1.ブティック『アルドラ』へようこそ
「何見せられてんだこれ」
思わず漏れた感想に慌てて口を押える。
どうやら目の前のお客様と店の奥で作業をしている店長には聞こえなかったらしい。あっぶな、店長に聞かれたらあのごっつい拳頭に降ってくるとこだったし。
「勇者様、こちらのワンピースはどうでしょうか?」
エルフのおっぱいのおっきいお姉ちゃんが目の前の男の子に向かって話しかける。といっても店内にいるお客さんは目の前にいる四人組しかいないので男の子はその子しかいないんだけど。
胸元がバーンと空いたドレスワンピを試着してにこにこしてるお姉ちゃんはかわいい。でもどうしてもバーンと空いた胸元が気になる。
まぁ、私と同じで男の子の方も、真っ赤になりながらお姉ちゃんの胸元に釘付けになってる。
わかる。わかるよ。
あんなに主張してるおっぱいとか絶対見ちゃうよね!
「ちょっと!何鼻の下伸ばしてるのよ!」
今度は人間の女の子が男の子の背中を思いっきり叩きながら怒ってる。
奥の作業所にいる店長がチラっとこっちを見たけど、そのまま針仕事に戻ったから多分大丈夫。ダメだったらあの巨体がのっしのっしやってきてお客さんにお引き取りしてもらう羽目になるからね。
ほかのお客さんへの迷惑ダメ絶対。
店長のゲンコツまじでヤバイ。こっちの世界に来てから何度か落とされてる私ちゃんが言うんだから間違いないよ!脳天揺れるからねアレ。
「ねぇー、早くさっきのお弁当屋さん行こうよー」
犬耳とふさふさのしっぽが生えた小さい女の子が男の子の腕にまとわりつきいている。
ちょっと待てちびっこ。確かに広場のお弁当屋さんは美味しいしおすすめだけどさ。
お店来てそれは言っちゃいけない。店長の作る服の良さがわからないとか、さては貴様お子様だな?いや、実際にお子様だけど。
ていうかほんとに。
何見せられてるんだこれ。
****
水曜日は灰色らしい。
前にお父さんの車に乗った時に聞いたラジオで、誰かがそんな風に歌っていた。
土日祝以外の曜日に色がある感覚はよくわからなかったけど、とにかく退屈で憂鬱なのだろうとその時は考えた。そんなことを思い出したなんとなくだるい週の中日の事。
朝起きたら家族と喋って、学校に行ったら友達とふざけあって、時々バイト行ったり放課後制服のまま友達と遊んだりして。
毎日なんて何にも変わらなくて、ずっと続くと思ってた。
でもそんなある日、私ちゃんの人生を変えたといってもいい出来事に遭遇した!
学校帰りに友達と別れてコンビニを梯子する。
勿論理由は新作のコンビニスイーツを買い求めるためだ。
濃厚な生クリームと抹茶ソースの掛かったパフェは甘すぎずちょうどいいほろ苦さであると評判らしい。
あのにっくき友人めは昨日一足先に手に入れたらしく添えられたあんこがアクセントにあっていて絶品だったと大絶賛してきた。奴は敵である。
まぁ、コンビニを巡り巡って五件目にしてようやく噂の新作スイーツに巡り合うことの出来た私ちゃんはとっても心が優しいのであの友人の所業も許してあげないこともない。
最後の一個だけ残っていた抹茶パフェとペットボトルの水を購入しうっきうきで袋に入れてもらった商品を受けとる。
帰ったら早速写真を撮ってSNSにアップしなくては。味の評判もそうだが見た目もかわいくて好み。
後は家に帰るだけと、自動ドアを潜った瞬間見たことのない景色が広がった。
「え、ナニコレ」
待って、待ってほしい。
いくら田舎だって言ってもコンビニに入るまで道路はアスファルトだったし、周りの建物だってこんなに石っぽい感じじゃなかった筈だ。
何だったら自動ドア潜るまでガラス越しに見えてたのはこんな外国っぽい風景じゃなくて、もっと普通の駐車場とバス通りの筈だったんだけど。
なんかもう人生どころか世界が変わっちゃってるし、私は新作スイーツ食べたかっただけなんだけどな。
恐る恐る振り返っても、さっきまであったはずのコンビニもレジ打ってくれたバイトっぽい兄ちゃんも一体なんなのここ。
とりあえず私がさっきまでコンビニにいたって証拠は受け取ったばっかりのコンビニの袋が証明してくれる、と思う。
知らないうちにフラフラ歩いてたにしたってこんなところ地元にはない。
というかうちの中途半端な田舎を舐めないでほしい。一番大きな繁華街である駅前に行くのにもバスで三十分掛かるし、そこからおっきい都市に行くのだって一時間ちょっとかかる。
何だったら最寄り駅は三つ、四つあるけどどこに行くのにもバスで30分前後はかかる。
どこへでも行けるけど、どこに行くにも中途半端な田舎から歩きでこんな外国っぽい雰囲気の所に出るわけがない。
そうこうしてる間にも目の前を金髪だとか赤髪だとか、カラフルな頭の人が行きかっている。他にも耳のとんがった人とか、動物の耳と尻尾が生えてる人もいる。これがグローバル社会の成れの果てなんだろうか。
取り合えず落ち着こう。
いつまでもここに立ってたってなにも変わらない。出来れば座れる所に行こう。私はさっき買ったスイーツが食べたいんだ。
歩き出してみたものの、正直微妙に歩きにくい。
一応石が敷き詰められてはいるんだけど、微妙に凹凸があってアスファルト以外の道とかそうそう歩かないもんだから足を取られそうだ。
こけたらハズいという事だけ頭に入れて道なりに歩いていく。
食べ物を売ってる店だとか、英語のようなそうでないような文字の並んだ本が置いてある店だとかが並んでいる。どれも見慣れない物ばかり並んでるけど、大きく八百屋さんとか本屋さんとかって分けたら案外普通の通りなのかもしれない。
たださっき見た服屋さんはすごく可愛かった。から後で入ってみよう。
そうこうしていると広場っぽい所に出た。
真ん中にある噴水を中心にしてベンチのあるスペースとか色んな店とかがある。さっきは普通っぽいとか言ったけど、剣とか楯とか置いてる店があったから普通って言うのは取り消しておく。
ぐるっと見回してからベンチに座る。
噴水を挟んでちょうど向かい側でお兄さんが手押しの屋台っぽいのを片付けていた。多分タピオカ屋かなんかだと思う。わかんないけど。
一息付きたいので学校鞄は横に置いてビニール袋から水を取り出す。
糖分取ったらどうしたら良いかも思い浮かぶかもしれない。
ひとまず蓋を開けて膝の上にのせスマホで写真を撮る。なんとなくわかってたけど電波は飛んでないのか圏外だった。
のんびりおやつタイムをして休憩する。
甘いもの食べて頭が冴え渡って来た気がするので、ちょっと色々整理しよう。
言うまでもなく、ここは地元どころか日本じゃない。だってさっき二足歩行の狼みたいなムッキムキのお兄さんが目の前歩いてった。
じゃあ何処だって言われるとわかんないけど。目の前を買い物袋持ったお母さんが泣きわめく男の子を叱り付けながら引きずってったから多分普通の、私がいた所よりちょっとだけグローバルな世界なんだなきっと。
ごめん、嘘付いた。全然普通じゃない。
今目の前をムッキムキのオジサン達がガハガハ笑いながらでっかいドラゴンみたいなの運んでった。ファンタジーじゃん。
とにかく。抹茶パフェ食べながら考えてわかったことは、ここは日本じゃなくてファンタジーな生き物がいること。文字は読めないけど、話している言葉はわかるということ。それからファンタジーな割に平和そうなこと。
これだけわかればなんか意外といけそうな気がしてきた。
そうと決まれば早速この辺りを見て回って見よう!
さっきの服屋さん見たい!ショーウィンドウにあったワンピース可愛かった!
食べ終わったゴミをまとめビニールの口を鞄に入れて、飲みかけのペットボトルを片手に歩き出す。
いきなり知らないところに来てしまったドキドキと、何か素敵なことが起こりそうなドキドキが入り交じって不思議な気分になる。
元来た道を戻って服屋さんに向かう。
さっきは気が付かなかったけど、よく見るとどの店先にも鉄で出来てるっぽい飾りが付いててすごくかわいい。例の服屋さんのはスカートを穿いた女の子だった。
ショーウィンドウの人形は変わらず、首周りの大きく開いたブラウスとハイウエストのロングスカートで立っている。普段私が着るタイプの服ではないけど、この街並みにとてもよくあっていると思う。
しばらくガラス越しに人形を眺めてたら、直ぐ横にあるお店の入り口がカラコロ鳴った。
こんなにかわいい服が置いてある店なんだから、出てきた人もきっとすごくかわいいに違いないと思ってそっちを見る。
ムキムキがいた。
七三でムキムキでタンクトップだった。さっきドラゴン運んでた人達と同じぐらいムキムキだった。
なんなのこの街ムキムキ率高くない?それともこれがこの世界の標準?だったらさっきお母さんに引きずられてた小さい子もいずれムキムキになるの?なにそれ無常すぎん?
「どうせ見るなら奥まで見ていきなさい」
「ウッス……」
滅茶苦茶低い声とゴツイ拳の親指で店内を指差され、私は敢え無く御用となった。
ドキドキするとは言ったけどこういうドキドキは求めてない。
「アンタ、どっから来たの?」
上から下までじっくり観察されてるけど私なんかしたっけ。
連れ込まれた店内は落ち着いた雰囲気で飾られた雑貨とかもすごくかわいい。ただしムキムキがいる。ていうかこの人お店の人なんだよね?
「えと、日本って所デス」
「ニホン、ニホンね。何処の店よ」
「店っていうか国、です?」
「国の名前なの?聞いたことないわね」
あ、うん。やっぱりここに日本はないんだ。
なんとなくそんな気はしてたけど本当に違う世界に来ちゃったんだなぁ。
後気になったことと言えば、このムキムキの人ところどころ言葉遣いとか動作が女性っぽいけどそういう事なんですか?お兄さんじゃなくてお姉さんって呼んだ方がいいの?
「いや、なんか。気が付いたらこの通りにいてここの服が可愛かったから来た、みたいな?」
「ちょっとじゃあアンタ迷子じゃない!」
おっきい体でぷりぷり怒ってる。見た目はあれだけどかわいい人かもしれない。
ただYシャツにベストに蝶ネクタイってすっごいおしゃれな格好してるけど、首と腕がデカイ。ゴツい。ヤバイ。
何食べたらこんなにデカくなんの?ドラゴン?ドラゴンなの?ドラゴンって食べれるの?
今まで普通だと思ってたことが微妙に通じなさそうでちょっと困る。今はいいけどこの後の事も考えないといけないし。
というかまだお店の中全然見れてない。お預けつらい。
「そうならそうと早く言いなさいよもう!てっきり商会の奴らかと思ったじゃないの」
とりあえず首を降っておく。
こっちに来てから一時間くらいしか経ってないし、入ったお店もここしかない。私にはわかんないけどここの人達にもいろいろとあるんだろう。
「で?帰り方わかるの?」
「わかんない」
「ふーん、そう。たまにいるらしいのよねー、アンタみたいなの」
そーなの?と聞けばそーなの、と軽いデコピンと一緒に返される。
大分加減されてるみたいだけどただただ指が太い。これ本気でやられたら絶対吹っ飛ぶわ。頭パーンなる。
というかたまにいるんだ、私みたいな迷子が。迷子っていうのが正しいのかよくわからないけど、それ以外になんて言っていいかわかんないから迷子でいいや。
この年になって迷子になるとは。普段はスマホのマップアプリ使ってるから迷ったりしないんだけど圏外だしな。そういえば充電大丈夫だっけ?充電器持って来てたっけなー。
「アタシが面倒見てあげましょうか?」
「いいの?」
「勿論条件付きよ?」
助けてくれるっていうなら喜んで助けられたい。ここがどこかもよくわかってないので優しそうな人にはどんどん甘えていこうと思います。
今月髪染めに行ったしあんまりお金ないけど、お礼とかどうすればいいかな?ムキムキのお兄さん?お姉さん?の言う条件も気になるけどこの人はあんまり酷いことは言わない気がする。
多分悪い人ではない、と思う。そうじゃないかな?そうだといいなー。
「脱ぎなさい」
「うえ、いくら私ちゃんが魅力的でもそれはちょっと……」
「勘違いするんじゃないわよ、ちんちくりん。アタシが興味あるのはアンタじゃなくて、アンタの来てるその服」
一瞬ビビった。
茶化した私も私だけどちんちくりんは酷い。多分この人は口の悪い人たな。間違いない。
というか私ちゃんを差し置いて制服の方にしか興味が行かないってどういうことよ。私ぴちぴちの女子高生ぞ?花のJKぞ?
確かに背は低いけどさ。体型も、……スレンダーとしか言われた事ないけどさ!もうちょっと言い方あると思うんだよね!せめてもうちょっとだけぼやかして!背が平均より低いのもわかってるから。
いくら私ちゃんが強い子でもさすがに傷つく。
後私が小さ過ぎるんじゃなくて、ムキムキの人が背が高いだけだからな!多分ここの人が背が高い人多いだけだからな!まだこの世界に来て一時間くらいしか経ってないからわかんないけど!
「結構いい造りしてるしどういう縫製なのか興味あるのよ。あとは店番だとか細々した事やってくれるならここに置いてやってもいいわ」
そうこう考えている間にもムキムキの人は私の着ている制服を見てる。
本当にこの人制服にしか興味ないんだな。それはそれでショックだし失礼だぞ。
まぁ。制服と接客バイトで面倒見てもらえるんならありがたいとは思うんだけど。なんとなく色んな所が非常に、非常に!私ちゃんとしては複雑なんですが、このもやもやをどこにぶつければ良いんでしょうかねえ。
そのままぶつけようとしたらムキムキで倍になって跳ね返されて来そうで怖い。
「勝手にきめていいの?お店の人とか……」
「あら。見てわからない?私がここのオーナー兼仕立て屋よ?」
うふふ。って笑う姿はとてもかわいいと思う。でもその筋肉は服を作るのに必要なんだろうか。
ぼんやりと見上げる私にムキムキのオーナーさんはパチリとモデルさんみたいなウインクを決めて笑った。
「ブティック『アルドラ』へようこそ。ってね」