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いなくなった彼女③

 ターラ伯爵家を出て三日間、ソフィーヤは王都の貧民街の近くにある小さな集合住宅の一室で止まない雨を見て過ごしていた。

 ここへ来る前に少しだけ食べ物は買ってきており飢えはしなかったが、傘を買うことを忘れていて外出できなかったのだ。


 この部屋は昔、母親と幼いソフィーヤが住んでいた所で、居間兼寝室の一間しかなく、とても貴族の愛人が住まうようなところではない。けれども、ミニキッチンはあるし、かなり小さいがシャワー室とトイレもあるので不便はなかった。


 父親はお金に困ってソフィーヤ達を自宅へ囲いこむことにしたのに、母親が思い出の詰まったこの部屋を手放すのは悲しいと訴えると売り払うことはしなかったそうだ。尤も売った所で二束三文にしかならないだろうから放置していたのかもしれないが。

 部屋のマスターキーは父親に取り上げられてしまっていたが、実は母親がこっそり合鍵を作っており、亡くなる間際にソフィーヤへ渡してくれたのである。


 もしかしたら母親はソフィーヤが市井で暮らすことになるかもしれないと考え、この部屋を残してくれていたのかもしれない。

 心の中で母親に感謝しながら起床した四日目、久しぶりに晴れ間をみせた空にソフィーヤは伸びをすると、吹っ切るように勢いよく家のドアを開け街へと歩き出した。


「まずは、仕事を探さないと!」


 そう決意して深呼吸をする。

 昨日までの雨が嘘のように晴れ渡った空を見上げて、この空のようにファイサルを想う自分の心もいつか晴れて澄みきってしまえばいいなと思いながら、とりあえず雨の日も外出できるように傘を購入しようと街中を歩いていると、周囲を男達に囲まれた。

 不穏な気配に身の危険を感じて逃げ出そうとしたが、敢え無くソフィーヤは濡れた布のような物を口元に宛がわれて、そのまま気を失ってしまう。




「起きろよ!」


 声と共に自分の頬が叩かれたことを認識したソフィーヤの意識が浮上し、瞼を開けると知らない男が覗き込んでいた。

 驚いて動こうとしたが両手が縛られているらしいことに気が付いて青褪める。それでも、とりあえず状況を確認しようと冷たい床から顔を上げようとしたが、ガツンっと頭を抑えつけられてしまった。


「久しぶりね、ソフィーヤ。相変わらず這いつくばっている姿がお似合いだわ。そうやって転がっていると冴えない緑髪と茶色の瞳で伐採された樹木みたい」


 頭上から聞こえてきた女性の声に驚いて視線を動かすと、そこには意地悪そうに笑う異母姉のシーマが男四人とソフィーヤを見下ろしていた。


「お姉様……」


 驚愕で口にした言葉にシーマが眉を吊り上げる。


「やめてよ! アンタみたいな平民風情に姉と呼ばれるなんて虫酸が走るわ! それにしても、たった一年の間に伯爵様を随分とたらしこんだのね? さすが娼婦の娘だわ」

「お母様は娼婦じゃな……」

「黙りなさい! お父様を誘惑したくせに! これだから平民は嫌なのよね、節操ってものがないんだから」

「全くだ」


 シーマの言葉に賛同した男がソフィーヤの頭をグリグリと押さえつける。

 床と男の足でサンドされ地味に、いや、結構痛い。


 リース男爵家を出たソフィーヤが何故こんな目にあっているのか解らないが、知らない男だと思っていたこの男の声は、よく男爵邸にシーマの客として訪れ騒いでいた声の一人であったことを思い出す。押さえつけられたまま視線を男達の足元へ向けると、靴も綺麗でスラックスの裾もほつれていない。他の男達も同様で、口調も粗野にしてはいるが下町訛りがないので、きっとどこかの貴族の子息だろうと考えた。

 だがやっぱり何故自分がここへ連れてこられたのかわからずに、ソフィーヤはシーマたちの会話に耳を傾ける。


「本当にターラ伯爵はこの子を溺愛してるの?」

「ああ、俺の実家に出入りする商人が仲睦まじく街を歩く二人の姿を見たと言っていた」

「お金のための偽装結婚だって聞いてたからいい気味だって思ってたのに」


 忌々しそうに吐き出された言葉にソフィーヤの胸が痛む。

 ファイサルとの結婚はシーマの言う通り、女性避けのためのお金で買われた偽装結婚だった。


(旦那様は今頃エミリア様と一緒に過ごしているのかな? 私のことを少しは思い出してくれたりは……我ながら未練がましくて嫌になっちゃう。そんなことあるわけないのに……でも使用人の皆にはきっと心配かけちゃったな……ロム爺、激烈怒ってるかも)


 別れを言うのが辛くて黙って出てきてしまったが、伯爵家での温かった記憶を思い出し、ソフィーヤの瞳にじわりと涙が浮かんできた。

 そんなソフィーヤをシーマは冷酷な眼差しで睨みつける。


「愛人の子が幸せになるなんて許さない……」


 低く呟いたシーマにお腹を蹴られソフィーヤは現実に戻り身を縮めるが、縛られた腕を強引に引っ張られて立たされる。

 身体の前で縛られた腕の間から除く胸の谷間に男達の視線を感じ、ソフィーヤは零れそうになっていた涙が引っ込み、ゾワリと全身が総毛だった。


「まぁ、確かにいい身体はしてるものな」

「こんなにいい身体してるならリース男爵家にいた時に味見しとくんだったぜ」

「でも今は伯爵夫人なんだろ? 人妻ってのも感度良さげでそそるよな」

「いいね。俺達と伯爵様、どっちがいいか試してやろうぜ」

「ターラ伯爵もどうせすぐに地味なアンタなんて飽きて捨てるだろうけど、その前に決定的に別れる要因を作ってあげる」


 シーマの言葉を合図に下卑た笑いを浮かべた男達の手がソフィーヤに伸びる。これからされるであろう最低な行為に身体が震える。


(怖い……けど、大人しく襲われてなんかやるもんか! こちとら半分庶民の血が入ってるんだ! 貴族のボンボンなんぞ返り討ちにしてやる! 令嬢がみんなお淑やかだと思うなよ!)


 伸びてきた手に思い切り噛みつき、その手を咥えたまま肩を押さえていた背後の男に頭突きをくらわす。縛られた腕を無我夢中で振り回して暴れれば中腰になっていた男の股間にヒットしたようで呻き声とともに膝をついた。

 頭はクラクラするし、口の中は血の味がする。しかしソフィーヤよりも男達の方がダメージが大きいようで、唖然としている残り1人の顔面に肘鉄を入れ突き飛ばすと、まさかソフィーヤが反撃をするとは思っておらず口を開いて呆けているシーマは放置し、逃げるなら今だと扉へ向かいノブを回す。

 幸い鍵がかかっていなかったのと、手が縛られたのが前側だったため扉は難なく開けられた。


 そのまま廊下に出ると、ギョッとしたようにこちらを見る使用人のような女性と目があうが、その背後に階段を目敏く見つけたソフィーヤは一目散に女性の横をダッシュして駆け下りる。

 どうやらソフィーヤが連れ込まれたのは安価な連れ込み宿だったようで、階下の部屋からは聞きたくもない声や音が聞こえたが、ひたすら出口に向かって走り表に出た。


 宿を出て街道を走りながら、この辺りの治安はあまり良くなさそうだと認識して背筋が冷える。

 早く、この手の拘束を解いて安全な場所へ行かなければと考えたところで、遠くで自分の名前を呼ぶ声が聞こえたような気がして恐怖に震えた。


 悪ぶっているとはいえ相手は貴族のボンボンだから一度目は逃げられた。だが非力なお坊ちゃんでも男女の体力差を考えると二度目の幸運はないだろう。

 それに治安が良くない裏通りのこの場所では他の男に襲われるとも限らない。

 手首はまだ縛られたままだし、焦る足はもつれる。狭い路地裏へ差し掛かった所で足元でカシャンと乾いた音が鳴った。

 逃げる時に頭突きをしたせいか髪留めが外れてしまったようで慌てて拾おうとするが、焦っていたのか体勢が崩れる。髪留めは無事だったようでホッとしたが、不自然な恰好で転んでしまったらしくソフィーヤの足首に鈍い痛みが走って、その場に蹲ってしまう。

 痛みのある足首を見ると赤く腫れあがっていて、どうやら捻ってしまったようだった。


「痛い……けど、逃げなくちゃ……」


 耳を澄ませばこちらへどんどん近くなってゆく足音が聞こえ息を殺す。

 何とか手首の拘束は解いたが、逃げようにも足首の痛みで上手く立ち上がれずどこかへ隠れようとしたソフィーヤだったが、あっと思った時には既に遅く、伸びてきた腕に掴まえられていた。

申し訳ありませんが、本日は2話だけです。

明日完結までUPしますので、よろしくお願いします。

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