押しかける訪問者達①
二人で孤児院を訪問してから数週間が経ち、すっかり両腕が完治したファイサルは騎士団へ復帰することになった。
今日はその復帰初日ということで、昼過ぎには仕事を終えてくるファイサルがびっくりしないように、ソフィーヤはいつものお仕着せは着ずに動きやすい簡素なドレス姿(とは言ってもソフィーヤにしてみたらかなり豪華ではある)で、久しぶりに庭の草取りを行っていた。
広大な庭のあちこちを手入れしながら時折ソフィーヤの所へやってくるロム爺から「それは草じゃない! バカ者!」と叱られつつも、久しぶりの庭仕事に楽しく精を出していると、マリアが険しい顔でこちらへやってくる。
「奥様、すぐにお部屋へ戻りましょう」
言うなりソフィーヤの手を引いて立たせたマリアに、ソフィーヤはキョトンとした。
「え? でもまだ草取りをしている途中で……」
「それは後回しです! さぁ、お早く……」
「貴女がファイサルの結婚相手ね?」
マリアの言葉は途中で遮られ、ハニーブロンドの髪に淡いピンクの瞳をした美少女がソフィーヤの方へ向かって歩いてくる。
お客様かと思いドレスの裾を払い淑女の礼をとったソフィーヤだったが、彼女が少し上質ではあるが庶民の服を着ていることに首を傾げた。
相変わらずマリアはソフィーヤの袖を引いていたが、客人を放って部屋へ引っ込むわけにもいかないし、彼女の発言から自分に用事があるらしいと判断したソフィーヤが顔を上げると、美少女は肩にかかったハニーブロンドの髪を軽く払って言い放った。
「今まで私の代わりを務めてくれていてありがとう。でももうお役御免よ」
「へ?」
意味が解らず呆けるソフィーヤを上から下まで見定めるように視線を動かした美少女が、見下したように笑う。
「確か男爵家の娘だったわね? もうファイサルったら、私に振られたからって何もこんな地味な子と結婚することないのに」
「あの……?」
「ああ、紹介が遅れてごめんなさいね。私はエミリア・リットン。リットン伯爵家の娘よ」
「エミリア・リットン様……」
ソフィーヤは口にしたその名前に聞き覚えがあった。
それは件の婚約破棄騒ぎを起こし、伯爵家を勘当されたファイサルの元婚約者の令嬢の名前だった。
「伯爵夫人より公爵夫人になりたかったのに、まさか勘当されるなんて思わなかった! 平民なんて家は狭いし、使用人はいないし、お金はないし、もう散々! 手切れ金として渡されたお金も、手持ちの宝石もほとんど使っちゃったのに、ロバートは狼狽えるばかりで何もしてくれない甲斐性ナシで、私って本当に不幸だと思わない?」
ロバートとは彼女と一緒に騒動を起こした公爵令息の名前だったはずだ。
捲し立てるように身の上話を始めたエミリアにソフィーヤは唖然とする。
公爵家の嫡男がいきなり市井に放り込まれたのだ。そりゃ狼狽えもするだろう。自業自得とはいえ彼に婚約破棄された侯爵令嬢は何の罪もないのに修道院へ行ったのだ。そのことを考えるとソフィーヤはエミリアの話に同情は出来ずに黙り込む。
だが、そんなソフィーヤをまるっと無視してエミリアはにっこりと微笑んだ。
「だから伯爵夫人で我慢することにしたの」
突然言われた突拍子もない言葉にソフィーヤは頭がついていけない。しかし、そんなソフィーヤをエミリアはまたしてもまるまる無視して自分勝手に話を続ける。
「私達は嫌いで婚約破棄したわけじゃないんだもの。ファイサルは私を受け入れてくれるわ。本当は家を勘当されてからすぐここに来るつもりだったのに、ロバートに邪魔されたのよね。まぁ美少女である私に執着する気持ちはわからないでもないけれど……。ファイサルだって私のことを、いつも可愛いって褒めてくれていたし」
「え?」
思わずソフィーヤが声を出すと、エミリアが視線を向ける。
「何を驚いているの? もしかして貴女、ファイサルの妻なのに可愛いって言われたことないの?」
ソフィーヤが押し黙っていると、驚いたように口元へ手をやり、目を見開いたエミリアは、バカにしたようにクスクスと嘲笑った。
「ま、仕方ないわよね? だって貴女、ファイサルにお金で買われたお飾りの妻なんですもんね。それに地味だし。ファイサルってば私に振られたからって、こんな子と結婚しなきゃならなかったなんて本当に可哀想」
エミリアの言葉に、ソフィーヤは頭から冷水を浴びせられたかのような気がした。
お飾りの妻だということは自分だって解っていたことだが、第三者から告げられると胸が軋む。それに自分のせいで可哀想だと言われたファイサルに酷く申し訳ない気持ちになった。
「ともかく私が来たからには貴女はお役御免だから、さっさと出て行ってね」
可愛らしく微笑んだエミリアの美しい瞳から隠すように、ソフィーヤは先程まで草取りをしていたため土で汚れた手を握りしめる。
これ以上、自分とエミリアの違いを見せつけられるのは惨めな気がした。




