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『次はー、***、***』
研修期間を終え、一人で車掌をこなすようになってしばらくが経った。日々大変ながら淡々と業務をこなしていた。
――あー、次またあそこか。
しかし、どうしても慣れない事もある。あのホームに飛び込んでくるスーツの男だ。
初めて見た時は死ぬほど驚いた。あんなにはっきりと幽霊というものを見たのは初めてだった。そしてそれからも深山先輩の言った通り、何度か彼の飛び込みを目撃した。
いくら見ても慣れない。あまりにもはっきりとした存在で見えている為、本当に生きている人間を轢いてしまったんじゃないかという恐怖が常にあった。
いずれにしても、もし緊急停止出来たとしてももう手遅れなレベルで飛び込んでくるのでどうにもならないのだが、毎度寿命が縮む思いをした。
それでも何度も続くと最初程の驚きはなくなり、耐性はつき始める。
無視しろ、という深山先輩の教えに従い、飛び込んでくる男を脳で拒絶するように努めた。
なかなか難しい事ではあったが、だんだんと彼の姿を見ても何も思わないようになった。
いつものように減速する。
またあいつがいる。
あいつが一歩踏み出す。
ホームのぎりぎりにあいつが立つ。
あいつとの距離が近づく。
飛ぶぞ、さあ、飛ぶぞ。
さっさと飛べ。
はい、飛んだー。
ガゴン。
「え」
ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。ガタン、、ゴトン、、。ガタン、、、ゴトン、、、。
プシュー。
扉が開くと、ホームの方から大きな悲鳴が耳に飛び込んできた。
--なんだ。なんだ?
違う。いつもと違った。
間違いなく、俺は男を、いや、人間を轢いた。
でも、あれは……。
ふらふらと車両からホームへ降りた。
「おい、何やってるんだ!」
他の駅員にがっと肩を掴まれ、身体を揺らされる。
俺は、やってしまったのか。
でもあいつは、幽霊のはずで、でも轢いた瞬間のあれは――。
ざわつく乗客達の声が酷くうるさい。
『人身事故だ』
『うわー遅れるじゃんめんどくせえ』
『目の前で見ちゃったよ最悪』
『あの女の人、なんか変だったよね』
意識が遠のいていく。
膝から崩れていく感覚を最後に、そこで意識は完全に途絶えた。