ラウンジにて
担当の先生の意向が理学療法士さんにまで通じているのか、朝一番と午後一番のリハビリをして頂けることになりました。そうなるとゆっくりと食事を摂っていられないような気がしました。
結局正確な食事の時間は退院するまでわからなかったのですが、私がいた病室がフロアーで一番最後に食事が配られていたようです。一番最初にラウンジに集まった方々に配られ、その後フロアーを一周するように食事が配られていたようです。一番最初にラウンジで食事が配られてから、一番最後の私のいた病室まで30分ほどのかかっていました。
なるべく早く食事を終える必要性からと、そうでなくても病室にいたくなかった私は、「ラウンジで食事を摂りたい方はいらしてください」の放送が入る前。病室の隣の業務用エレベーターで食事がフロアーに来た気配で、ラウンジに向かいましや。病室にいて中途半端に話しかけられるよりも、まったく話しかけれれない環境の方が気が楽でしたから。
ほとんどの方は病室から一人でいらして、黙々と食事を摂るとそのまま部屋に帰っていきました。ところが一組だけ話ををしながら食事をしている、年配の男性二人組はいらっしゃいました。その方々、朝看護師さんが検温に回る時間から消灯の時間まで、ずーっとお話しっぱなし。隣の病室で病室の扉が開けっ払ってあったとはいえ、声が聞こえてくるのです。まぁ、よくも話すことがあるものだと感心してしまいます。
ある時は、ご夫婦の話。家は古い作りだから地震で家がつぶれたら俺のところを捨てて逃げろと奥さんにいったら、逆の立場で私がそうなったらあんたはそんなことできるかい、と言われたとか。長年連れ添った方々のいい話だなぁ、といった話。
そう思えば、奥さんに先立たれて寂しい思いをしているという話から、奥さんそっくりのR15指定していないからかけないような人形を作ってもらえばという話を、朝っぱらからしないでください。
そんな中で興味深かった話が一つ。
私が小学生の頃、水に浸かった団地がありました。その昔その場所はため池だったとか。
「親戚がさぁ、あそこの団地の抽選会に何回も応募して等々当選しなかったんだよなぁ。俺言ったんだよぉ、あそこは昔はため池だったんだから、ぜったにやめとけって。そしたら浸水してさぁ、当たらなくてよかったよ。大体よ、どこかのいい加減な会社が分譲したならわかるけど、県があそこ整地して分譲したんだよぉ。県がなんでそんなことしたかぁ」だそうです。
やっぱりそんな経緯があったのかと、納得したのでした。




