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05 国内発症第一号



  3月13日 金曜日

 横浜港に停泊したままの豪華客船『プリンシプル・メディタラネーオ(地中海の王子)』。日本政府側からの下船許可は一向に下りず、病理的暴動者も感染していない健康な乗船客も船内に缶詰め状態のままが続いている。

 内部の情報提供者から得た実情をネタにして、マスコミは連日連夜に徹底的な政府批判の報道を行って来たのだが、ここで一つの事件が起きた。


 病理的暴動者の多発したエリアは船の管理会社が完全にフロアに閉じ込め、健康な乗船客に限定的な行動の自由を認め今日(こんにち)に至るのだが、その健康な乗船客の中に異変が起きたのである。


 船の客室の外、ベランダの手すりにや格子(こうし)に、ベッドのシーツを括り付けメッセージを発信する光景が見受けられる。


 『当方糖尿病にてインシュリン残り少なし!』

 『ただの花粉症なのに閉じ込められた! 』

 『早く下船したい、政府は対応しろ! 』

 『水が不足してる』


 客室の外にまるで横断幕のように並ぶメッセージは、その船室船室に閉じ込められた乗船客の心の声として受け止められていたのだが、そのメッセージの一つ、具体的な文言で説明すると『妻が具合悪い、早く診てくれ』と書かれたシーツが風にたなびく船室があったのだが、某民放のキー局の撮影カメラがたまたま映像を捉えた。


 船室の大きな窓がガラリと開き、「それ」はノロリノロリと重い足取りでベランダへと出て来る。被写体が現れて美味しいと思ったのか、テレビのカメラは望遠レンズでそこに焦点を合わせたのだが、そこには衝撃の光景が広がっていたのだ。


 老いた妻らしきその乗船客……夫と船旅を楽しんでいたらしきその女性がベランダに現れた際の姿は、既に正常な人の姿ではなかった。

 自分のものか他人のものかは分からないが、頭から口の周りからベッタリと血をかぶり、視点の定まらなさそうな濁った瞳が何かを探して辺りを見回している。

 「青ざめた」を通り越したドス黒い肌は、誰が見ても生気を感じさせるものではなく、更に死後硬直時に強引に動き出し粉砕骨折でもしたのか、右腕が肩の付け根からブランブランと風に揺れているのだ。


 こんな“美味しい光景”を、テレビ中継が見逃す訳は無い。


 (ただ今乗船客の一人がベランダに出て来ました! 見て下さい、血まみれで異様な姿のあの女性、病理的暴動者なのでしょうか? )


 現地レポーターが待ってましたとばかりに大騒ぎし、視聴者をグロテスクな世界へ惹き込んで行くのだが……放送局側はここで中継をストップさせて映像をスタジオに戻す。

 何故なら、その老婆の病理的暴動者がベランダの手すりにたどり着いた途端に激しく嘔吐し、メッセージが描かれていた真っ白なシーツをドス黒い大量の血で染めてしまったのである。


 ーー映像が残酷で刺激的過ぎるーー


 それが中継を中止させた理由なのだが、一部の視聴者を震撼させた事に間違いはない。この件で他人事だと思って浮ついていた国民にクサビを打ち込んだのである。


 だが、日本政府側の見解としては、豪華客船『プリンシプル・メディタラネーオ』の乗船客については、国内発症例としてカウントはしておらず、病理的暴動者が爆発的に増えている世界の各国と比べても、発症例の無い奇跡の国だと主張している。

 感染すると人間の神経細胞に宿って増殖を繰り返し、心臓が止まっていようが脳死状態であろうが、勝手に電気信号を送り身体を動かし続ける【ゾンビウィルス】は、赤道直下で繁殖し、豪華客船の乗客たちも赤道付近で感染したのだ。だから国内発症例ではなく、国内発症第一号はまだ無いーーそう主張しているのである。



 しかしこの日、日本政府は取り繕っていたプライドをズタズタにされる事案に遭遇する。


  3月13日 金曜日

 ゴールデンタイムの時間帯に、国営放送局と民放各局全てが、画面の上にニュース速報のテロップを入れた。


『中東旅行から帰国した女性(60代)ウィルス感染で病理的暴動者と認定。家族にも感染の疑い』


 いよいよ日本国内でも始まった。

 オペラの舞台が最高潮に達し、演者たちがステージに並んで深々と頭を下げる。オーケストラが盛大にフィナーレを奏で始めたのだ。




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