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『アビゲイル』  作者: 新開 水留
5/10

[5]

 

 お手洗いを借りて戻る前に、新開さんへ電話をかけた。そう言えば、帰国したことをまだ伝えていなかった。新開さんはツーコールで出た。「今どこにい…ッ」

「二神さんのお家からかけています」

 電話を耳から少し遠ざけたまま、私は先んじて答えた。新開さんが事態を理解するまでに若干の秒数を要し、そして返って来た応えは、

「…はあ?」

 だった。

「先程日本へ戻りました」

 半分噓だが、日本にいることは間違いない。別に言い訳しなくちゃいけない関係でもないのだが、年上ではあるし、私を日本へ呼び戻したのも新開さんだ。台湾で受けた彼の電話が暗示していた通り、父の容態が思わしくないことも理解しているつもりだ。だから新開さんのリアクションにいちいち苛立ちが混じっている理由も、ちゃんと理解しているつもりだ。

 だが、とも思う…。

「今からでも、タクシーを呼んで病院へ来られないか?」

 壁掛け時計を確認すると、深夜一時を回っている。こんな時間にタクシーなど呼べるのだろうか。しかも今いる場所は、割と僻地だ。

「あー…」

「いや、人をやろう。相手が君なら喜んで迎えに行くはずだ」

「え?」

 恐らくだが、天正堂本部の人間か、広域超事象諜報課『チョウジ』の人間が来るのだろう。新開さんは今、二足の草鞋を履いた(まじな)い師として活動しているのだ。私は本来なら自分の見知った人間以外を信用しないのだが、事情が事情である。誰にも告げずに二神邸を訪れた負い目もあって、断り切れずに新開さんの案を呑むことにした。

 だが、私は夢を見たのだ。それでも私は、帰国後すぐさま父のいる病院へ向かうべきだったのだろうか…。

 電話を切って振り返ると、柊木さんが立っていた。

 いや、と思う。

 やはり私はこの家を訪れるべきだったのだろうし、柊木さんに会い、そして二神さんの不在を知るべきだったと思うのだ。優しくも切なげな柊木さんの表情を見て、そう思うわけではない。私は常に導かれて生きてきた。自分で下す判断よりもまず、これまで通り私は自分を導く力を信じてみよう。それが、私にあるたった一つの信念なのだから。

「これを、お持ちになってください」

 別れ際、玄関にて柊木さんから渡されたものがある。

 それは十センチ四方の、上等な紙箱だった。和柄の包み紙で丁寧な封が成され、重さもそこまでない為何が入っているのか外からでは分からない。

「これは?」

「今はまだ開けずに、あなたが持っていて下さい」

「中身をお聞きしても?」

 尋ねる私に柊木さんは頭を振り、

「思い出の品、とだけ」

 と答えて微笑んだ。

 玄関戸を引いて外へ出た時、

「まぼちゃん」

 と名を呼ばれた。

 私がはっとして振り返ると、柊木さんは涙を見せまいとする気丈な顔でこう言った。

「行かなくてもいいのよ」

 私はここまであえて聞かずにいたのだが、この時私は理解した。柊木さんは、父の危篤をすでに知っているのだ。本当ならば自分が駆けつけたい…。だが霊能力はおろか、こんな時間では移動する手段すらない彼女だからこそ、なんとしても父の詳細な容体を知る術はあるまいかと切に思いを巡らせていたはずだ。そして事態に呼応するかのごとく、二神七権がその重い腰を上げた。何かが起きていることは十分察している、それでも尚、柊木さんは奥歯を噛み締めながら私を止めてくれたのだ。

 私は必死で涙を飲み下しながら、

「行ってきます」

 と答えて踵を返した。


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