3.こういうのでいいと思う。
店長曰く、この世界に私と同じ境遇の人は意外といるらしい。
この街に留まる人は少ないけれど、外から来てまた他所へと旅立っていく人の中には少なからず「自分はこことは違う世界から来た」というような人がいたりする。
その人達が皆私と同じ世界から来たかというと、ちょっとわからないけど本屋のおじいちゃんが言うには昔からその手の話はあったらしく、古い冒険物語の中にも違う世界から来た凄腕の剣士とかが出てくるそうだ。
あんまり本とか読まないけどそういうのならちょっと読んでみたい。ある日突然元の世界に帰れた人っぽいもいれば、そのままこっちの世界で暮らした人の話もあるから何が原因とかどういう理由かとかはわからないみたい。
あと、そういう人は冒険者ギルドっていうムキムキの巣窟みたいな所に入ってることが多くてそこで帰る方法探してたりする。
一応ムキムキじゃなくてもギルドに入れるらしいけど魔法とか特技がないと危ないからダメだって、よく店長をスカウトに来るギルドのおじさんが言ってた。特技……二重跳びなら出来るんだけどな。
とにかくそういう感じで。違う所から来た人というのは意外といないようでいる者らしい。
例えば今私ちゃんの目の前で焼肉弁当を売ってるお弁当屋のお兄さんとか。
「あーちゃん今日の唐揚げ下味変えてみたんだけどどう?」
「めっちゃうまい」
のほほんとしたお兄さんに促されて口いっぱいにお肉を頬張りながら頷く。
このお弁当屋のお兄さん、もといシンちゃんはどうも私と同じ世界から来たらしい。前に広場でスマホ触ってたら話しかけられてスマホの充電器貸してくれたからとても良い人。
というか鞄にソーラーパネルみたいなのが付いてて、それが充電器になるとか思わないじゃん?シンちゃんは仕事が忙しかった時に深夜の通販番組見てて気が付いたら買ってたとか言ってたけど、ビジネスバッグって言うの?でっかくて四角い鞄から充電のコードが出てきた時は思わず笑った。
それからアルドラのお昼休みになるとお弁当屋買って食べながら時々スマホの充電をさせてもらってる。相変わらずインターネットには繋げないし、SNSの既読も付かないけど、カメラロールの数字だけは増えた。
何より驚いたのは向こうの世界にいたときは暇さえあればスマホ触ってたのに、意外とスマホなしでも生活出来ていること。まぁ触ってても電波がないからか開きさえしないアプリが多いし、まともに使えるのがカメラとか電卓みたいな最初から入ってるアプリしかなかったからなんだけど。
因みにカメラロールの中身は仲良くなった人とか、こっちに来た時持ってたペットボトルに挿した花屋のお姉さんに薦められた花の一輪挿しとかだ。ついでに言うなら広場で食べた抹茶パフェの容器もどう捨てていいかわからなかったから綺麗に洗って私ちゃんの部屋の小物入れになっている。
それをシンちゃんに話したら引っ越し直後のごみの回収日に悩む感覚と一緒にじゃんと笑われた。仕方ないじゃん、ここプラスチックごみの回収日ないんだから。
「今日の分の野菜持って来たわよ」
「いつもありがとうございます」
「いいのよ。あ、この間教えてくれたレシピ子供に好評だったわ」
主婦か。
仕入れ先の八百屋の奥さんと世間話を始めたシンちゃんを眺めながらお弁当のコロッケを頬張る。うん、ほくほくして美味しい。
元の世界とこっちじゃ野菜も違って使ってるのは私もよく知ってるジャガイモじゃないらしいけど美味しいからなんの問題ない。店長も料理上手だし美味しいけどシンちゃんのお弁当は見慣れた料理が入ってるのがやっぱり嬉しいよね。
シンちゃんのお弁当って基本二種類あって今私が食べてる唐揚げ弁当と野菜炒め弁当がある。ついお肉に引き寄せられちゃうけどどっちもおいしい。
唐揚げ弁当はメインの唐揚げと日替わりで入る野菜が美味しい。野菜炒め弁当はその日によって違うカラフルな野菜と春巻きが美味しい。何なら両方に入ってる卵焼きとコロッケも美味しい。
そうそう。コロッケは唐揚げ弁当と野菜炒め弁当で味が違う。野菜炒め弁当の方のコロッケは中がオレンジっぽくてちょっと甘い。前に中身何使ってるのか聞いたら赤みの強いカボチャみたいなやつって言われた。
「あら。いいの食べてるわね」
「めっちゃうまい」
「さっきからこれしか言ってくれないんですよ」
「いいじゃない。うちの人なんか何聞いてもうん、かああ、としか言わないんだから、これくらい可愛いもんよ」
ごめんね。八百屋の奥さんにはいつもお世話になってるけどお口いっぱいだし食べるので忙しい。
それもこれも全部シンちゃんのお弁当が美味しいのがいけない。あ、今日の日替わり野菜のきんぴらごぼう美味しい。
普通に学校行ってた時もお昼のお弁当は楽しみだったけどこっち来てからも、全く違う材料で食べなれたメニューを食べられるのはすごく嬉しい。やっぱりご飯って偉大だな。
「はーうま。ごちそうさまでした」
「はい。お粗末様」
最後の一口を食べきって手を合わせる。大変美味しゅうございました。私ちゃんは今日も満足です。
因みにこのジャパン風の食前、食後の挨拶はこっちの世界にはあんまり広がってない文化らしい。あるにはあるけどそれは、神様に対して「今日も命をありがとう」って意味で教会の人がやることなんだって。
皆がやらないなら代わりに私がやっておこうかな。今日もご飯が美味しかったです。神様ありがとう。
持ってきた水筒の水を飲んで一息。
広場には中央にある噴水の他にいくつかのベンチと時計がある。まだ時間には余裕があるからもうちょっとゆっくり出来るな。
もうすっかり見慣れてきたけど、この街の至る所にある鉄細工の装飾って一人の人が作ってるんだって。この街頭時計もそうだし、アルドラにもあるけどすごいよね。綺麗だし近くで見ると結構デカい。どうやって作ってるんだろう。
「本当にうまそうに食うね」
「おいしいのをマズそうに食べるのって難しいと思うよ?」
本当はお弁当の容器は洗って返すんだけど、いつも店の横で話ながら食べるからシンちゃんが回収してくれる。申し訳ないけどありがたいからつい甘えちゃう。
こういう所に私の女子力の無さが出てくるんだよなー。でも女子力で生きていける訳じゃな……生きていけてるね、目の前の人とか。
やばくない?シンちゃん私より女子力高いわ絶対。料理上手で見た目も綺麗なお弁当毎日量産してるとかマジ神かよ。拝んでよ。
「なにやってるの?」
「女子力上がらないかなって」
「なんだそれ」
ご利益あるかわかんないけど、とりあえず拝む。
料理は……まあ出来ないことはないですけど?でもでも、自分が作るよりもずっと美味しいご飯が目の前にあったらそっち選ぶじゃん?しかも毎日食べること考えたら豪華すぎず適度に家庭的なお弁当作れるとか最高だと思う。
明日朝起きたらめちゃくちゃ映える料理作れるようになってないかな。
「お店開けばいいのに」
「店舗借りれるほど金ねぇ」
「うーん、じゃあどっかのお貴族さんのお抱えとかはー?」
「俺はフレンチ作れねえし、ケンでもないから殿様のシェフには成れないなぁ」
ケンって誰よその男。
シンちゃんって時々よくわかんないこと言うけど、普通のサラリーマンだよね?今お弁当屋さんやってるけど。
「おう、今日も来てんのかチビ助」
「いえーい、ほぼ毎日いまーす」
この世界に来ていい加減見慣れてきたムキムキのおっちゃんがにこにこしながらやって来た。
この広場すぐそこにギルドがあるからムキムキとの遭遇率高いのよね。皆威圧感あるしそこかしこに傷があったりして怖いけど話してみると皆気のいいおっちゃんお兄ちゃんの事が多いからよく構ってもらう。
因みにおっちゃん達に構って貰ってるとその奥さん達にも優しくしてもらえるので私ちゃん的にはとても嬉しい。構ってもらえるのは大好きですので。
と、まぁこんな感じで休みの日以外のお昼の時間はシンちゃんやいろんな人に構って貰いながら過ごしている。まぁつまり一週間の内五日は遊びに行ってるわけなんだけど。
もう大分慣れてきたけどこっちの世界って一週間は七日だけど一ヵ月は四十五日だったり一年は十三ヵ月だったりするんだよね。
シンちゃんが教えてくれたんだけどこっち星は地球より自転と公転?が遅いんだろうって。なんかすごい転がってるけどちゃんと起きあがれるのかなって、聞いたら「中学で習う内容だぞ」とシンちゃんに怒られました。でも授業中ってものすごく眠くならない?
その後週休二日と完全週休二日の違いについて社会に出たとき役に立つからと、色々教えてもらったけどサラリーマンの闇を見た気がする。
「いらっしゃい、バーナムさん。一応聞きますけど今日は何にします?」
「とりあえず肉だな」
「おっちゃんいつも肉よね」
「女房は野菜も食えっつーけど肉食わねえと力出ねぇだろ」
確かに。
お肉は元気の素だよね。特にギルドの人達って魔物と戦ったりダンジョン?って所潜ったりするらしいからか、お肉いっぱい食べる人が多い。他のシンちゃんのお店の常連さんとかもお弁当二つ買う人もいるし。
そういえば店長もおっちゃん並みにムキムキだけど、店長は何のために鍛えてるんだろ。服作るのにいる筋肉っていったい何なんだ。
「っつーわけでオラ、肉出せ肉。昨日レイロの奴がドラゴン落としたの知ってんだぞ」
「焼肉弁当一つで880シルでーす」
お肉の事になると柄の悪くなる常連のおっちゃんに絡まれるお弁当屋さん眺めながら水筒の中身を減らす作業に戻る。
シンちゃんのお弁当は基本的に唐揚げ弁当と野菜炒め弁当の二種類だ。でも時々もう一種類、焼肉弁当が追加さる時がある。まぁどういう時かというと、ギルドの人達がドラゴン倒して街に持って帰って来た翌日なんだけど。
ギルドの人達が持って帰って来たドラゴンを鱗とか爪とか使える所を分けて、残ったお肉の一部をシンちゃんが買い取って作ってる。どんなお弁当かって言うと、分厚く切ったお肉がデデーンとお米の上に乗ってるだけの焼肉弁当とは名ばかりなステーキ丼だ。
今の所まだ私ちゃんは食べた事ないけどドラゴンのお肉に端に申し訳程度に添えられた葉野菜に少しの哀愁を感じる。
焼肉弁当を買って、そのまま街道の方へ行くおっちゃんに手を振る。多分このまま何かの依頼に行くんじゃないかな。
と、いうか。ギルドの皆って割と負けず嫌いな人が多いから何ヶ月かしたらまた誰かしらがドラゴンやっつけて来るんじゃないかと思ってる。例えばおっちゃん辺りとかが。
「ドラゴンって食べれるんだね」
「ワニ見たいな感じかな」
「そもそもワニなんて食べたことない」
食べられるって言うのは聞いたことあるんだけど中途半端な田舎の地元にそんなもの食べれる所ないよ。普通に暮らしてたらワニなんてテレビか動物園ぐらいでしか見ない。むしろ食べた事あるシンちゃんの方がおかしくない?
一体どんな所ならワニを食べられるんだろ。こっちにもワニっているのかな。別に食べたいとは思わないんだけど。
多分きっと普通にドラゴン食べてるからこっちの人はワニも食べられるんだろうな。なんか、なんだろ?シンちゃんの事だから多分美味しく料理されてるんだろうけど、ワニもそうだけどドラゴンの肉とか未知の食材だから食べるのにちょっと勇気がいる。
見た目だけならすごく美味しそうなんだけどね、ステーキ丼もとい焼肉弁当。でもこのお肉がドラゴンのだって先に聞いちゃったし。何ならこっち着てすぐにギルドの皆がドラゴン運んでるの見ちゃったしな。食べるのはもうちょっと勇気出てからにしよ。
というか、ギルドの皆が言うには街に皆が運んでくるドラゴンは小さい奴がばっかりだとか言ってたけど、充分でかくない?ギルドの入り口の扉から中に入れれなくていつも広場の一角占領してるじゃん。あんなのに遭遇したら私絶対泣く。
「んーなんだろ。上品な鳥肉?」
「ドラゴンって鳥なんだ」
新事実。
ドラゴンの手足は鳥の足に似てるから進化の流れが同じだとか、シンちゃんが色々教えてくれるけどあの、私ちゃん一応現代っ子なので鳥の足とかじっくり見た事ないです。確かに地元は田舎だけど、テレビとかで出てくるおばあちゃんの家程じゃないしちゃんと道もコンクリートなんで。
ギルドの皆とかがいっぱい集まって広場の一角でドラゴンの解体やってる所は活気があってすごいとは思うけど、鱗とか爪とか剥がしてる所ってちょっと怖くない?
料理出来る状態まで加工されちゃえば平気なんだけど途中の状態を見るのはちょっと。痛そうなのはやだなぁ。
一応誰かがドラゴンを持って帰ってくるのも何ヶ月かに一回の事だし、そもそも量が街中に行き渡る程もないので、私が食べようと思ったらシンちゃんのお弁当になるんだろうけど。まぁとりあえず今回とその次の時はまだいいかな。
さて、そうやってぐだぐだしている間にもうすぐお昼休みも終了のお時間です。
店長に住まわせてもらってるし服触るのもお店も好きだから構わないんだけど、休憩が終わる瞬間っていうのはどうしてこう憂鬱なんだろう。まぁお店に戻ったら戻ったで普通に頑張るんだけど。
それでも憂鬱な気分は変わらないのでこういう時はあれだな!ご褒美が必要だな!
「明日の献立は?」
「喜べ。明日はなんと豚汁が付くぞ」
「よっしゃ!これで明日まで頑張れる!」
ご飯大事。月二回くらいの間隔で付くシンちゃんの豚汁はとても美味しい。ご褒美にはぴったりな献立を教えてもらったので残りの時間も元気にお仕事頑張ろう。
持ってきた水筒を引っ提げてベンチ立ち上がる。ご飯も食べたし、ご褒美も用意されてる。これはもう私ちゃんの勝ちが決まったようなものなのでは?
帰ったらまずお洋服整理して備品の減り具合チェックして、手が空いたら表も掃除しよう。今の私ちゃんは勝利が確定してるのでどんなことでもご機嫌で熟せてしまうのだ。
「お仕事がんばれ」
「うん、まっかせてー!」
シンちゃんに手を振って広場を後にする。
さぁ、午後も頑張るぞ!