した。



「笑ってるカエルさん」

「ふふ、貰ってあげて」



 そう言ったお花のお姉さんは相変わらずにこにこしている。

 小さなカゴを持ったカエルがぱっかりと口を開けて笑っている小物入れだ。なんというかまぁ、顔が緩い。いいの?貰えるなら嬉しいし抹茶パフェの容器と一緒に机の上に飾るけど。



「貴方達のこと気に入ったみたいだから」

「ありがとうございます?」



 とりあえずお礼言っておこう。

 お仕事頼んだシンちゃんはともかく、私とかただ付いてきただけで何にもしてないんだけどな。お店でもお姉さんと一緒に見て回ってただけだし。

 帰ったら店長に相談して何かお礼考えよ。



「あの人の作品が街の皆にちゃんと認めてもらえたのは本当に最近の事なのよ」

「そうなの?」

「ええ。ずっとお父様の作った家具の方がいいって言われてきたから」



 店長はかわいい服を作りたくて死ぬほど努力したって言ってたけど、やっぱりお兄さんも苦労したんだろうか。

 お兄さんの場合、なりたかった仕事を諦めてこの街に戻って来ていて。その上後を継いでからもお父さんとずっと比べられて。想像しかできないし、きっと想像以上に色んな事があったんだろうけど、大変だったんだろうなぁって思う。

 でも、今話しているお姉さんもさっきカエルの置物をくれたお兄さんも、しんどいとか辛いって感じは全然しない。むしろちょっと得意気だ。



「それでも。何か一つでもお父様の作品を上回るものを作ることが出来ればいいって、来る日も来る日も鉄を打ち続けたわ」

「それで出来たのが鉄飾りと、この置物……」

「ふふ、かわいいの作るでしょう?」



 手のひらの中にいるカエルはお姉さんの言う通りかわいい。

 多分だけど。このお店にある動物モチーフの置物の表情が緩いのは、多分お姉さんがそうやって笑ってくれるからだ。

 王都から帰って来て、お店を継いで、お兄さん作った物がこの街の人達に認めてもらうまでの年間。それまでの間ずっとお姉さんがお兄さんを支えてきたんだと思う。だからお兄さんも、お姉さんがかわいいと言って笑ってくれる物を作ろうと考えたんじゃないかな。



「鉄みたいに打たれ強くて真っ直ぐな人よ、だから私はあの人の背中を見ていたいの」



 きれいだ。

 お姉さんの見ている方向にはシンちゃんとお兄さんがいる。何を話しているのかまではちょっと聞こえないけど、見方によってはちょっとお兄さんが鉄飾りを自慢しているような表情にも見える。

 二人を見るお姉さんの笑顔はすごく優しくてきらきらしていた。

 お店に来る女の子達が服を選ぶ時のきらきらとはちょっとだけ違うそれは、うまく言えないけど、とても素敵なもので。私はまだそれを体験したことがなくて、ほんの少しだけ羨ましい。

 いつか私もあんな風に花の咲いたような笑顔を「誰か」に向ける日が来るのかな。



「キリルさんとヴェスナさんが良い人で助かったよ」



 工房にいたのは時間ちょっとだった。今日は大まかな雰囲気を決めただけで、これから何回か打ち合わせをしてきちんとしたデザインを決めるらしい。

 店長に報告する為にシンちゃんと二人してアルドラに向かって普段はあんまり奥まで来ない南向き通りを歩く。

 ちょっと凸凹する石を敷き詰めた道もこの数ヶ月ですっかり歩き慣れてしまった。

 絶対にこっちの世界に来る前より足腰鍛えられてるし、何だったら体重は変わってないと思いたいけど太腿は少し逞しくなった気がする。……痩せたい。切実に。



「キリルさんと話してる間放っておいてごめんな、退屈じゃなかった?」

「大丈夫、ずっとお姉さんと話してたからね」

「そっか」



 シンちゃんは、良い人だ。

 私が同じ境遇だからかよく気にかけてくれる。お昼のお弁当もそうだし勉強も見てくれる。優しい人だと思う。

 もし、もしもだ。いつか私があのお姉さんのように、たった一人の人を大切に想う日が来るのなら。



「楽しかった?」



 シンちゃんみたいな人がいい。

 別にロマンチックでも何でもない、すっかり歩き慣れた石を敷き詰めた街路を歩く昼下がりの午後。笑いかけてくれる世界規模の迷子仲間に頷き返しながら、そんなことをぼんやりと考えた。


 それからしばらくしてシンちゃんの屋台にはナイフとフォークのデザインの、ピカピカな鉄細工の装飾が光るようになった。


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