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07 東京オリンピック延期



  3月16日 月曜日

 日本の発表が激震となって世界を駆け巡る。

 「東京オリンピックを予定通り開催する事を断念、延期とする」……笠倉首相が記者会見で正式に発表した事で、国内の人々のみならず世界の人々が、今が非常事態である事を実感した瞬間だ。


 一斉休校で親が大変!

 宿泊業がキャンセルの嵐!

 飲食店が閑古鳥で死活問題!

 マスク品薄で転売横行!


 毎日毎日この無限ループで報道を行って来た事で、視聴者や新聞読者はいささかの食傷気味となっていたのだが、このオリンピック延期報道でマスコミは息を吹き返す。それ待ってましたと大喜びしたのだ。

 そして東京五輪中止と言う新しいオモチャを手に入れた報道各社は、これでもかと情報の幅を広げてアンモラルに垂れ流し始める。


「今までかたくなに開催にこだわっていたのに、急に延期へ路線変更したのは何故か」

「延期とはいつまでの事を言うのか、その根拠は何だ? 」

「競泳代表選手涙の単独インタビュー。大会をピークに仕上げた身体をどうしてくれる! 」


 通常のニュース番組や新聞一面にはデカデカと東京五輪延期の報が並び、それを追随するように放送各局の情報バラエティが重箱の隅を突つき、芸人たちが面白くもない議論に夢中になっている。まさに狂想曲の様相である。


 決断を渋れば騒ぎ、決断を先送りにすれば騒ぎ、決断したら決断したで何故決断したのだと騒ぐ。それがこの国のジャーナリズムの在り方。

 ーー日本が余力を残していても世界中が大混乱に陥っていれば、外国人選手と応援団が東京に集まる訳など無いのは当たり前。それが分かっていながら政府や大会委員会の一挙手一投足にケチを付けるやり方はマスコミの常套手段であり、スッポンと同じく噛み付いたら離れないのだ。


 ロサンゼルスオリンピック以降、金にまみれた商業オリンピックだと揶揄(やゆ)されないためのカウンター・キーワードとして【アスリート・ファースト】と言う言葉が都合よく多用されて来た。それほど中身の無い言葉である。

 金目当てのオリンピックじゃないですよ、アスリート・ファーストですよと言い訳する程度の価値しか無いこの言葉を逆手に取り、マスコミはそれを承知の上で水戸黄門の印籠のように高々と掲げながら、アスリート・ファーストなのにアスリートの意見が反映されていないではないかと叫び出す。

 苦難の末に五輪出場を勝ち取った選手たちを軽視している、来年に延期となった場合、出場選手の立場を補償するのかと政府に対してマイクを突き付けたのである。


 ーーしかしこのネタも一週間は持つまいーー


 騒いでいるのはマスコミだけで、当の選手たちは極めて冷静である事と世論が五輪延期を好意的に受け止めている事から、完全燃焼の大炎上には至らず、マスコミの目論見は見事に外れるであろう。


 だが、死は着実に人々に向かって足を進めて来ている。

 国内のゾンビウィルス感染患者は確実に増加しつつあり、テレビでも新聞でも都道府県別の発症ランキングが発表されている。

 また、感染患者が病理的暴動者となって人々を襲う事件も多発しており、SNSなどの動画配信サービスにおいては、テレビでは放送出来ないような猟奇的な動画も複数アップロードされるようになった。


 ウィルス感染による一次的被害、そして肺炎や内臓出血や意識混濁による重篤な状態を経て病理的暴動者へと姿を変え、他者に襲いかかり二次被害を発生させる。

 空気感染なのか、それとも飛沫感染なのかはたまた粘膜感染なのか……それすらも判明しておらずワクチン開発など夢のまた夢となっている現状、病理的暴動者がネズミ算式に増えるのは間違いなく、【どこかで何かを切り捨てないと】世界は滅ぶと、誰もが心の隅にそんな危機感を抱き始めていたのであった。



  3月16日 月曜日

 『今日から日記を書き始める』……真新しい大学ノートの最初のページに、一弥の字でそう書き込まれる。絶滅日記の始まりだ。


 ーー今後の展望を考えると、悪くなる事はあっても良くなるとは思えない。せめて両親と佳美、そして最後の砦である家を守る手立てを考えるーー


 決意文らしき文章の後には、一弥の独自の見解によるゾンビ考察が箇条書きで並んでいる。先ずは敵を知ろう……そう言う気持ちの表れなのだ。


 ・ウィルスは空気感染から粘膜感染まである。病理的暴動者に近付けば近付くほど感染リスクは上がる

 ・ウィルス感染者が病理的暴動者に変わったらもう止める事は出来ない。本能の赴くままに暴れ、引っかかれたり咬まれたらアウト

 ・病理的暴動者……めんどうだからゾンビ。ゾンビはウィルスの(かたまり)だから、返り血を浴びてもアウト

 ・脳が弱点で頭を吹っ飛ばすと行動不能になる。だが銃など持っていない

 ・打撃武器でゾンビの脳を破壊、効果的に思えるが無理。喰う襲うの原始脳は中枢にあるから、よほどの打撃力がある武器じゃないと表面で止まる

 ・電動ドリルを脳の奥深くまで射し込む方法があるが、ゾンビも動いているから無理。そもそも接近自体が危ない

 ・いざと言う時、せいぜいバールなどでアゴを狙って攻撃し、脳しんとうを誘う作戦しか対抗出来ないと思う。


 結論;俺の力じゃゾンビ退治は無理、逃げるしか方法は無い。とにかく逃げ隠れしよう。そして家族全員が逃げ延びる方法を明日までに考える。

 この日の日記は、そこで終わっていた



  明けて翌日 3月17日 火曜日 AM

 国会内で『ゾンビウィルス緊急対策特別措置法の衆院財務金融委員会集中審議』が開催され、与野党が議場で相見えたのだが、ここで恐るべき質問が野党から投げ掛けられた。


「総理、総理、総理! 病理的暴動者と感染のパニックで疲弊した国民は、明日をも知れぬ生活を送っていると言うのに、あなたの奥さんは友人たちを呼んでレストランでパーティーを開催していた! 首相夫人としてあるまじき行為だ! どう責任を取るお積りですか! 説明責任を果たして下さい! 」


 国内ゾンビウィルス感染者、全国推定六十人

 感染後、重篤状態や死亡確認を経て病理的暴動者に変化した者、十三人

 病理的暴動者の襲撃を受けた二次被害者、二次感染者二十八人

 数字的にはひどく少なく感じるが、3月13日の金曜に国内第一号の感染者を出してから、たかだか三日四日しか経っていない。

 今後数日の間に感染者や被害者が爆発的に増加する試算もあり、今が一番こらえどころだと説明する専門家もいた。


 しかし国会は総理夫人のパーティー問題に終始してしまったのである。

 欧州や中東各国だけでなく、北アメリカ大陸のカナダやアメリカ合衆国までもが国会非常事態宣言を発令したのと同時期の出来事であった。




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