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“親友だろ、頼むよ”
“なあ孝則、もうお前しかいないんだよ”
“頼むから、金を貸してくれないか”
杉山が人身事故を起こしたと聞き、私は彼のもとに向かった。
一ヵ月指導者として彼を見てきた。幼く緊張しがちな部分もあり、当然ながら未熟ではあるものの、真面目で慣れてくれば業務上で大きな問題を起こすようなタイプではなかった。
気がかりではあった。自分以外に”彼”が見えている人間に出会ったのは初めてだった。狼狽している杉山の姿を見て正直私もかなり動揺していた。
しかし、霊体である彼に構う必要などない。死んでいる人間をまた轢いても何も起きやしない。無視すればよいのだ。杉山にそう伝えると彼は当然戸惑っていたが、その後一人になってからも、あのホームで何か問題を起こすような事もなかった。
しかし、その杉山が本当に人身事故を起こしてしまった。
問題が必ずしてもこちらにあるわけではない。正直飛び込まれてしまった側からすれば、こちらはどうする事も出来ない。だから杉山に落ち度はないと思っている。
杉山に会おうと思ったが、ショックが大きすぎたのか精神がかなり疲弊しており、その日は家に帰ったとの事だった。
そしてそれから杉山はしばらくの休暇を申し出たとの事なので、現場で顔を合わせる事が出来なくなってしまった。すぐに連絡したい気持ちはあったが、今日の今日で話を出来る状態ではないと思い気持ちをぐっとこらえ、私は以前何かあった時の念のためにという事で交換していた杉山の携帯に後日連絡をしてみた。
「杉山、大丈夫か?」
『……はい。少し休んだらマシになりました』
そう言う杉山の声に覇気はなく、マシになっているとは到底思えない声音だった。
「杉山、何があったんだ?」
すぐに声は返ってこなかった。人身事故で亡くなったのは二十代前半の女性と聞いている。初め私はまたあの男を轢いたのかと馬鹿げた事を考えてしまったが、そんなわけがない。
しかし、あのホームでまた起きた人身事故という点で、これがただの事故とは、私と彼が見えていた杉山の事を考えると思えなかった。
『騙された』
「……何?」
『いつもと、同じだったんです。あいつがまたホームにいて、いつも通りに飛び込んだ。そこまでは同じだったんです。でも……』
「何が、あったんだ?」
『あいつじゃなかったんです。飛び込んで来て、車両にぶつかる瞬間、あいつが……優香に……』
杉山の言っている意味が理解出来ない。飛び込んできたのはあいつだったのに、実際に轢いたのは優香という女性だったという事か?
――優香?
「杉山、どうして女性の名前を知っている?」
その瞬間、電話口から杉山の嗚咽がもれた。
『うああああああああああああああ! 何で! 何でううかが飛びごんでぐるんだよおおぉお! あいづじゃなぐで、う、うえっ、どうじ、どうじ、でええええええええ!』
獣の咆哮にすら聞こえる杉山のむせび泣く声に、私は何も言えなかった。
――だまされた。
「そんな、馬鹿な……」
頭の中で思い描いた点と点を無理矢理繋いでいく。
描かれた図面が想像通りのものだとしたら、とんでもない悪意だ。
『むじなんで、しちゃいけないんだ』
「何だって?」
『無視、したからだ』
「そんな事言っても、無視するしか」
『認めないから、こうなったんじゃないんですか?』
認めないだと?
認めるわけがない。
私は、何も悪くないのだから。
『深山先輩』
こんな身勝手、あってたまるか。
『あいつ、先輩の知り合いでしょ?』