4.魔性の女ってすごい。
この街を出てすぐのところに大きな学園都市がある。
そこは普通の子の他に家が大きい商売をやっている子とか王子様とか国の偉い人の子供とかが通っているらしい。
なんか私からしたら不思議なんだけど、この世界では学校って言うのは基本的に貴族の人が行くものなんだって。例えば私ちゃんみたいにお父さんが普通のサラリーマンだったりするとわざわざ学校に行かないんだとか。なにそれ、羨ましい。
課題やらなくていいんでしょ?なんかよくわかんない変化を遂げた英単語とかも見なくて済むんでしょ?SとかVすら意味が分かんないのにOとかCって何?この前「areの過去形はw足すだけだよね」って聞いたらシンちゃんに真顔で「違うぞ」って言われた。
日本から出なかったら英語とか使わないしわかんなくてもいいじゃん。って思ってたんだけど、英語圏どころか世界規模で違うところに来ちゃったんだよね。不思議と話言葉は通じるんだけど。
シンちゃん曰く文字の綴りはフランス語に近いらしい。フランス語とかボンジュールくらいしかわかんないけど。
それは置いておいて。なんで学校の話をしたかって言うと、なんとなく。なんとなくだけど、貴族の人と普通の人の距離が近いなぁって思ったからなんだけど。
学園都市が近い事もあって週末とか学校が休みの時に若い貴族の人達がカフェにお茶しにとか、雑貨とかを買い物に来たりしてる。私が街で時々見かけるのはドレスとかじゃなくワンピースとか着てる姿で、普通のワンピース着てても雰囲気があるから最近はあの人貴族の人だなぁって言うのがわかるようになってきた。
貴族の人って普段からすごいキラキラしたドレス来てるんだと思ってたけど、別にそういうわけじゃないんだね。
本屋のおじいちゃんから聞いたんだけど、学園の子は普段はそれぞれで派手になりすぎない程度にアレンジした制服を着てるんだって。学内であるパーティーの時とかはドレスを着たりもするけど、普段のお休みはシンプルなワンピースで過ごす子も多いんだとか。
おじいちゃんは昔学園で働いてたらしいんだけど、図書館の司書さんでもしてたのかな。
因みにアルドラにも学園から遊びに来てくれる女の子がいて、商家のロゼッタと騎士家系のヒルダは最近仲良くなった。二人共私ちゃんが働き始めてからお店に来るようになったお客さんだけど、最初から店長に驚かなかったので尊敬の対象だ。
聞けばヒルダのお父さんやお兄ちゃんがムキムキらしい。普段は騎士として鎧を着てるのでわからないが脱いだらすごいのだと興奮気味に語ってくれた。思わずロゼッタの方を振り返ったけど、ロゼッタはロゼッタで家が貿易商だからかムキムキは海の男達で見慣れているらしい。なんかこの世界ムキムキに対して理解が深すぎん?
男の人はムキムキの人多いし、女の人もムキムキが嫌って人は少ないし。なんかもう私も街で上半身裸のムキムキがいても驚かなくなってきた。
そんなムキムキの話はいいんだよ。私ちゃんが話したいのはムキムキについてじゃなくて、私も含めてだけど貴族の階級を持ってる人とそうでない人距離が近いなってこと。
ヒルダの家も貴族の階級持ってるって言ってたし、そういう人達が普通に話しかけてくれるから最初少しびっくりした。元の世界じゃ貴族とか偉い人は黒スーツの人に囲まれてて私ちゃんみたいな下々の者が話しかけたり出来ない感じだったし。
まぁ私ちゃんからしたら構ってくれる人はウェルカムなのでいっぱい話かけてくれるならすごくうれしいんだけど。
とにかくそんな感じで街の中でも普通に貴族の人と普通の人とが話をしてたりする。なんでそんなことが気になるかって言うと目の前にいかにもな感じの男の人といつも教会にいる女の子が楽しそうにデートしてるからなんだけど。
今日はお店お休みだから色んな人に構って貰いながら散歩してカフェで一休みしてたら二人が向かいのお店に入っていくのが見えたのよ。二人共すごい美人だからつい見入っちゃった。
「うわー、綺麗な人」
「あら、知らないの?第三王子のオスカー様よ」
どうやらあの二人に見とれていたのは他の女の子も一緒みたいで、私と同じようにカフェで休んでいたその子達の話によるとあのいかにもな男の人はこの国の王子様らしい。王子様とか初めて見た。
あとその王子様と一緒にいた人の名前は、確かマリアベルさんだ。
前に教会にいつもお祈りに行っているおばあちゃんに聞いたことがある。すっごい美人さんで、髪がすっごい綺麗な薄ピンク色なの。私は話したことないけどいつもにこにこしてて優しそうな人だなぁって思ってた。
聖女様候補?って言って教会の大事な役職になる予定の人らしい。他にも聖女様候補の人はいるみたいだけど、マリアベルさんになるんじゃないかって言われてる。
私役職とか美化委員くらいしかやったことないからすごいと思う。結構大変なんだよ?美化委員って。掃除道具の数確認したり誰が見るのかわかんないけど一応ごみのポイ捨て禁止のポスター描いたり。まぁ私の事はいいんだけど。
教会ってなんて言うんだっけ、政治と宗教は別にしましょう、みたいなのがあるらしくて教会の中で働いている人は貴族の階級は持ってないんだって。
つまりマリアベルさんは私と同じ普通の街の人で、そんな人が王子様とデートしてるのを見るとシンデレラとかおとぎ話の中の話みたいに感じる。この世界では身分とか関係なく普通に恋愛するんだなって。とてもロマンチックでいいと思うよ!
ただ私はマリアベルさんとは話したことないんだよね。
勿論この街の人皆と友達になったってわけじゃないし、他にも話したことない人だっているんだけど。
本物の王子様と並んでいてもお似合いの美人さんとか話しかけるのは勇気いるんです。流石にムキムキには慣れたけど本物の美人とかちょっと前まで田舎のJKしてた私ちゃんにはテレビの中だけの存在だったんで。
でも本当に綺麗な人なんだよ。魚屋のお兄さんもメロメロになってたし、十人が十人振り返るくらいの美人さん。
誰にでも優しくって色んな人に好かれてて、彼女こそが次の聖女様にふさわしいって皆に言われているらしい。多分魚屋のお兄さんに聞けばもっと色々マリアベルさんの事教えてくれそう。
まぁまず、教会が何してる所かわかんないからマリアベルさんが何してる人なのかもわかってないんだけどね!私お寺と神社の違いもよく分かってないんだけどこれもしかしてシンちゃんに聞いたら呆れられるやつかな。
あ、でも最初の聖女様のお話は本屋のおじいちゃんに教えてもらったから知ってる。
人間の持ってる魔術を使う力と、魔族の持ってる魔法の力が暴走しどちらか一方に傾倒しないようお祈りをし続けた女の子の話。
昔、人と魔族の仲が良くなかった頃に教会の女の子が勇者様と一緒にその時の魔王様の所に行って色んな約束事を取り決めたらしい。その約束事のおかげで、今も人と魔族が戦争とかしないで同じ街に仲良く住んでいられるようになったんだって。
じゃあギルドのおっちゃん達がドラゴンとか魔物は大丈夫なのかって言うと、魔物と魔族は微妙に違うらしい。魔族は意志を持った人によく似た種族で、魔物の方は動物に近い種族みたいだ。
……ワニだったり鳥だったり動物だったり、ドラゴンっていったい何なんだろう。
食用になってるドラゴンの事は一先ず置いておいて。
そんなすごい聖女様と同じ役職に付いてるマリアベルさんもきっとすごい人なんだろうと思います、まる。
教会は誰でも入れるらしいから今度行ってみるのもいいかもしれない。元の世界では結婚式やってるイメージしかなかったけどこっちでもやってるのかな?こっちのウエディングドレスとかどんなだろう。
ドレスとかは店長に聞いたらいっぱい教えてくれると思う。前に見せてもらったスケッチブックにドレスのデザイン画もあったし。
ああでも、雰囲気とか聞くんだったらやっぱり精肉店の双子が一番色々教えてくれるかなぁ。マー坊とハーちゃんは九才だけど友達も多いし、いつもこの街で冒険してる情報通だ。時々なんでそんなこと知ってるの?みたいなことまで知ってたりする。ちびっこの情報網侮れない。
そういえば、前に二人にマリアベルさんの事を聞いたことがあるっけ。何だったかの話の流れで聞いたんだけどそれぞれ意見が違って面白かった。
マー坊は確か、あんまりマリアベルさんについては興味がなかったみたい。
綺麗だとは思うし他の友達は遊んでもらったとか言ってたけど、女は一緒に遊ぶ相手じゃなくて守ってやる相手だろ?それより何食ったらお前んとこの店長みたいにムキムキになれるかな?って言ってた。
なんかもうマー坊かっこよすぎん?取り敢えずその時は前日の晩御飯の献立教えてあげたけど、マー坊は本気で店長の筋肉に憧れてる気がする。その内気が付いたらムッキムキになってるのかな。
それに対してハーちゃんはちょっと違った。
あれはよくない女よ。なんでってそんなの女の感よ!
信者ににこにこしてたり、お布施を受け取ったりするのはいいのよ。でも、あの女自身に貢ぐ男がいて、それを諫めないなんて聖職者としてもどうなのって話なのよ。
しかもいろんな男に気を持たせておきながら自分は聖女だからなんて言ってキープしてるだなんて、そんなの良くない女に決まってるわ!って一気に捲し立てられてちょっとびっくりした。
ハーちゃんはおませさんだなぁ。ところで君達ほんとに九才児?
確かにマリアベルさんは色んな人に好かれていると思う。
すごく美人さんだし、魚屋のお兄さんみたいなお察しの人もマリアベルさんを好きな人の中にはそれなりにいる。
だからといってハーちゃんの言うように良くない女の人なのかといわれると私ちゃんにはちょっとよくわからない。
マリアベルさんがどう考えているのかはわからないけど、周りの人はマリアベルさんの事が好きであれこれ先回ってやってるんでしょ?好きになってもらいたいからって気持ちはわからなくもないけど、なんか皆愛に生きてるなーって感想しか出てこない。
ただ街の人だけじゃなく王子様まで虜にしている辺り、マリアベルさんは相当魔性の女なんだろうとは思うけど。
と、まぁそんなことを考えていたらマリアベルさんと目があった。
向かいのお店でのお買い物が済んだのか出てきた所を、ぼんやり眺めてた私とばっちり。え、めっちゃ綺麗なお顔で微笑まれたんだけど。っていうかこっち来てない?私ちゃんなんかしたっけ!?
「素敵なお洋服ね」
「あ、ありがとうございます?」
それだけ言うとマリアベルさんはそのまま王子様と話しながら通りの向こうへ行ってしまった。すごいビビった。なんかしちゃったかと思ったじゃん。普通に話しかけられただけだけど思いっきりキョドっちゃったし。
とりあえず落ち着こう。さっき頼んだ紅茶でも飲もう。マリアベルさんと王子様、それから王子様の護衛っぽい人達がぞろぞろ連れだって歩いていく背中を眺める。
「失礼、お嬢さん。少しよろしいですかな?」
「ふあい!」
ビビった、変な返事出た。
咽そうになるのを我慢して顔を上げたら、ビシッとしたスーツに素敵なおヒゲのおじいさんがいた。私ちゃん知ってる。この人絶対執事さんだ。さっきの王子様のお付きの人そんな感じの人なんでしょ。
「そちらのお召し物ですが、どちらのお店で購入したのか教えてもらえないでしょうか?」
私の主人が気になっておりまして。とか言いう執事さんの話を聞きながらやっぱりなと思う。さっきの私とマリアベルさんの会話だけでこれ聞きに来たとしたら、王子様マリアベルさんにメロメロすぎん?
一先ずお店の場所を執事さんに伝えよう。お客さんとしてマリアベルさんと一緒に来てくれる分には私ちゃんも店長もきっと大歓迎だから。美男美女で足を運んでくれるだけでお店の宣伝になるから。
「え、と。私が働いてるアルドラって言うブティックです。東向き通りにあって」
「ふむ、もしやアスターテという古書店のはす向かいのお店ですか?」
「そうです、そこのお店です」
「そうでしたか。貴重な情報、ありがとうございます」
にこにこ笑うおヒゲの執事さんを見送って改めて一息付く。
なんか疲れた。
こっちの人美人な人多いけど、美人すぎる人はちょっと私だめかも。緊張して疲れちゃう。特に何か用事があったわけでもないしそろそろ帰ろうかな。
店員さんにお会計お願いしてお店に帰る。多分そろそろ布の仕入れに行ってる店長も帰って来てる頃だと思う。美人な人も好きだけど、見慣れたムキムキの方が安心する辺り私もすっかりこの世界になじんできたなぁ。
お店の二階にある居住スペースに戻れば、案の定見慣れたムキムキがいたのでさっきあったことを店長にあったことを話したらちょっと渋そうな顔をしてた。
後日お店の服を全部買い取りたいって言ってきた貴族の人が何人かいて魔性の女ってすごい。
でもそれを普通に断ってる店長もっとすごいって思いました、まる。