談話
「あ?今なんて?」
「だから、ついさっきゾンビが出たんですってば!」
勇助が、ドクターに外で体験した事を一生懸命説明している。
「どこに?」
「噴水近くで」
「どんなゾンビだった?」
「変な走り方をするゾンビでした」
「……気付かれたのか?」
「はい」
「何で、お前ら生きてるんだ?」
「僕がそのゾンビを殺したからです」
「どうやって?」
「僕がゾンビの首元を銃で撃ち抜きました」
勇助がドヤ顔をする。ドクターは黙って"本当?"と疑惑の目でスパイのほうを見た。
スパイは勇助の"見てましたよね?"と言わんばかりの強い視線を感じてコクンと頷いた。それを確認したドクターは納得したように小さく頷いた。
「へぇ、すごいじゃん。二人とも一緒にいたんだよな?もっと詳しく聞かせてよ。」
ドクターは態度を変えて感心したように言った。勇助はそれがよほど嬉しかったようで
「いいですよ!……それは午後2時、僕がワンパターンな狙撃練習に飽きて、スパイと一緒に、外の空気を吸おうと」
という出だしで語りだした。スパイは自分が話すまでもないと横に目を逸らし力を抜いて立ち尽くした。
「僕とスパイさんは噴水に座って他愛ないお喋りをしていました」
「うんうん」
「ある時、スパイさんが話を止めました。スパイさんの視線の先、奥のほうに人影が見えました。そこで僕らはそれとの距離を縮めて様子を見る事にしたんです」
「はいはい」
「僕らがそれに近づこうとした時、僕はうかつにも、地面に転がっている空き缶をけつってしまいました。町があまりに静かだったんで、その音は一際よく響いて」
「うんうん」
「あの、聞いてます!?」
「聞いてるよ、ただ前置きが長過ぎて……」
「タラタラとした前置きのおかげで山場が引き立つんじゃないですか」
「いや、それも一理あるかもだけど、こういう場合は重要なシーンだけで最初から最後を埋めて」
「やっと面白くなったっていう感覚が良くないですか?僕が好きな映画でいうと」
ドクターと勇助の話が大幅に脱線しそうだ。そう思ったスパイは気配を消してその場を立ち去った。
スパイはどこかに行こうという意思もなく、何となしににリビングへ向かった。すると、人がいた。その人はスパイを見つけるや否や声をかけた。
「わわ、スパイさん!ゾンビに襲われたって聞きましたけど、怪我は無いですか?大丈夫ですか?」
朝、その人に無理矢理起こされた事を根に持っていたスパイはそれを何となく無視した。
「……怒ってますか?」
魔女は悲しそうな顔をした。それを見てスパイは己のひねくれた態度を少し反省した。彼は気まずそうにポツリと
「ごめん」
と言った。スパイは彼女がどんな反応をするのかわからなくて少々不安を感じたが一方で魔女はニッコリと笑った。
「怒ってないならいいんです」
「え?」
「謝るって事は怒ってないって事ですよね。思い違いだったならいいんです。あと、見た感じ怪我なさそうで良かったです」
「うん、まぁ……」
スパイは魔女の前向きすぎて純粋な態度に少し戸惑った。
そうしているうちに魔女が
「このシェアハウス、どうですか?」
と話題を変えた。
「まだ2日目だからあまり……」
「まぁ、ですよね。私は楽しいですよ?」
「そう。俺は人と関わるのあんまり好きじゃないからな……」
スパイはそう言って小さくため息をついた。魔女はちょっと首を傾けてから言う。
「そうなんですか?シェアハウスの皆さんは、もっとスパイさんと仲良くなりたいと思ってますよ」
「……仮にそうだとして、それは出会ってからあまり時間が経ってなくて新鮮だからだよ。俺は根暗だし、捻くれてるし、誰も俺の事なんか好かないよ」
「でも、スパイさんの事が好きな人、きっといると思いますよ?」
「まさか。もし俺の事が好きなんて人がいたら、そいつは相当の変人だろうよ」
「で、でしょうね……」
魔女はそう返しながらスパイから一瞬目を逸らした。
「そういや、魔女は何でここにいるんだ?何もしていないようだけど」
スパイはふと気になって尋ねた。魔女は「あー……」と考えた後、
「ちょっと誰かに会いたくなって」
と少し恥じらう様子を見せながら言った。魔女がそういう態度を取ったので、スパイはあまり触れられたくない話題だったのかと思って
「ふーん……。俺、部屋行ってくる」
と、あまり関心を示さなかったふりをして、リビングを出ようとした。
「あ、あの、スパイさん!」
後ろから魔女がスパイを呼び止めた。スパイは反射的に彼女のほうに振り向いた。魔女は間を空けてから意を決したようにためて言う。
「......わ、私、好きです。スパイさんの事。3日前、スパイさんが私を見つけてくれたおかげで私は死なずに済みました。スパイさんは優しいんだと思います。だ、だから好きです……」
「……そう、ありがとう。……じゃ」
「え?え?あ、はい……」
スパイは無表情でさっさと立ち去った。
ーー魔女があんな必死に、エピソードを引用してまで俺を励まそうとしてくれるなんて……
スパイは無関心のように装いながらも魔女の気遣いをとても嬉しく思っていた。
「えっと、伝わったかな?」
リビングに残された魔女は目をパチパチさせて呟き、そして顔を赤くした。先ほど、魔女は本気で愛の告白をしたつもりだった。しかし実際、スパイには全く伝わっていない。
もっと上手く伝えたかった。と魔女は思った。
少し前に両親が目の前で死んで、外に出てもかつての彼女の友達はおらず、「もう死んでもいい。このまま夜になって、私もゾンビに襲われればいい。」そう思いながら町の隅でうずくまっていた。その時、スパイが彼女に声をかけた。それがなければ、彼女は今ここにはいなかったかもしれない。
彼は私を救ってくれた。そういう思いが魔女にはあったのだ。
あの感情をもっと上手く伝えたかったと魔女は切実に感じながら、落ち着かない様子でリビングをぐるぐる回っていた。
一方ドクター。
ドクターは勇助との雑談を終え、ふと窓の外を見た。
「雨……」
ドクターは呟いてから、何かに気づいたように空を見上げた。
今夜も対策会議だな。
ドクターはそう思いながら研究室へ向かった。




