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初夜のありがたいお言葉②

 こうしたリース男爵家での経緯から、ソフィーヤを買ったお金は既にないのだとファイサルへ正直に伝えると、彼は瞳を瞬かせた後、鼻を鳴らして笑いだす。

 イケメンも鼻で笑うんだね。などとソフィーヤがイケメンの生態を心にメモしていると、嘲るように口を開いた。


「ええ。知っていますよ。どうやらリース男爵家の方たちはお金が大好きな割には、手放すのも早いようですからね」

「そうですね」(よくご存じで)

「ですが私には支払ったお金がどう使われようと関係ありません。私にとって重要なことは貴女が私の妻としてこの家にいることです。あぁ、病弱設定のようですから社交も茶会も出席しなくて結構ですよ。そんな貴女だからこそ結婚したのですから」


 病弱設定のところでファイサルの形のよい眉が片方だけ上がる。設定と言った時点で病弱が嘘だというのがバレている。

 その証拠にソフィーヤは病弱どころか、風邪だって滅多にひかない丈夫な身体をしていた。ソフィーヤをそんな設定をしたのは正妻であって自分ではないため、罪悪感はちっともなかったけれど。

 それに参加したことはないが、面倒くさそうな社交や茶会をしなくていいなんてラッキーだと考え、これだけはあの正妻に感謝してもいいかもと思いつつ頷く。


「旦那様のお考え(私がお飾りの妻だということ)はよくわかりました。では一年の間よろしくお願いいたします」


 躊躇うことなく頷いたソフィーヤにファイサルは少しだけ目を瞠ったが、すぐにまた言葉を続けた。


「ただし浮気は許しません」

「勿論浮気なんてする気はございません。ただ一ヶ月に一度一人で外出したいのですけれど、ご了承いただけますか?」

「一人で? まさかいかがわしい場所へ出入りしているわけではないですよね?」

「いかがわしい?」


 ファイサルの棘のある発言にソフィーヤの眉間に少しだけ皺が寄る。

 確かに伯爵夫人が共もなしに外出するなど有りえないが、すぐにいかがわしい場所への出入りだと疑われたことに、ソフィーヤは悔しさで溜息を吐きそうになった。

 案の定、紅玉の瞳に嫌悪の色を宿したファイサルが冷たく言い放つ。


「ターラ伯爵家の品位が下がるような場所への出入りは承服できません」

「品位が下がるかどうかはわかりませんが、私の外出先は孤児院です」


 ファイサルの言葉に食い気味で答えたソフィーヤに、彼が冷たい声音のまま聞き返した。


「孤児院?」

「はい」


 本当のところ、行き先は孤児院だけではなく図書館なども含まれるのだが、メインの外出先は孤児院なので問題ないだろうと判断して力強く頷くソフィーヤに、ファイサルの瞳は嫌悪の色から猜疑の色へ変わっていった。

 ソフィーヤは後ろ暗いことなどしていないし、するつもりもない。だからファイサルの紅玉の瞳を、まっすぐに見つめ返す。

 そうやって見つめあうこと暫し、ファイサルがふっと視線を逸らした。


(よし! 勝った!)


 そう心の中でガッツポーズを作ったソフィーヤへ、ファイサルが諦めたように溜息を吐く。


「ならば問題はありません。しかし孤児院でしたら何も一人で行く必要はないのでは? 護衛と侍女を付けられたほうがよろしいかと思います」

「申し訳ありませんが、私は孤児院の子供たちへ貴族という自分の身分を明らかにしておりません。ですから護衛や侍女は不要ですし、はっきり言えば迷惑です。院長先生には身元をお伝えしてありますが、子供たちに萎縮されたくありませんので訪問する際も徒歩で行っていますから」

「そうですか。……まぁ、いいでしょう。ただし外出の際はくれぐれも気を付けてください」

「ありがとうございます」


 気を付けるのが、ソフィーヤ自身のことなのか、伯爵家の品位を彼女が下げないようにすることなのかはわからなかったが、どうやら納得していただけたようだと安堵して深々とお辞儀をする。

 きっと後者の心配なのだろうが、ソフィーヤの回答に満足したのかファイサルは悠然と部屋を出ていき、二人の寝室の間にある扉は向こう側からガチャリと鍵をかけられた。


 要件は終わったとばかりにさっさと退出していったファイサルの素っ気ない態度で、きっとこれから一年の間この扉は開けられることはないのだろうと考え、ソフィーヤはホッと胸を撫で下ろす。幾らイケメンでも、さすがに初対面の相手と閨を共にするのは抵抗があったからだ。


「一年か……」


 ポツリと呟き天井を見上げたソフィーヤが奮い立たせるように背伸びをする。


「そうと決まれば一年の間に、出来るだけスキルを上げて自立しなくちゃね!」


 伯爵家を追い出されても、実家であるリース男爵家へ戻るつもりはなかった。

 きっと戻れば今度こそ酷い嫁ぎ先を宛てがわれるに決まっているからだ。

 変態恥辱プレイで有名な伯爵とか、チブデハゲデブ~の唯我独尊子爵の噂が頭を過ぎり、ソフィーヤは身震いする。


「うわ、無理! 悪いけど、生理的に無理!」


 思わずそう叫んだが、正妻と異母姉は喜々としてソフィーヤをそういう男に嫁がせるだろうし、自分に関心がない父親は助けてくれないだろうことは想像に難くなかった。


「初婚が旦那様で本当に良かった。お金はくれるわ、私の貞操は守られるわ、自由だわ、何よりイケメンだわ、もういいことしかない!」


 うんうん、と頷くと、ソフィーヤは全力で神様に感謝したい気分で窓辺から月を拝む。


「神様、ありがとうございます!」


 結婚式でイケメンに目を奪われ、神父の誓いの言葉を聞き流す位は信仰心の薄いソフィーヤであったが、この時ばかりはそれはもう全身全霊で感謝を述べたのだった。


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