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ダイヤリー・オブ・ザ・エクステンション 絶滅日記  作者: 振木岳人
◆ プロローグ ・2月24日 月曜日から
4/11

04 3月11日 ここが叩くポイントだよ



  3月11日 水曜日

 フィリピンのフェルナンデス大統領が首都マニラと国内主要都市に戒厳令を施行。国軍部隊が警察の暴動鎮圧部隊に変わり、騒乱の都市を包囲して封鎖してしまう。

 日本政府はフィリピン政府と交渉し、現地邦人の救出についての確約を得る。

 フィリピン脱出する現地邦人を政府のチャーター機が空輸する手はずとなったのだか、そのチャーター機の予算をどこで捻出するかで紛糾。

 チャーター機代を現地邦人に支払わせる情報もまことしやかに流れ、日本国内のマスメディアは大喜びで配信を開始し、「ここが叩くポイントだよ」とばかりに政府の無能ぶりを嬉々として報じ始める。



 ーーここは長野市内

 風邪が治った徳田一弥の復帰初日、年度末の挨拶も兼ねて日頃お世話になっている顧客を定期訪問しており、市街地の郊外にある小さな土建屋さんの事務所で今、お茶をご馳走になりながら経営者と雑談の花を咲かせていた。


 「父ちゃん社長で母ちゃん専務」の小さな土建屋。

 事務所の一角に無理矢理応接セットをねじ込んだ、窮屈な場所ではあるが、一弥の人柄が好かれているのかお茶のおかわりに茶菓子にとテーブルの上は更新され、ついつい長居してしまう客ではある。


 年度末工事の話題から新年度の受注工事の話題に発展し、今は雑談中の雑談である、世界規模で起きている異変に対し、社長は身を乗り出して一弥と語り合っていた。


「東京オリンピック、予定通り開催出来ますかね? 」

「いやあ、無理なんじゃないかな。政府と大会委員会はやる気満々みたいだけどね」

「インバウンド効果は、今現在の日本経済になくてはならない要素になりましたからね。オリンピックが中止になると、ダメージは大きいでしょうね」

「それだけならまだ良いだろうが、輸出入の流れが滞れば、観光産業以外にも如実に影響が現れる」

「おっしゃる通りです」

「建設資材のほとんどが安価な輸入品だ。土木はまだしも建築業にはキツイだろうね」



 既に国内では、学校閉鎖や卒業式のイベントが延期され、子供たちが自宅待機と言う状態に陥っている。

 子供を施設に預けられずに自宅で世話をしなければならない親たちは、働きに出る事も出来なくなっている。雇用と収入のバランスも崩壊を始め、市民の不満も爆発寸前だ。


「今朝も国営放送のニュースで、観光で成り立っていた京都の嵐山が閑散としたり、旅館やホテルがキャンセルの嵐で廃業の危機を迎えていると報道されてたよ」

「政府の経済緊急対策が待たれる局面ですかね? 」

「わはは、国営放送のニュースでもそう言ってたよ。わざわざ現地の人のインタビューを使ってね、代弁させてたよ」


 あの国営放送は不況になると、いちいち町工場の経営者の特集やってお涙インタビュー流すんだ。政府のやり方が気に入らないと途端に一般人にインタビューで代弁させる姑息さが嫌いでね。受信料など払いたくないのだがーー

 豪快に笑いながらそう吐き捨てていた社長だが、一弥を前に瞬間的に真剣な顔付きになる。あまり大声では言いたくないのだが、君だから話すんだと言う強い意志が感じられる。


「徳田君、人口百人の村で一人が伝染病にかかったとする。百パーセント死に至る病で治療法は全く分からない」

「は、はあ……」

「他者に伝染する可能性が極めて高く、近付いただけで最低でも五人に感染する力を持つ。村長はその病人を助けるべきだと思うかい? 」

「そうですねえ……いやあ、私には判断しかねます。正直分かりません」

「ふむ、分からないか。人間的にはそれで良いのかも知れないが、分からないと言った腹の内に、隠してある気持ちがあるだろ? 」


 一弥はハッとして背筋を(ただ)

 例え話を使って痛くも無い腹を探られただけなのだが、社長が指摘して来たポイントこそが人間の本性だと自覚していたのである。


「もし、盲信的な人類愛に富んだ者ならば、是非も無く助けようとするだろう。その結果自分も感染し、五の陪乗の感染者を出して村が全滅してもね」

「社長のおっしゃる通りです。私はその一人を切り捨てれば九十九人が助かると考えていました」

「血も涙も無い人間だと思われたくなかったのだろ? でもそれで良いんだ、それが普通の人なんだよ」


 ーーだけどね、徳田君。政治がその判断を分からないと言ったらどうだろう?

 国が水際対策に苦心して、一般市民に感染拡大しないようにしたとしても、人々は従わずに子供たちを外に晒したりイベントを開催したり、飲み屋でどんちゃん騒ぎを繰り返す。

 自分には好き勝手に生きて良い自由がある、権利がある。生き残る権利もあるし、日々の生活を保障される権利もある。だから今困ってるんだから保証だ保障、保証寄越せと騒ぐ。

 まだこの国では被害者が出ていないから甘く見ているのかもしれないが、まず生きてる奇跡を忘れているし、そのクセ自分は特別な存在だと曲解してるんだね。

 狂乱の根幹はマスコミにあると僕は見ているが、意図的に政治が四捨五入出来なくしてるように騒いで見えてね、それが不安なんだ。政治が硬直化して身動きが取れずに手遅れになるのではと危惧しているんだよ。


「政治家たちは言葉を濁して病理的暴動者と呼ぶが、マスコミではゾンビと呼び始めている。徳田君、日本だけは例外で安全だなんて保証は無いよ」

「社長、耳が痛いです。今の今まで気楽に考えてましたよ。他人事じゃないのだと自分を戒めます」



 社長の話に震撼した一弥

 日本だけは大丈夫だと言う考えに、まるで根拠や理由が無かった事を自覚したのだ。

 そしてそれは“自分の身は自分で守る” 具体的に生き残る方法を模索しようと決意した瞬間であった



  同日夜、国営放送局21時のニュース

 国連の専門機関である、WHO世界保健機関のデザレン事務局長が緊急記者会見を行う。

 原因不明、正体不明の病原菌を『ゾンビウィルス』と仮に呼称し、世界的な爆発感染……パンデミックが起きている事を発表した。


 だが各国のマスコミを通じて流れたこのニュースは、世界をポカンとさせた。

 このオッサン今更になって何を言ってるんだと言う、飽きれた反応に占められていたのである。

 つまり、この事件が始まってすぐに、WHOの権威は失墜していた証拠となったのだ。



 ◆ プロローグ ・2月24日 月曜日から

   終わり




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