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09 命の価値



  3月21日 土曜日

 祭日の金曜日も含めて三連休の週末とはなったものの、中日(なかび)である土曜の朝を味気なく迎えた一弥。

 何が味気ないかと言えば、妹の佳美はこの生家を去り、両親が住む野沢温泉村へと向かったからである。


 “親父たちの住むあの家なら雪国仕様で基礎が高いから、玄関の階段さえシャットアウトしておけば不審者は入って来れないから”

 そう言って、今にも泣き出しそうな妹の背中をさすってやりながら送り出したのは昨日。

 つまり孤独な生活第一日目の朝が始まったのだ。


 人に作ってもらうソーセージ&エッグ定食は何でこんなに美味いんだろう?そう感じながら自炊の朝食をボソボソと食べる。

 BGM代わりに付けてあるテレビからは、いよいよ爆発的感染が広まった病理的暴動者による集団襲撃事件のニュースがヒステリックに報じられている。


「こちらJR広島駅前です! 」

「こちら日比谷公園前から中継です! 」

「大阪の道頓堀から中継です、皆さんこの光景を見てください! 」


 日本全国に出ていた中継がせわしなく切り替わり、赤黒い血にまみれたゾンビの集団が街を闊歩しながら人々を襲う様を映し出している。

 テレビ画面の上にはニュース速報のテロップが現れ、本日9時より首相緊急記者会見と表示されていた。

 たぶんテレビのコメンテーターや新聞の論説で「出せ」「出せ! 」と再三催促していた非常事態宣言を行うのであろうが、もはやそれを通り越して自衛隊による『治安維持出動』を発表した方が現実的なレベルである。


 こうなる事は見えていたとばかりにため息を一つ吐き出し、何の感慨も得ない冷めた表情で席を立ち、食器を片付けて茶を入れる。

 思い出したかのように玄関の外にある郵便ポストまで赴いて新聞を取り出し、茶をすすりながら新聞を読み始める。


「……増えたな……」


 一弥のこの一言が全てを言い表していた。

 普段であるならば、紙面の三分の一程を割いた程度の件数しか無い『お悔やみ欄』が、まるまる二ページ分の紙面を使って表示されていたのである。

 この長野県内でも死者数が爆発的に増えた事を意味しており、紙面に掲載する事を断った遺族や、そもそも孤独な人生で告知の必要が無さそうな人々の死も含めれば、莫大な数の県民が亡くなっているのだと想像出来る。


 ーーとりあえず明日までは休みで、一応月曜日は出社してくれと会社からは言われている。

 だが、出勤して来る者が激減してあちこちの工事がストップし始めており、建設業界自体が機能不全に陥っている事も事実。

 週明けに顧客動向などの状況把握を行なった後に、親会社から期間を区切っての休暇取得指示が出るかもと役員から言われている。

 それが社会人として最後の日になるかも知れないなと、ぼんやりとその言葉を噛み締めながらお勝手へ。お茶のお代わりを注ぎに行く。


 居間から聞こえて来るニュースの音は廊下にいてもお勝手にいてもヒステリックであり、やがて国内分の原稿を読み終えたのか、アナウンサーは各国の状況をお伝えしますと、外信部の担当にマイクを譲る。


「インドとパキスタンの間で国境紛争が再燃、熱核兵器使用の未確認情報も」

「イスラエルの首都エルサレムで同時多発の自爆攻撃、死者は少なくとも三百人」

「イギリスのヒースロー空港で着陸直前の大型旅客機が墜落。機長と副操縦士がウィルス感染の可能性」

「インドネシアで補償を求める大規模デモ発生。警官隊がデモ行進の列に発砲、死者多数」

「アメリカ大統領とロシア大統領が電話会談。熱核兵器によるゾンビウィルス焼却の有効性を話し合っていた事が判明」


 どれをとっても終末の匂いがプンプンする。

 日本だって例外ではない。このまま行けば世界各国の報道番組が大騒ぎするような終末ニュースを提供するのだろうなと、一弥はコタツに肩まで入って寝転んだ。


 ここは田舎だからまだ良い。井戸水を引いているから水に困る事は無いし、食べる事と着る物の心配さえしていれば何とか生き延びられる。

 耕作する土地もあるし人口密集地ではないからゾンビに襲われる危険性も少ない。

 そしてマスクも食糧も殺虫剤も大量に買い込んであり、あとはホームセンターで木材や鉄管を購入して家を要塞化するだけ。


 まあそれはそれとして、都会の人たちはどうやって生き延びるのだろうか、、、

 などと、うたた寝しながら取り留めのない考えに支配されていた一弥であったが、突如パチリと目を覚ます。笠倉首相の緊急会見の模様が、テレビ中継で始まったのだ。


 ーー自衛隊による治安維持出動はまだ控えるが、非常事態を宣言して国民の社会生活を制限します。各都市間を閉鎖しウィルス感染の拡大を封じるので、不要不急の外出を控えて欲しい


 まあ、一弥はそれなりに順当な会見なのかなと納得し、違和感なく耳を澄ませていたのだが、会見も終盤に差し掛かった頃に突如腰を抜かす。あまりにも驚いたのかテレビ画面に向かって「何じゃそりゃ」と叫んだのだ。


『ゾンビウィルス対策として、各家庭にマスク三個を支給します。家長、配偶者、子供の平均的家族をモデルとして個数を決定しました』


 この発表には賛否が出るだろう。

 反対する側としては、何故休業補償などの現金支給じゃないのかと批判が噴出するであろうし、賛成する側としては、命を守る必要性がある以上マスクは大切だが個数が少なくないかと批判が出る。

 どちらも納得出来ないような、異様な発表であったのだ。


 だが、不思議とその点について一弥は鼻息を荒くしていなかった。どこはかとなく悲しい表情でチャンネルを変えたのである。


「俺と佳美の命の価値。いや今は俺だけだから、俺の命はマスク三個分か……」


 皮肉でも何でもなく吐き出したこの言葉。

 誰に対して言った訳でも無いのだが、良く政治家の選挙ポスターで見かける決め台詞(せりふ)「命を守る政治を! 」を思い出し、ついつい吐露してしまったのであった。




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