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11.見慣れた街の真ん中で。


「これに合うものを見繕ってくれ」



 真っ黒なお兄さんが美少女な女の子を突き出してそう言った。

 自分でもちょっとその言い方どうなのって思ったけど、それ以外い言いようのないくらいお兄さんは真っ黒だった。綺麗な黒髪を腰くらいまでまっすぐ伸ばして真っ黒なドレスローブを纏っている。生地は良さそうだが刺繍まで真っ黒だ。

 他に特筆すべき点はとてもお顔がいいということしかない。というかこの世界の顔面偏差値おかしくない?


 そんな真っ黒なお兄さんとは対照的に差し出された美少女は全体的に白くて、ものすごく目を引く二人組である。

 あんまりこう、口に出して言うべきじゃないんだろうけど二人共お耳が尖っているのだ。お耳がとがっている種族の人は二種類しかいない。一部の魔族と、ほとんど人前に姿を現さないエルフという種族だ。

 どちらの種族も昔あった戦争が原因でほとんどの人が自分たちの住んでいる所から出てこないって本屋のおじいちゃんに教えてもらったんだけど、二人はどっちなんだろう?

 いや、どっちでもいいか。二人がどちらの種族でも私ちゃんのやることは変わらない。たくさんお洋服を見てたくさん楽しんでもらう。それでお気に入りの一着を見つけてもらうだけなのだ。


 そうと決まれば。いつもの様に元気よくお迎えして試着もガンガン薦めていこう。

 店長の作った服はもちろん可愛いし、お客さんも美少女だ。何を着ても似合わないわけがない、これが勝ち確定というやつか。



「十、いや二十は必要か?」

「そんなに必要ありません、以前仕立てていただいたものもあるのですから」

「年頃の娘は何かと物入りになるものだろう」



 仲良しさんだなぁ。意見が食い違っているのに二人共すごく楽しそうだ。

 綺麗な人たちがにこにこしているのは目にも心にも優しいので好きです。こっちまでにこにこしてきちゃうよね。出来ればそのままずっと仲良しでいてほしい。



「私は店ごと買い上げてもいいのだがな」

「魔王様」

「だめか」

「だめですよ」



 西の森には魔王が住んでいるという。

 読んで字の通り魔族の王様だから、魔王。そうか、黒いお兄さんがおとぎ話に出てくる魔王様なのか。勇者様や聖女様と色んな約束ごとを決めたって聞いたけど、思っていたよりもずっと優しそうで安心した。

 そりゃあ「皆で手を取り合って仲良く暮らしていきましょう」って約束を呑んでくれたんだし、悪い人では無いよね。


 西の森はちょっとじめじめしてて肌寒いって聞いたけどカーディガンとかは織物薦めて大丈夫かな。

 嫌だよね、じめじめしてるの。髪はへたるし、服は湿気で張り付くし。くっつくと気持ち悪いからオーバーサイズのとか柔らかめの生地の後で案内しよ。確か昨日整理した時に奥の陳列で見たし。

 この街は一年を通して割と暖かいから羽織物も薄目のが多いんだけどもしかしてもうちょっと厚めの生地の方がいいんだろうか。ニット系って、今あったっけ?在庫確認できてない、やばば。


 魔王様の方は奥から出てきた店長が接客してくれるらしくさりげなく雑貨コーナーの方に案内している。さすが店長、それとなくプラス一点買わせるつもりでいるらしい。

 あんなぐらいの接客力ってどうやったら身に付くの?



「ごめんなさいね、突然」

「いえいえ。仲が良いんですね」

「そう見える?」

「ええ、お二人共とっても楽しそうでしたし」



 照れくさそうに美少女が笑ってくれた。

 聞けば美少女は魔王様に保護されたエルフらしい。ごめんちょっとどう違うのかよく分からないんだけど、魔族って言うのは所謂人以外の人種の総称らしくて、魔族とエルフの違いは住んでる所とか文化の違いらしい。なんか曖昧過ぎん?

 つまり魔王様に引き取られた美少女は元エルフで現魔族ってこと?魔王様もお引越しとかすればエルフになる可能性があるってことでいいの?


 よくわからないが、まぁ美少女が笑っているので大丈夫ということにしておこう。この魔王様は元の世界の物語によく出てくる悪いやつなんかじゃなくて、美少女のことを大切にしてくれる良い人なのだ。

 でもって美少女と末永く仲良く暮らしています。で、めでたしめでたしなのだ。魔王様が悪い人とは限らないって、そういうのがあったっていいじゃないか。

 シンちゃんに話したら「世の中には週二で走り屋になるシンデレラがいてもいいはずだ」って笑ってくれるだろう。

 きっと、それでいいのだ。ずっと仲良く笑ってあっていられるなら、それでいてお互いを大事にしあえるのなら。それはとても素敵なことだ。



「少し不安だったの」

「不安、ですか?」

「あの人はたくさんの物を私にくれるのに、私には何も返せるものがなかったから」



 大切にしてもらっている、優しくされている。それはとてもうれしいことで、とても幸せなこと。あの人からもらう優しさがとても愛おしいのだと、きらきらした表情で彼女は言う。

 それがすごく綺麗で、眩しいと思った。その気持ちはものすごく素敵なもので、とてもかけがえのないものなんだろうと。

 それは私が、知っているけれど知らないものだった。


 きらきらした世界の中で彼女は笑っている。綺麗で、素敵で、幸せそうで。でも本当はそれだけじゃない私が知らないふりをして来た世界。

 彼女は不安という言葉を使って言い表したそれは、そこに至るまでも、その先にも付きまとうものだ。苦しくはないのだろうか。辛くはないのだろうか。どうして、不安を感じながらもそんな風に幸せそうに笑えるんだろうか。

 上手く言い表せない心の中のもやもやが苦手だった。知らないものや、わからないものを見ないようにして来た。言葉に出来ないものは最初からないのと一緒なのだ。

 人の愛し方なんて知らなかった。だから誰かを好きになることなんてなかった。


 なのにどうして、こんなにも苦しいんだろう。こんなにも痛いんだろう。

 今ならまだ立ち止まることが出来る。今までと同じように見ないふりをして、何もかもなかったことにすることが出来る。そうすれば苦しくない。そうすれば怖くない。

 なのにどうしても、そうすることが出来ない。それで本当にいいのかと。それじゃいけないんだと。頭の奥で誰かが叫んでいる。



「だからせめて、この愛を。寂しがり屋なあの人の為にあげたいの」



 愛とはどんなものだろう。皆簡単にその言葉を口にするけど、目に見える物じゃなくて、例え見つけたとしても本物かどうかもわからない。

 悩んで、迷いながら皆探している。間違えることだってあるし、自分にとってはそうでも、相手にとっては違うこともある。とても難しくて、複雑で、それでも素晴らしいものなのだと皆信じている。

 なら私にとってのそれは、ほんの少しの優しさだ。だって、それがとてもうれしかったから。気にかけてくれるのが、優しくしてくれるのが。それをくれるの人がシンちゃんということが、とてもうれしかった。

 こういうのでいいんだと思う。誰か一人に向けるそういう気持ちが、皆の口にする愛や恋という感情なんじゃないかと。


 詰まりそうになる息をゆっくり吐き出して、もう一度だけ深く吸う。

 そして目の前で不思議そうな顔をした美少女に、ここ最近ずっと求めていた気持ちの名前を確かめるように見ないふりをして来た答えを口にする。



「優しくされてうれしいっていうのは、優しくされたいっていう気持ちは……誰かを好きだっていう理由になりますか?」

「うん。私はなると思う」



 自分でもびっくりするくらいすっきりした気持ちで美少女を見返せば、彼女はおかしそうに笑って返してくれた。なんというか、自分で言葉にしてみると意外とすんなり受け入れることが出来る。そうか、そうなのか。これが、そういうことなのか。

 わけもなくふわふわしそうになるのを必死にこらえて美少女にお礼を言う。ダメだ、これは本当にダメ。せめてもうちょっと後に気付けばよかった。ちゃんと理解した瞬間、会いたくなるなんて。こんなの恥ずかしすぎる。

 頭を抱えたくなるくらいの羞恥に耐え忍ぶ私の接客を、美少女は始終ニコニコしながら聞いていてくれた。過去一酷い態度だったのにもかかわらず、最後には「頑張れ」って私のことまで応援してくれる美少女は天使だと思った。いや、エルフだったわ。


 しっかりしなきゃ、お仕事に集中しなきゃなんだけど。幸せそうに連れ添って笑い合う美少女と魔王様を見て、あんな風になりたいと思ってしまった。

 いくつか服と雑貨を買ってくれた二人をお店の外まで見送って息を吐く。そわそわしたのが止まらない。



「あの、店長」



 何か言いだす前に呆れたように笑って手で払う動作をされた。これは、行ってきていいということだろうか。店長にお礼を言って扉に付いたベルをからころ慣らす。

 行かなきゃ。私にはこの気持ちしかない。難しい事はわからない。でも早く会いたいっていう気持ちの理由がそういうことなら、走って会いに行こう。

 もうすっかり歩きなれた石を敷き詰めた街路は、相変わらずボコボコしていて何度も足を捻りそうになる。でもそんなの気にならないくらいに気持ちが急いている。

 最近ちょっと忘れかかってるけど私だって現役の女子高生なんだ。愛だの恋だの、ちょっと青春っぽいことしたっていいじゃないか。

 逸る気持ちとか、羞恥心とか、そんなのは全部、ブランド名女子高生でラッピングしてしまえば気にならないって、昔近所に住んでたおじさんが言ってた気がする。


 見慣れた街並みと見慣れた顔ぶれが、私の様子を伺っているけど今はちょっとだけ私の気持ちを優先させてほしい。

 咳き込みそうな息を無理やり呑み込めばそこに広がるのは、この世界に始めて来た時にも一休みした街の中心部である広場。

 あの時と違い学校の制服も着ていなければ、コンビニで買ったパフェとペットボトルの入ったビニール袋もない。でもあの時と同じくらい、ううん。もしかしたらそれ以上にドキドキしている。



「え、ちょ。どうしたのそんなに走ってきて」



 今まですれ違った人たちと同じように驚いているシンちゃんの所まで一気に駆け寄る。

 ああ、どうしよう。何も考えていなかった。ただ会いたいって、それだけの気持ちで走ってきてしまった。


 今ここで何もかも吐き出してしまえば、全部変わってしまう。その先でシンちゃんが私に笑いかけてくれるかなんてわからない。それがとてつもなく怖かったはずなのに、今はその怖さよりももっともっとあふれ出しそうなものをせき止めるので精一杯だ。

 困っているシンちゃんを見上げたら、無性にうれしくなった。

 大丈夫だ。何が大丈夫なのか全然わからないけど、多分大丈夫。



「とりあえず水飲む?」

「ねぇ、シンちゃん。私」



 詰まる息を何度も整える。

 お水を汲もうと台車の方へ行こうとするシンちゃんの腕を捕まえて大きく息をする。

 後は音を乗せるだけ。それがとても難しい。




「私ね」



 それでも伝えたいことがある。どうしようもなく抑えられない気持ちがある。

 たった一人、貴方にだけ伝えたい想いがある。



「私、シンちゃんのことが好きみたい」



 だって貴方は、ずっと私に笑いかけてくれていたから。


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