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『ご乗車ありがとうございます。この電車は――』
ダイヤグラムに人生毎組み込まれた毎日に疑問も違和感も抱く事なく、今日も私は電車を走らせている。
敷かれたレールに沿った人生なんて表現があるが、車掌という仕事をしている人間にとってこれほど皮肉な表現はないだろう。しばしば夢を持つ表現者がその他の存在を馬鹿にしたり鼓舞したりする際に使うこの表現を、敷かれたレールに沿う事こそが仕事であり人生である我々がどう感じるか、一度でも考えた事はあるだろうか。
まあ別に言われた所でその通りですよ程度にしか私は思わないが、そんな人生を否定するお前達こそどれだけ立派に生きているのかと真顔で問いかけてやりたいと思う時はある。
簡単な仕事ではない。一分一秒でもダイヤに乱れが出ようものなら、親の仇とばかりに怒り狂う人間もいる。たった数秒数分の遅れが人間の精神にどれほどの乱れを生むかはこの職についてから嫌という程見て肌でも感じてきた。
ガタンゴトンと揺れ、一定のスピードで進み続ける単調ながら様々な人間の生活を支えているこの大きな車両という箱を操作する事は、非常に緊張感もありながらひどく退屈なものでもある。だが、これでも幼少の頃から憧れた職なので嫌いだとは思った事はない。
『まもなく、到着します』
次の駅のホームに差し掛かってきた。決められた停車位置に合わせ緩やかにスピードを落としていく。先に見えるホームに群がる大量の人間を見ながら国民の勤勉さに呆れながらも私は感心する。
その時、ホームの光景に違和感を覚えた。
――ん?
それはとても些細で、直感的なものだった。何かがおかしい。
やがて電車がホームに入る。
「あ」
瞬間的に思考と身体全てが凍るような感覚に襲われた。もうこの時点で、全てが手遅れただという事も把握している。把握出来てしまっている。
ホームの群衆の中、ぬるっとスーツの男が白線を越えて足を踏み出した。
電車は減速に入っている。だが、まだまだ人を殺せるスピードだ。
男は止まらず、そのままもう一歩踏み出す。
そして、男は線路内に飛び込んだ。
タイミングを見計らったかのように、車掌である私の目の前に窓に向かって。
飛んだ瞬間、男の顔がぐるっとこちらを向き、私と目が合った。
――そう言う事か。
妙に冷静に納得しながら、ひどい八つ当たりじゃないかと思った。
“親友だろ、頼むよ”
どんっと強い衝撃音と共に、男の身体は空中に弾き飛ばされ、やがて地面にバラバラに散った。