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幻子からの連絡を受けて僕が彼女の迎えを依頼した相手は、天正堂本部の人間でも広域超事象諜報課の職員でもなかった。僕は幻子が見知らぬ人間を(極度に)信用しない事を知っていたし、彼女の場合、状況を鑑みず迎えに行った人間の求めに応じない可能性だってあったからだ。
幻子を二神邸のある村まで迎えに行ったのは、秋月六花さんと妹のめいちゃんである。
だがひとつ、予想しえなかった問題が起きた。理由は分からないが、僕が秋月姉妹に依頼するより早く、独自の思惑でチョウジの職員が動いていた、と後になって知った。聞けばまだ二十代前半という若さで心霊捜査の現場経験がある『斑鳩 千尋』という名の霊能使いと、僕の上司でもある坂東さんと同期のベテラン職員で、名前を『有紀 優』さんという二人組の男たちだった。
…そう、そこにいたのは『馬淵』という名の男性ではなかったのだ。
順を追って説明すると、こうだ。
二神邸を後にし、『斑鳩』『馬淵』と名乗るチョウジ職員二人と車で移動を開始した幻子は、疾走するその車内で、斑鳩の異変に伴い強力な呪いが発現している事に気がついた。
後述するが、呪いにはいくつかの種類がある。だがほとんどの場合に共通して言えるのは、呪いというものは霊障を祓うように霊能力で消す、または取り除くという事が出来ない。
もちろん、僕なんかより知識も経験も数段格上の幻子は即座にそれを判断し、一時的な応急処置として『呪いがもたらす障害』だけを斑鳩の体外へ弾き飛ばした。その場凌ぎと分かっていたが、時間的な猶予を設けるために必要な荒業だった。やがて呪いは受けた人間のもとへと返って行くが、それまでの間は斑鳩にも正常な人としての意識や思考が戻ってくる。その間隙を利用し、僕や三神さんの待つ病院へと馳せ参じたというわけである。僕が言うのもおこがましい話だが、見事な判断だったと思う。
『馬淵』という名の職員は、すでにこの世を去っている。
斑鳩とともに二神邸を訪れたのは有紀という名の職員で間違いなく、彼は斑鳩が死んだ馬淵の名で自分を呼ぶことに対して異常な恐怖を抱いた、と語った。馬淵は斑鳩がこの世界に足を踏み入れた時指導にあたっていた先輩職員で、捜査中の事故により殉死している。
この話を聞いた時、僕はすぐさま『めいちゃんの事件』を思い出した。
めいちゃんの話に出て来た、職場の先輩である正脇さんの姉、A子さんだ。彼女に現れた健忘とう兆候、そして同じく斑鳩にも見られた記憶の錯綜、そして、つき纏ってくるのはやはり…呪いである。