ナイト3「強くなってやがる」
今まで腕相撲で負けた覚えはなかった。
だが、腕力があっても野球が上手いわけではなかった。
キックでバットを三本連続でへし折る事ができた。
だが、サッカーボールを蹴れば案の定全て場外へ飛んで行きオレはサッカー禁止令を出された。
オレは、運動をする上での技術やセンスといった物は持ち合わせていなかった。
だが、腕力だけは日々進歩していた。
だからと言って鉄製の格子をいとも簡単に破壊できるほどの化け物級の腕力ではなかったはずだ。
春時は今だ唖然としていた。
ミーファも口を開けて突っ立っている。
ただ、シェナだけは特に驚かず、尊敬の眼差しで真剣に春時を見つめていた。
「すごいです春時君!」
「これ・・・すごいなんてものじゃないでしょ?」
二人が感想を口にしているが、春時はそれすら聞こえないようだ。
「・・・こんな芸当ができるなんて・・・あなた実は闘士でしょ?もしくは魔法使い?」
「・・・・い、一般人のはずだけどな?」
そんな台詞が所詮苦しい言い訳であることなど春時は先刻承知だった。
しかしそれ以外に言える台詞がなかったのだから仕方がないだろう。
「・・・とりあえず脱出口は確保したぜ」
「いや、どう考えても大きな音を立てたんだから敵にばれているでしょ?」
ミーファがそう言って盗賊どもがたむろっていた場所を指差した。
だが、そこにいた男達は血気盛んな盗賊ではなく、真青な顔をして固まっているおっさん達だった。
「・・・・・あれ?どうしたんだ?」
春時が動かない盗賊たちを見て一歩前に出る。
『うわぁあああ!!!』
とたんに盗賊たちが奇声を上げて出口へ走り出した。
中には”化け物だ”などと叫びながら逃げていく奴もいる。
確かに、突如鉄格子を素手で破った人間と対面すれば、おのずとそうなるだろう。
「なんだよ・・・意外と肝の小せぇやつらだな」
ここぞとばかりに春時は得意げな表情でガッツポーズをした。
≪この怪力・・・恐らく異次元に飛ばされたもんだからその際に特殊変化でも起きたんだろ、でなきゃこんな化け物じみた力手に入れれるわけないからな・・・これはラッキーだな、この力さえあればうまくこの世界でも生きていけるだろ!≫
今までに手にしたことのない巨大な力を手にした春時はつい図に乗ってしまった。
「まぁ、今のオレの力を見ればわかってくれると思うが、オレは異世界から来た人間なんだよ、今度こそ信じてくれるか?」
「全然」
「えっと・・・し、信じますよ?」
二人の顔は露骨に信じていないという顔だった。
「・・・おいおい、いいかぁ?オレは鉄格子どころか岩だって粉砕できるんだぞ?」
やった事もないくせに自慢げにそう言った春時は岩の壁に拳を叩きいれた。
「バキャア!!」
見事に春時の拳が粉砕された。
「だぉぎゃぁあああああ!!!!」
転げ回る春時。しかも岩の壁は傷一つついていない。
「う!うそだろ!?オレは異世界を移動中に超人化したはずなんだろ!?なんで!?」
真剣な顔をしてそう言った春時、それを見ていた二人は顔を真っ赤にして震えていた。
「・・・な、なんだ?どうした?」
春時が声をかけると、二人は一瞬顔を背けたが。
「アハハハハハ!お、おもしろすぎるわよ春時!なに?あなた道化師だったりして?」
「わ、笑いすぎだよミーファ、プッ・・・フフフ」
「シェナだって笑っているじゃない、ハハハハハ」
盛大に笑う二人、涙まで流して笑っている。
「ヒーヒー、あ〜!お腹痛い・・・ふぅ、笑いすぎたわね」
「ハ、ハハ・・・ハァ、ハァ、こんなに笑ったの・・・久しぶり」
「さてと、落ち着いた所でお二人さん、一発殴らせて?」
春時が怖い顔をしながら拳を握っていた。
「ご、ごめんなさい、ただ、本当に面白くて」
「シェナちゃん?フォローのつもり?それともけなしてますか?」
春時が素早くデコピンをシェナの額にした。
「アウ!?・・・いった〜い」
「さて、次はミーファ、貴公だ」
「い、いやよ!悪かったから!謝るからホラ!」
「問・答・無・用」
『ペシッ』
「いたっ!・・・く〜、女の子に手を上げるなんて」
「男女平等派なんでね」
とりあえず危機を脱した三人。
「で・・・これからどうする?」
洞窟を抜けてようやく陽の光をあびる。
春時は遠くを見ながら二人に聞いた。
「え?・・・私達は学園に戻るけど・・・春時は?」
ミーファがそう聞いてくるが、もちろん春時にあてがあるわけがない。
「・・・・旅人にでもなるか」
「え〜、危ないですよ?今は悪魔や魔物がうようよしてますから」
シェナの一言で固まる春時。
≪くっそ〜、さっきの力がいつでも出せるんなら旅人にでもなれるんだが・・・いやまてよ、この世界は俺の世界とは違う職業がたくさんあるんだよな?だったら簡単で手軽な職業があるんじゃねぇか?・・・よし≫
「なぁなぁ、手っ取り早くなれて、金も稼げて、超安全な職業ある?」
「ない」
ミーファが間髪を入れずに言い放った。
「・・・・じゃあ、簡単になれる職業でいいや」
「どこの学園を出ているかによって変わるわよ?あなたどこの学園出身?」
「・・・高校在学中でした」
「コウコウ?なにそれ?どこの学園?」
「だめだ、こいつ会話ができねぇ」
春時はタコ殴りにされた。
「あんたのほうがよっぽど頭おかしいわよ!折角こっちが親身になってあげてるのに!」
「だから!オレは異世界から来たんだヨ!信じろや!」
二人が言い争っていると、シェナが心配そうな顔で仲裁に入った。
「言い争っても意味ないよ、とにかく、私とミーファは学園に戻らないといけないし、春時君にも帰る場所があるんじゃないんですか?」
シェナはそう言うが、もちろん春時に帰る場所などあるはずがなかった。
≪つっても、こいつらは学園の生徒らしいし、何とかしてくれるわけないよな〜≫
「つーか本当に異世界から来た事は信じてくれないんだな?」
「あう!・・・そ、それは・・・」
「もういいでしょ?おふざけに付き合う程暇じゃないのよ!」
二人はこれっぽっちも信じていないようだ、春時も諦める事にした。
「ま、やっぱ信じろって言うのも無理だよな・・・とりあえず、街はどこ?」
「はぁ?街の場所も知らないの?」
「それぐらい快く教えてくれてもいいんじゃないかねぇ?」
春時が悲しい目でミーファを見た。
「わかったわよ、街はここから真っ直ぐ東に進んで行けば着くから、学園はその途中だけどね」
「ふ〜ん、ま、一応世話になったし、ありがとうな」
春時がそう言うと、シェナが気付いたように言った。
「あ・・・あ、ありがとう!」
真剣にそう言うシェナの顔は、少し赤い。
「助けてもらったのに、ちゃんとお礼言ってませんでしたね」
照れ隠しに笑うシェナに、春時は自然と笑みになった。
「ま、私も一応言っとくか・・・ありがとうね」
「いや〜、もうシェナのお礼だけで十分だよ」
春時はやはり殴られた。
「二度と現れんな!!」
ミーファがそう叫ぶ、春時はそんなミーファを見ながら笑った。
「じゃあな」
そこで春時は二人と別れた、しかし、この後また対面する事になるとは、三人は今はまだ、思ってすらなかった。
たどり着いた街
レンガ造りの街、おそらく中世のヨーロッパの建物を思い浮かべるとぴったり当てはまる風景だ。道行く人はやはりヨーロッパ人のような白人が多い。
「にしても・・・こんな所で日本語が通じるって言うのも不思議だな」
春時がそんな事を言っていると、後ろから何かの衝撃を感じた。
丁度小さい何かがぶつかってきた感触、振り返ってみると、案の定小さな子供がズボンを掴んでいた。
ギリギリ小学生だろうか?にしても青い目が印象的な女の子だ。
「どうしたんだい?」
「・・・しゃべれる」
小さな女の子はそれだけを言って、指で付いて来て欲しいとジェスチャーした。
「ん?ん?・・・え〜っと、迷子かい?」
「・・・いいから、こっち」
少女のするがままに、春時は連れて行かれる。
すると、少女が連れてきたのは、看板が剣と盾が描かれている武器屋だった。
「・・・え?」
「・・・お願い」
春時は困った表情をするしかなかった。
ようやく一区切りです。