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 武田と出会ったのは大学生の頃だった。工学部で勉学に興味しかなかった私は、これまでの学生時代同様、友達などいない生活を送っていた。

そこに苦痛などなかった。授業を受け、休み時間は読みたい本を読み、また勉強をし。やりたい事をただやれている、時間を使えている事に満足を感じていた。


「いい本読んでるね」


 そんな私の世界を壊したのが武田だった。

 夕方、大学のベンチでのんびりと読書をしていた所に声を掛けられた。私の承諾も得ずに彼は私の横に座りページを覗き込んだ。


「あーそこかぁ。まさかその後この子があんな事になるとはねぇ」


 ネタバレなんてしたら口を引きちぎってやろうかとも思ったが、そこまでモラルのない人間ではないようだった。


「深山君、だったよね?」

「ああ」

「いっつも一人だね。楽しい?」

「一人が楽しくないと決めつけているような浅はかな言葉だな」

「はは、こりゃ友達いねえわ」


 モラルのない発言だった。お互いに。だがこの時不思議と心地よい気持ちになった事を覚えている。

 それから武田との交流が始まった。私と違ってオープンでアウトドアな武田はいろんな人間とコミュニケーションをとり、いろんな遊びをし、皆が羨むような大学生ライフを満喫しているような人間だった。そんな人間が同じ工学部の人間とはいえ、何故私に構うのかという不思議はあったが、妙に悪い気はしなかった。


 やがて社会人になり、私は車掌の道を進んだが武田は躍動的で、友達と会社を興した。武田らしいなと思った。連絡する度に生気と自信に満ち溢れた声を聞かせてくれた。会社は順調そうだった。私も堅実に仕事に向き合いながら妻と娘に恵まれた。お互いに順風満帆だった。



『孝則、ちょっと会えないか』


 そんな彼からの聞いた事のない深刻な声音に、私は二つ返事で答えた。待ち合わせたファミレスで久々に会った武田は、別人と見紛う程に憔悴していた。


「会社、やべーんだ」


 専門用語やらで理解出来ない所もあったが、簡単に言えば新規事業が失敗し、大きな損害が出てしまったとの事だった。そして、金がいるのだと。


「親友だろ、頼むよ」


 親友。言葉にされて初めて自分達は親友だったのだと知った。今まで友達がいなかった私にとってはそんな区別すらなかった。親友だなんて概念はなく、私にとっては大事な友達という存在だった。


「なあ孝則、もうお前しかいないんだよ」


 そんな親友の言葉が、ひどく薄っぺらく聞こえた。


「頼むから、金を貸してくれないか」


 武田に今まで頼られた事は一度や二度ではない。でもそれは、ちょっとしたお願い毎で簡単に応えられるものだった。しかし今回は違う。それに、金となれば話は別だ。

 父が金の事で一度痛い目を見た事があり、それによって一時的に生活が困窮した経験もある。その時の父の教えもあって、私はどんな人間であれ金は貸さないと決めていた。なにより、その事は武田も知っている。知っていて武田は私に金を借りようとしているのだ。


「お前の助けにはなってやりたい。だが言っただろう。金の話となれば別だ」


 おそらく自分以外の人間、頼れるであろう人間にこうやって縋りついているのだろう。

 決して金を踏み倒すようなろくでなしではない。何年かかっても金は返す男だろう。だが、私はダメだ。そもそも、こんなふうに金の話が出た時点で私の中の温度は冷え切っていた。


「……なんでだよ。親友だぞ? 助けるだろ、普通」


 血走った目がこちらを睨みつけている。憎悪や怨念の籠った彼の表情が、更に私の温度を下げた。


「リスクが生じる事など、会社をやっている身であれば常に考えるべきことだろう。こんな時に頼るべき場所はお前の言う親友か? 一体いくら貸せと言うんだ? 全てが間違っていると思わないか? どんな状況であれ、俺の意見は変わらない」


 そう言って私は先に席を立った。


「お前、どこの電車運転してんだよ?」


 帰ろうとした私の背中に、武田は妙な事を口走った。


「何?」

「お前が乗っている電車はどれだ?」

「知ってどうする?」

「さあ、どうなると思う?」


 狂った笑顔がそこにあった。追い込まれて狂った人間は、こうも気持ちの悪い顔をするのかと思った。


「二度と俺に関わるな」


 言い残し私は店を出た。

 





 そしてその一か月後、武田は私の運転する車両に飛び込んだ。



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