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ダイヤリー・オブ・ザ・エクステンション 絶滅日記  作者: 振木岳人
◆ プロローグ ・2月24日 月曜日から
3/11

03 3月9日 月曜日 裏付けの無い根拠



  3月9日 月曜日

 イタリア船籍の豪華客船『プリンシプル・メディタラネーオ(地中海の王子)』が横浜港に到着。

 船内に隔離した病理的暴動者と一般船客を横浜港から病院に移送する話も出たのだが、日本政府が乗船客の下船について停止命令を出す。


 孤立してしまった乗船客たちに対して早速食指を動かし始めたのは国内メディア。

 SNSなどを通じて乗船客と連絡を取り合い、突撃取材よろしく船内の様子を報道し始めた。


『船内で病理的暴動者が暴れてる! 』

『隔離とは名ばかりで客室に閉じ込めてるだけ』

『私の家族は健康なんだ。だから早く船から降ろせ! 』

『日本政府は無策だ! 乗船客を見殺しにするのか! 』


 報道はきわめて感情的な内容で占められ、その叫びは視聴者や新聞読者の同情を誘う。

 そしてセンセーショナルな内容の報道を優先し、イタリア船籍である事をしっかりと報道しない事から、国内世論の批判の矛先(ほこさき)は、全て日本政府に向かう事になってしまった。




 ーー長野市内

 週末に大風邪をひいた徳田一弥は、年度末までに消化しなければならない五日間の有給休暇取得を利用し、「週明け月曜日の病欠」と言う、同僚職員から顰蹙(ひんしゅく)を買いそうな休日を、布団の中で伏せながら過ごしていた。


 朝は菓子パンに市販の風邪薬、昼はインスタントの袋麺にレンジで温めたご飯。

 身体のだるさと寒気は抜けないものの、熱が下がって来た事から夕方に会社の上司に連絡。明日火曜日には出勤出来るとの報告を行うと、上司からは意外な答えが返って来る。


(徳田君、まだ有休消化が二日残ってるだろ? もう一日休んでしっかりと風邪直して出社してくれ)


 建設資材卸しの総合商社、そのグループ企業の重機リース部門で営業職に就く一弥。役所の年度末に向かって予算消化工事が全て始まり軌道に乗った事から、それほど時間と仕事に追われる(せわ)しない日々が終わっていたのは確か。

 温情判断の上司に礼を言って電話を切り、夕飯までの間にもうひと眠りと、布団に潜り込む。


 時間はどれだけ経ったろうか

「……お兄ちゃん、お兄ちゃん! 」

 夢うつつの布団の中、聞き慣れた声に薄眼を開けると既に日没が始まっているのか部屋自体が薄暗い。そして仕事を終えた妹がいつの間にか帰宅していたのである。


「途中で買い物して来たから、夕飯作ってあげるよ! 」


 階下から聞こえて来た声の主は四歳年下の佳美(よしみ)。医療事務職で長野市内の病院に勤めている。


 国家公務員だった一弥の両親は老後を快適に過ごそうとこの長野市を離れ、野沢温泉村に家を建てて悠々自適の日々。

 独身の一弥と佳美は通勤に不便だと主張し、両親のいないこの実家にそのまま残り、兄妹で生活していたのだ。


 本日の夕飯は佳美特製の鍋焼きうどん

 スーパーの惣菜コーナーで買って来た海老天や白菜やキノコ、豚バラ肉や生卵がうどんが見えないぐらいにトッピングされ、ぐらぐらと煮えるそれは見るだけで身体が温まりそうだ。


「助かる、助かるよ」


 情け無い笑顔で喜びながら、ズルズルとうどんをすすり至福の時を過ごす一弥。佳美はレンジでご飯を温めてレトルトカレーで簡単な夕飯をとり始めた。


 まだ三月の長野は寒く徳田家の生活は居間にあるコタツを中心に回っている。

 今日もコタツを挟んで兄と妹、テレビを見ながらの普段通りの夕飯のひととき。だが食卓の話題はやはり病理的暴動者、ニュースから流れる世界の大混乱の模様が二人の眉をひそめさせていた。


「ねえ、病院でも話題になってるけど、病理的暴動者って一体何なの? 」

「それを俺に聞くかな。佳美の専門分野だろ? 」

「私の分野なんかじゃないわよ、私なんかただの事務方よ」

「それでも院内の先生たちとか話題にはなってるだろ? 」

「話題にはなるけど……みんなチンプンカンプンだよ」


 専門の医療従事者であっても、事の真相は謎らしい。

“死体が起き上がり人々を襲う”

“瀕死の人間が暴れ出した”

“咬まれたり引っ掻かれた者も暴れ出す”


 まるでゾンビ映画を地で行くようなニュースが世界中から舞い込んで来るが、ウィルスなど感染による疾病なのか集団ヒステリーのようなパニックなのか、国内メディアや専門家ですら結論が出せずにいる。

 長野の片田舎で医療事務職の妹とサラリーマンの兄……いわゆる一般人ごときが結論を出せる訳がないのだ。


「今日さ、寝ながら結構テレビ見てたけど、ワイドショーとかで大騒ぎだったぜ」

「そりゃそうよ、大騒ぎ出来るネタなんだから。ミュージシャンのドッキーが薬で捕まった話題も風化してるし」

「う〜ん、まんまと踊らせられてるのかもな」

「お祭りなのよお祭り、芸人チャンネル、笑えない落語家、ナレーター崩れのお爺さんに、司会者とチンピラの掛け合い話芸、まともな番組無いじゃん」

「佳美も結構ブラックな事言うな」


 毒のあるジョークに笑う一弥、だが妹の表情の変化に鼻水混じりの笑いを止める。ーー辛口になるのは心配の現れ。世界で多発するこの異常事態を前に、佳美が一抹の不安を抱いている事に気付いたのだ。


「まあ、インフルエンザみたいな一過性のものなんだろ? 花見の季節が来る頃には終わってるよ」


 妹を元気付けようと言った言葉ではあったが嘘をついていた。一弥も簡単に収まる事件だとは思えなかったのである。


 ーー日本は大丈夫、俺は大丈夫だと湧き上がる気持ち。その気持ちを裏付けるような根拠がまるで無かったのだーー



  3月9日 月曜日 日本時間 深夜23時

 イスラエルの首相が緊急会見を開き、首相エルサレムの封鎖を宣言。イスラエル軍治安部隊による病理的暴動者の鎮圧を開始した。

 同時刻、マレーシア、インドネシア、シンガポールなどの東南アジアでも、病理的暴動者による都市破壊活動が現地当局により確認された。




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