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『ご乗車ありがとうございます。この電車は――』
じんわりとした感動と共に電車を走らせる。机上研修を終え、これから一ヵ月程指導者の先輩と共に自分の手で電車を走らせる事となる。緊張で身体はこわばりながら、早く一人前にならねばと自分を奮い立たせる。
「身体が硬すぎる。緊張するのは良い事だが、度が過ぎると支障が出るぞ」
「は、はい」
緊張しているのはあなたのせいです、という心の声が思わずもれそうになる。指導者として同席してくれている深山先輩は車掌歴九年の大先輩で、常に冷静で落ち着いた運転と立ち居振る舞いは良く言えばプロフェッショナル、悪く言えば機械のような人だ。表情や声音から感情が一切読めず、何を考えているのかも分からないのでどんなふうに接すればいいのかまるで分からない。
狭い密室の中でそんな先輩と二人きりという状況は緊張以外に必要以上の気まずさを生んでおり、それこそ運転に支障が出かねない空気に包まれている。
「おつかれ。明日もよろしく」
一日の運転を終えると、深山先輩はそれだけ言い残し後は自分の雑務に黙々とうつる。
雑談なんてものは一切ない。自分達の関係は車掌というものだけでそれ以上もそれ以下もないといった態度だ。
「お疲れさまでした。よろしくお願いします」
――やりにくいなぁ……。
だがもちろん仕事上において悪い先輩ではない。きっちりこの一ヵ月でしっかりと得られるものは得よう。そう気持ちを切り替えた。