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受けた恩は返します② ~ファイサル視点~

 目の前で恥ずかしそうにしながら食事を摂るソフィーヤの姿を、ファイサルは一挙手一投足逃さないように見入っていた。

 時折、自分に見られている緊張からか彼女の指先が震えていたが、それさえも至高の喜びに思える。

 昨日まではこんなふうに彼女と食事を共にできるなんて考えもしなかった。


 思った以上に初夜の暴言のトラウマを引き摺っていたファイサルが、彼女と挨拶以外の会話をしたのは、初夜以外では今朝が初めてだった

 彼女がドレスや宝石を強請ってきてくれれば、それをきっかけに話そうと考えたりもしたが、ソフィーヤは孤児院への外出以外は何も欲しがってはくれなかった。


 自ら撒いた種ではあるが、約束の一年まで三ヶ月を切ったというのに全く進展しない仲に、ファイサルは自分で自分を呪った。脳内で連呼される離婚という文字に、もう死ぬしかないと本気で思っていた。

 それが急転直下の大逆転劇である。

 両腕を骨折した時は格好悪い自分をソフィーヤに見られたくなくて家に帰るのを拒んだが、今は怪我をして良かったとさえ思っていた。


 執事の機転に助けられた点もあるが、初夜の反省から数ヶ月ソフィーヤとの会話のシミュレーションを何度も繰り返したお陰で、今度は心にもない暴言を吐かずに済んだことにもホッとした。寝起きで頭が回らなかった時に多少、誤解されるような言い回しはしてしまった自覚はあったが……。

「あーん」をされた時は驚きと羞恥で固まってしまったが、一生懸命に料理を口に運んでくれるソフィーヤは純粋に自分を心配してくれているようで嬉しかったし、自分に食べさせ終えると満足気な表情をしたソフィーヤは破壊的に可愛かった。



 ソフィーヤとの幸せな朝食の時間が終わったファイサルは窓辺に佇んだ。

 骨折をしてソフィーヤとの距離が縮まったことには感謝しているが、両腕が使えないとかなり出来ることが限られる。

 折角の長期休暇なのでこの際溜まっている伯爵家の書類を片付けようかと思ったが、この手の状態では字が書けない上に書類を捲るのも一苦労しそうな有様だった。


 完治まであと何日かかるのか、だが完治してしまえばソフィーヤに食事の介助をしてもらえなくなる。そんな心の葛藤に軽く溜息を吐くと、朝食後も部屋へ留まっていたソフィーヤが声を掛けてきた。


「あの……旦那様、体調が悪くないのであれば新聞でもお読みになりますか?」

「体調は悪くありません。ただ両腕が使えないのでページを捲ることが出来ませんね」


 緩く頭を振ったファイサルに、何故かソフィーヤはこげ茶色の瞳をキラキラさせている。


「えっと、では私が捲って差し上げます!」

「え? ですが貴女だって用事があるでしょう?」

「旦那様のお手伝いより優先する用事なんてありませんよ」

「し、しかし……」


 思いがけないソフィーヤからの提案にファイサルは喜びつつも心配になる。

 彼女にだってやることがあるはずで自分のためにその時間を削ってもらうのは申し訳なかった。

 しかしそんな迷うファイサルの包帯グルグル巻きの手を取ると、ソフィーヤは彼をソファへ誘導する。

 隣り合って腰掛けるとそっと触れていた腕を撫で下から見上げてきた。


「痛くはないですか?」

「え、ええ。痛み止めが効いているのでしょう」

「そうですか。早く良くなるといいですね」

「……そうですね。両腕が使えないとこうも不便かと思い知らされました」


 そう言ってソフィーヤを見た瞬間ファイサルは固まった。

 こちらに身体を向けたソフィーヤを少し見下ろす体勢になったファイサルには、角度的にばっちり彼女の胸の谷間が見えてしまったのである。

 ソフィーヤは華奢だと思っていたが上から見下ろすと結構なボリュームがある。しかし問題はそんなことではなく、ファイサルは思わず呻いた。


 ファイサルの発した呻き声に気が付いたソフィーヤが心配そうに自分を見上げてきたので、何でもないと告げ口元を手で……覆いたかったが包帯だらけの手ではそれも出来ずに視線を彼方此方に彷徨わせる。

 突然落ち着かなくなったファイサルにソフィーヤは首を傾げたが、執事が差し出してきた新聞を手に取るとおずおずと読みやすいように広げた。

 ソフィーヤのページを捲る少し日焼けした手と、時折揺れる柔らかいモスグリーン色の髪、鼻孔を擽る微かな彼女の香りを感じながらファイサルは気もそぞろに新聞を読み進めた。

 内容は全く頭に入ってこなかったがファイサルにはどうでも良かった。


 その後も読書や庭歩き、書類の確認などを二人で行い、この日ファイサルとソフィーヤはほとんど一緒に一日を過ごした。

 夢ではないかと疑ったファイサルだったが、次の日もその次の日もソフィーヤは甲斐甲斐しく世話をやいてくれた。

 食事は勿論、読書や散歩にお茶の時間も世話をしようとするソフィーヤに、ファイサルは申し訳ないと思いつつも、やっと得られた幸せを噛みしめていた。

明日は5話UPします。

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― 新着の感想 ―
[一言] かんわ…二人とも可愛いです! 楽しく見させてもらいました。 続きを楽しみにしていますね!
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