救援
「二人とも、どうして……」
オーナーはポカンとした顔で言う。マドンナとスパイはそれを無視して足早に魔女のもとへ駆け寄った。
「魔女ちゃん、痛い? 立てそう? 車まで歩けそう?」
マドンナが労るようにそう言いながら魔女の腕を掴む。魔女はそれに応えるようにゆっくり立ち上がろうとする。
「ありがとう。いてて……ごめん」
魔女は足に力が入らないのか、手を地面についたまま俯いた。スパイが見兼ねたように
「俺が連れて行く」
と言い、魔女の右側に移動して屈んだ。
「腕を俺の肩に回して」
スパイの指示にキョトンとしながら魔女は手を軽くスパイの肩に当てる。スパイは怪訝そうな顔をしながらさらに指示した。
「もうちょっと密着して。……そうそう、それで腕をこう……OK。そのまま保って」
魔女が指示に従った結果、スパイの肩を抱くような形になり、魔女は顔を少し赤らめた。
一方でスパイの顔は真剣そのもので、魔女の脇の下から左手を回して背中を支え、右手を両膝の下に差し込む。そして力を入れて魔女の体を持ち上げた。
魔女はかなり驚いて目を見開いた。
「しっかり掴まっとけよ……」
スパイは魔女をお姫様抱っこした状態で真っ直ぐ車へ向かう。スパイは時々、魔女を気にかけるように顔を除き込んだ。魔女は内心とても興奮してスパイの美形な顔に見とれていた。同時に、ニヤけそうになるのを必死で我慢する。だが紅潮する頬は隠せなかった。
一方でスパイは冷静に
――こいつ顔赤いな。熱でもあるのだろうか……ショックを受けてたみたいだし早く休ませたほうが良さそうだ
と思い違いし、歩く足を早めた。
マドンナはその間にオーナーとドクターと一緒に車に向かいながら事情を説明していた。
「なんで来たの?」
と尋ねるオーナーに対して、マドンナは渋りながら
「言っても怒らないでね……」
という出だしで二人に説明をはじめた。
「実はね、盗聴してたの。3人の会話」
「「は?」」
「魔女ちゃん達が出ていく前、スパイが懐中電灯を渡したでしょ。その中に盗聴器を仕込んでたみたいで……」
「え?これ?」
ドクターが自身の持つ懐中電灯を見る。
「ええ。スパイさんが仕事で使ってた物をそのまま渡したって」
「さすがスパイ」
ドクターが感心するように言う。オーナーが次の質問をする。
「あのマシンガンは?金庫に入れてたはずだけど」
「あ、ああ……3人が出た後ね、スパイが、暇だからって金庫破りを始めて、そしたら盗聴器から犬の鳴き声がしたから、助けに行こうってなって……」
「さすがスパイ……」
ドクターが今度は引き気味に言った。
「車はどうしたの?俺の家の車じゃないみたいだし」
「さぁ……」
「「"さぁ"?」」
「スパイが車に乗って家の前に来たの。だからスパイに聞かないと……」
そこまで話した頃、車に到着した。
スパイが運転席、オーナーが助手席でマシンガンを持ち、ドクターとマドンナと魔女が後部座席できつそうに座った。
フロントガラスからライトに照らされる数体のゾンビが徘徊しているのが見えた。
「あれに突入する。全速力で行くから気をつけろ」
スパイがそう言いながら車を発進させる。宣言通り、かなりのスピードで。
後部座席にいるメンバーは車が曲がる度にその反動で逆方向に倒れそうになる。マドンナは魔女にシートベルトをするように促した。それを受けて魔女が慌ててシートベルトをする。
助手席のオーナーは窓を開けてマシンガンを構える。ゾンビに突入する直前に発砲を開始する。途絶える事なく撃ち続け、ゾンビは次々と倒れていく。
「おらおらぁ!どけどけ!ゾンビども!」
そう威勢の良い大声をあげたのはスパイだ。彼の運転する車にゾンビがどんどんはねられていく。
「スパイのキャラが変わってる……」
ドクターが静かに突っ込む。普段のスパイは何かに熱を上げるような素振りは見せない。
――バイクに乗ったら性格変わる奴とかいるけど、こいつもそういうタイプか。
と解釈して苦笑いした。
「くたばれゾンビ! 俺は中古車屋の息子だぞ!」
「中古車屋の息子なんだ……」
ドクターはいちいち反応せずにはいられなかった。マドンナと魔女もひそかにクスクス笑っていた。
一方、家ではナースと令嬢と勇助がそれぞれ役割分担して、外出中のメンバーの帰宅に備えていた。
ナースは救急箱を探して手当の準備。
令嬢はキッチンで夜食作り。
勇助は窓のカーテンの隙間から外を見張りながら盗聴器の音声を集中して聞いていた。すると急にはっきりした声が聞こえてきた。
『誰か聞いてるか?もう数秒で家に到着する。裏口の車庫をすぐに開放してくれ。繰り返し言う、車庫を……』
オーナーの声だ。勇助は急いで裏口に向かって走っていった。




