クレイジー・ラブ
ひどい怪我か、ひどい病気か、死にかけた男が病院のベッドの上に横たわっている。
そしてその傍らには、かつて男がとても愛した女がイスに座っている。
2人はずいぶん前に他人になり、それから会うのは初めてだった。
男は聞いた。
「幸せかい?」
女は少し考えて「ええ」 と答えた。
「きみの愛する人の顔を見せてくれ」
女は少し考えて、バッグの中から写真を一枚取り出すと男に見せた。
「よかった。ハンサムだね。やさしくしてくれるかい?」
女は考えてから「とても」 と答えた。
写真には、女に寄り添い微笑む男、そしてその間に男の子が写っている。
「この子もハンサムだね。やさしくしてくれるかい?」
女は笑って「とてもとても」 と答えると、楽しそうに愛する息子の話をした。
「7歳になるわ。去年のわたしの誕生日には花をくれたの」
女の幸せそうな笑顔は、男がかつて愛したそれだった。その顔を見ることが出来て男も嬉しそうに微笑んだ。
女が愛する人達のところへ帰る時間になると、男は女に最後にひとつだけお願い事をした。
「死んだら猫に生まれ変わろうと思う。そしたら、きみの側にいさせてくれるかい?」
女は答えた。
「いいわ」
やがて女は、風のうわさで男が死んだことを聞いた。
ある日、息子が痩せこけた汚い子猫を拾ってきた。
女は猫に
あたたかいシャワーをあたえ、
たっぷりの食事をあたえ、
すこやかな寝床をあたえ、
かつて男と暮らしていたときに芽ばえかけて消えてしまった小さないのちに付けた名前をあたえ、
そして女のひざの上で喉を鳴らし眠るときは、女は男が好きだった歌をやさしく歌った。