孤児院への訪問② ~ファイサル視点~
てくてくと歩きながら孤児院へ向かう。ソフィーヤがいつもそうしているように移動は馬車ではなく徒歩を選んだ。
まだ両腕に包帯を巻いたままの当主を心配して、数人の護衛が後ろから尾行しているのをファイサルは知っていたが、初めてのソフィーヤとの外出に胸は高鳴っていた。
隣を歩く彼女が、道すがら色々とファイサルに話しかけてくれるのも嬉しかった。
「そこ段差がありますので注意してくださいね」
「もう少し行ったら公園があるのですが、そこを突っ切って行くと近道なんですよ」
「ここの通りはたまに馬車が猛スピードで来るので、気をつけなければならないんです」
「あ、あそこに綺麗な花が咲いてます。あの花はなんていうんでしょうね? 今度ロム爺に聞いてみましょう」
いつになく饒舌なソフィーヤにファイサルは目を細めて彼女の話を聞いていたが、ふと口を開く。
「ソフィーヤは外出するのが好きなんですね」
「え?」
「とても嬉しそうに見えます」
「そうですか? でもそう見えるならきっと旦那様と一緒だからですよ」
「私と?」
「はい。だって今まで誰かと一緒に外出したことなんてなかったですから」
「そうなのですか?」
「ええ。私、一緒に外出できた初めての相手が旦那様で嬉しいです」
ソフィーヤの言葉にファイサルは歓喜した。
実はファイサルは初夜の暴言以来ずっとソフィーヤと自然に話せる特訓をしていた。
もう二度と言い間違えないように、誤解されないように、彼女を前にしても落ち着いていられるように毎晩練習した。
大怪我をした後、何とかスムーズに会話ができたのは、一人壁に向かって「ソフィーヤとの会話シミュレーション」(つまり彼女と会話をしているつもりの独り言)を繰り返し、自作のソフィーヤ似顔絵に向かって優しく微笑む練習をしていたファイサルの(傍から見たらドン引きの)努力の成果なのである。
ちなみにソフィーヤの似顔絵は大怪我をして運び込まれた時に執事が真っ先にクローゼットへ隠してくれていた。言わずもがな優秀な執事へは臨時賞与を弾んでおいた。
そんな涙ぐましい努力の甲斐あって、ソフィーヤとの距離が縮まったように思えたファイサルは上機嫌で街路を進んで行ったのだった。
孤児院へ着くといつものようにソフィーヤの周りには子供たちの輪ができた。しかも今日は麗しい男性を同伴しているとあってシスターたちまで色めきたっていた。
ファイサルは院長への挨拶の際に身分を明かし幾許かの寄付をすると院長にもソフィーヤにも何度も頭を下げられてしまった。
二人が院長室を後にすると子供たちが待ってましたとばかりに群がる。
その中の一人が子供らしい素直な疑問をぶつけてきた。
「包帯のお兄ちゃんはソフィお姉ちゃんの彼氏なの?」
「「えっ!?」」
直球の質問に二人で見事にシンクロしてしまい、子供たちのキラキラとした眼差しにたじろぐ。
「い、いや! 私は彼氏ではなく……」
当然ファイサルは彼氏ではなく夫なのだと否定しようとした。だが想定外の質問に、またうっかり暴言を吐いてしまうのではないかと躊躇している間に、ソフィーヤがしっかりとした口調で子供たちへ言い聞かせる。
「残念ながら彼氏ではないの。この方は私の恩人でとても立派な方なの。だから私なんかの彼氏だなんて言ったら失礼よ」
「そうなの?」
「ええ」
「良かったぁ! ソフィお姉ちゃんを盗られちゃうかと思った!」
「そんなわけないじゃない」
ソフィーヤと子供たちとのやり取りにファイサルはショックを受けていた。
自分が夫だと、いや彼氏としてさえ紹介してもらえない悲しさは思ったより深く心に突き刺さった。
怪我をしてからのソフィーヤの態度と先程ここへ来る時に交わした言葉から、彼女も自分のことを憎からず想ってくれているかもしれないと感じていたから、余計にダメージは大きかった。
今日だってソフィーヤと一緒に過ごしたくて無理を言った。断られたら引き下がるつもりだったが彼女は同行を許してくれて嬉しかった。
(でもソフィーヤの本心はどうだったのだろう?)
ファイサルがそんな不安に苛まれていると、ベストの裾をクイクイと引っ張られる。
引かれた方向へ視線を移すと、そこには満面の笑みを浮かべた子供がじっとファイサルを見上げていた。
「包帯のお兄ちゃんも鬼ごっこする?」
「鬼ごっこ?」
オウム返しに呟いたファイサルの言葉にソフィーヤが慌てて止めに入る。
「お兄ちゃんは酷い怪我をしているの。だから鬼ごっこは無理よ」
「包帯グルグルだもんね? 痛い?」
「いや、もう痛さはあまり……よし、やろう! 鬼ごっこ! 私が鬼だ!」
ファイサルが叫ぶと子供たちは歓声を上げてソフィーヤの手を引いて園庭へ飛び出す。
初めのうちはファイサルの怪我を心配していたソフィーヤだったが、やがて何かを吹っ切るように園庭を駆け回り始める。
ファイサルも肘で子供たちにタッチしながら暫くぶりに全力で身体を動かすことで、沸き上がった不安を解消しようとしていた。




