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終わりよければ全て良し②

 

「いや、それは違う」

「旦那様?」


 ファイサルの発言が何を否定したものなのか解らずソフィーヤは首を傾げるが、シーマはキッとファイサルを睨みつけると憤慨したように言い捨てた。


「部外者が知ったような口を利かないで!」


 怒鳴りつけるシーマを無視してファイサルは言葉を続ける。


「ソフィの母親はリース男爵に借金があったそうだ。何でも孤児院の運営費が不足してしまい男爵に借金をしたが返せず、それを棒引きにしてもらう代わりに愛人となることを強要されたらしい。その頃はリース男爵家も羽振りが良かったらしいからお金の融通も利いたのだろう。ソフィの母親は自分を育ててくれた大好きな孤児院を守るため、院長達には黙ってリース男爵の要求を受け入れたそうだ。だからソフィの母親から男爵へ言い寄ったわけではない」

「孤児院の借金の代わりに? そんな……お母様、そんなこと一言も言ってない」


 下げていた頭を起こしソフィーヤは呆然と呟いた。

 ソフィーヤの記憶の限り、母親は一度たりとも父親を悪く言ったりはしなかった。だが、時折寂しそうに窓の外を眺め小さな溜息を吐いていたのを思い出す。

 その時は正妻達の嫌がらせに落ち込んでいるのかと思っていたが、本当は自由を渇望しても叶わない諦めの溜息だったのかもしれない。


「ああ、だからお母様はお金の貸し借りほど怖いものはないと言っていたのね……」

「そ、そんな話嘘っぱちよ! それじゃ、まるでお父様が無理やり愛人にしたみたいじゃない! お母様や私がいるのに……そんな話絶対に認めないから!」


 ポツリと零したソフィーヤの言葉にシーマが牙を剥き、怒りを顕わにした表情で否定する。

 そんなシーマを冷めた瞳で一瞥したファイサルは淡々と話しを続けた。


「その後、愛人の存在を知った男爵夫人が怒り狂って散財を繰り返しリース家の財政は傾いていったそうだが、ソフィ達を屋敷に招きいれたのは男爵の独占欲だったようだ。リース男爵は結婚前からソフィの母親にかなりご執心だったと、孤児院の院長が申し訳なさそうに話してくれた。この話をした時に院長がソフィ達が昔住んでいた家のことも思い出してくれたから、その家から放射状に探していってこの場所でソフィを見つけることができた。見つかって本当に良かった」


 眉尻を下げたファイサルにソフィーヤがぎこちない笑顔を返す。

 母親のことはショックだったが、自分が彼女から愛されていたことは十分に感じていた。ソフィーヤがいるから寂しくなかったし幸せだったと亡くなる直前まで笑顔を見せてくれた母親の言葉に、嘘はなかったのだと心に言い聞かせる。だから母親は不幸ではなかったのだと信じて。

 涙を堪えるために何も言えなくなってしまったソフィーヤの頭を一撫でして、ファイサルは視線をシーマに向けた。


「父親が愛人をつくり屋敷に住まわせたことには同情する。けれどだからと言って、その子を虐げていい理由にはならない。責められるべきはリース男爵で、お前は父親に愛されない鬱憤の捌け口をソフィに押し付けていただけだ。その行為に同情の余地はない。そもそもお前は愛される努力をしたのか?」

「愛される努力? 何それ? バカみたい」


 ちゃんちゃらおかしいというように嘲笑を浮かべたシーマにファイサルは溜息を吐く。


「相手を気遣い、敬い、自分の想いをきちんと伝えることだ。どんなに願っても相手に伝わらなければ意味がないし、ましてや愛など得られない。俺も最近骨身に染みた」


 嘲笑から一転、不愉快そうに顔を顰め悔しそうに唇をへの字に結んだシーマはグッと言葉に詰まった。

 そんな異母姉の苦しそうな表情を見たソフィーヤはファイサルに進言する。


「あの……旦那様。私、何もされていません。誘拐も暴行も未遂です。だからこの人達を騎士団へ突き出すのは止めてもらえませんか? どうか異母姉たちに最後のチャンスを与えてください。愛されていると実感した時、人は強く正しく生きることができると思うんです。だから……」

「嫌だ。ソフィが良くても私が許せん」


 ソフィーヤの言葉に地獄で光明を得たような表情をした男達が一斉に顔を上げる。けれどにべもなく一蹴したファイサルにがっくりと肩を落とす。

 しかしソフィーヤは諦めずにファイサルに向かい懇願するように両手を握り合わせた。


「旦那様……どうしてもダメですか?」


愛する妻からお願いされれば、ファイサルの意志など溶けたチーズよりも柔らかい。


「……くそっ! 可愛いな! 何でも言うこと聞きたくなるな! あ~もう、断腸の思いだが罪に問うのはやめておく……ただし次はないから。次なんて考えただけで、言葉じゃ表現できない地獄を味わってもらうから肝に銘じておけ!」

「「「「ひいいっ!」」」」


 結局ファイサルはソフィーヤの言い分を聞き入れ無罪放免としたが、男達が去りゆく間際に釘を刺すのは忘れなかった。

 そそくさと男達が去った後には一人取り残されたシーマが脱力したように佇んで、ソフィーヤのことを幽鬼のような表情で睨みつけていた。


「ムカつく……ムカつく! ムカつく! 何が愛される努力よ……何が最後のチャンスよ……同情なんかしないでよ! ソフィーヤのくせに生意気なのよ!」


 そう叫ぶなり突然片手を振りかざし猛然と突進してきたシーマに、ソフィーヤは実家で殴られていた頃の記憶が蘇り、身を竦ませる。

 固く瞼を閉じ、全身に力を入れていれば何てことはない痛みだと言い聞かせて我慢していた頃の記憶に、ソフィーヤはハッとした。

 母親を愛人にし正妻達を蔑ろにした一連の出来事は、どう考えても一番悪いのは父親であるリース男爵だが、愛人の子だからと卑下して正妻達と距離をとり、異母姉と向き合ってこなかったのは自分も同じだ。


『相手を気遣い、敬い、自分の想いをきちんと伝えること』


 ファイサルの言葉が胸に沁み、パッと瞼を開けたソフィーヤだったが、いつまでもやってこない痛みに辺りを見回す。

 ソフィーヤの視線の先でシーマは地面にうつ伏せに倒れこんでいた。

 実家でそうしていたようにソフィーヤを殴りつけようと向かってきたシーマは、素早くソフィーヤの腰を引き寄せたファイサルに難なく躱されバランスを失うと、バターンと顔面から地面に素っ転んでいたのである。


 きっと今まで痛い思いというものを経験したことがなかったシーマは、転んだことのショックも相まって起き上がることが出来ないまま、その場でグズグズと地面に顔を伏せ泣きじゃくっていた。

 ソフィーヤは支えてくれていたファイサルの手を離し痛む足を引き摺ってシーマの前まで来ると、顔を上げた異母姉の前に跪く。


「誰だって身体が傷つくと痛いんです。それが叩かれたり蹴られたりしたら尚更身体も心も傷つくんです。でもその痛いこと以上に愛する人が自分を見てくれない辛さは解ったから……。私と母は貴女が享受するはずだった愛を奪ってしまったのは事実だから……それはごめんなさい」


 頭を下げたソフィーヤを見上げたシーマは険しい表情をしたままだったが、やがてずっと頭を下げ続けるソフィーヤに根負けしたのかノロノロと立ち上がると、無言のまま踵を返して立ち去って行った。

 その姿を見送ってターラ伯爵家への帰路についたソフィーヤは、その途中に心地よいファイサルの腕の中で意識を失った。


 ◇◇◇


 あの騒動から程なくして、シーマは思う所があったのか、男爵家の借金を返すため自ら商家へ嫁いでいった。

 貴族としての矜持が高かった正妻はそのことが堪えたらしく、今では別人のように質素な生活を送るようになり、父親は男爵としての権限を全て没収され倹約に目覚めた正妻の尻に敷かれているらしい。

 異母姉の仲間だった令息たちは性根を叩きなおす名目で騎士見習いとして強制的に騎士団へ入団させられ、泣きながら地獄の特訓を受けさせられている。


「掘るのはいいが掘られるのはご免だ……」


 先輩騎士から扱かれる度にそう呟いて耐え抜く彼らは、どんなに訓練が辛くても逃げ出したことはないそうだ。



 あの日、意識を失ったソフィーヤを伯爵邸に無事に連れ帰ったファイサルは使用人たちから称賛の拍手で出迎えられ、ロム爺と料理長からは熱烈な接吻をされ、泡を吹いて倒れそうになったが何とか寝室まで辿りつくことが出来た。

 翌朝、ソフィーヤが目を覚ますと全身が鉛のように重く、痛めた足首は少し動かすだけで激痛が走った。そのことを身支度を整えにきてくれたマリアに伝えると何故かファイサルが颯爽と現れ、それはそれは嬉しそうにソフィーヤを横抱きにして宣った。


「騎士団に休暇願は出してきた。愛する妻の一大事だからな。完治するまでソフィの足になり、どこでも好きな場所へ連れて行ってやろう。この間のお返しだ」

「は、恥ずかしいのでやめてください! 痛みがあるだけでゆっくりなら歩けますから!」

「可愛い妻の願いでも、その要望は却下だ。勿論、食事は『あ~ん』で食べさせる。髪飾りも毎日私が付けてあげよう」

「わ、私、手は平気ですよ!?」

「ソフィ?」


 ナンテンの髪飾りを手に、にーっこりと笑うファイサルにソフィーヤは反論ができなくなる。イケメンの有無を言わさぬ笑顔は最強なのだ。口をハクハクさせ何も言えなくなったソフィーヤの髪にキスをすると、ファイサルはこの日からひねもす彼女を抱っこして過ごすようになった。

 その様子に同情気味の視線を向けるロム爺と、いい笑顔で親指をおっ立てる料理長に、ソフィーヤは死んだ魚の目で「助けて」の合図を送るが完全スルーをされ、執事やマリア、サリー等の使用人達からは終始生温い視線を向けられながら、溺愛は続いた。


 後に『ターラ伯爵の愛妻家ぶりを知らぬ者は王都人に非ず』などと格言ができるほどファイサルのソフィーヤへの溺愛っぷりは有名な話になるが、見目麗しく有能な伯爵の本性が実はかなり残念だということを知っているのは、ごく一部の者達だけである。


最後までご高覧くださり、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] イケメンが残念を自重しなくなったら滅茶苦茶面白くなりました(笑) 軽妙な会話が面白くいたるところでくすりと笑わせていただきました。楽しかったです。
[一言] 残念なイケメン最高でした。 違うバリエーションも読みたくなりました。
[一言] あ…あ…最高すっね! なんだろな…残念が最高に、表に引き出されている感じ、マジでいいわぁ! めっちゃ楽しく見させてもらいましたわ! ありがとうございます! ありがとうございます!
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